アメリカという国はわかっているようでわかりにくいところがある。本書『アメリカの政治』(弘文堂)は、「政治」という側面からアメリカの歴史と現在を解説している。基本的には大学生向けの教科書、参考書として編集されたものだが、「争点」部分が充実しているので、一般読者も知識を深めることができる。
トランプ大統領は不人気だった
コロナ禍がアメリカを直撃し、トランプ大統領やホワイトハウスのスタッフも感染した。すでに感染者数は約800万、死者も20万を超えて世界のトップを走る。これが2020年11日3日の大統領選にどう影響するのか。一方の民主党のバイデン候補も高齢で力強さに欠ける。世界の覇権はアメリカが握っているとはいえ、今後について何となく不安に感じている日本人も少なくないと思われる。
10月6日のNHKのサイトでは、現段階での世論調査をもとに、各州の情勢と獲得選挙人の予想が表示されていた。大統領選挙では、候補者は州ごとの勝敗に応じて各州に割り当てられた「選挙人」を獲得していく方式だ。合計538人の選挙人のうち、過半数の270人を得た候補が当選となる。予想分析ではバイデン226対トランプ125、未定187となっていた。接戦区の動向次第で、どうなるかわからない要素がある。
ちなみに世論調査の支持率は10月1日現在、バイデン50.1% トランプ42.9%と差がある。トランプ大統領の在職中の支持率も掲載されていたが、過去3年を振り返ると、一貫して不支持が支持を大きく上回る。10月2日現在、不支持52.5%、支持45.4%。安倍政権が蜜月ぶりを強調していた相手方は、国内では劣勢、苦境の人だったことを再認識した。
「総論」と「争点」
本書はこうした大統領選も含めたアメリカ政治全般の概説書。岡山裕・慶應義塾大学法学部教授と西山隆行・成蹊大学法学部教授の共編著で、以下の各章を関係の学者が分担執筆している。
- 第Ⅰ部 総論
- 第1章 歴史と思想〔岡山裕〕
- 第2章 統治機構〔待鳥聡史〕
- 第3章 選挙と政策過程〔西川賢〕
- 第Ⅱ部 争点
- 第4章 人種とエスニシティ〔平松彩子〕
- 第5章 移民〔西山隆行〕
- 第6章 ジェンダーとセクシュアリティ〔西山隆行〕
- 第7章 イデオロギーと社会争点〔梅川健〕
- 第8章 社会福祉政策〔山岸敬和〕
- 第9章 教育と格差〔梅川葉菜〕
- 第10章 諸産業と政府の関わり〔岡山裕〕
- 第11章 財政と金融〔吉田健三〕
- 第12章 経済と科学技術・環境・エネルギー〔細野豊樹〕
- 第13章 外交・安全保障政策〔泉川泰博〕
目次を見てわかるように「総論」と「争点」に分かれている。「総論」では議会や政党、歴史の解説が中心。従来のアメリカ入門本と類似の内容だ。「争点」は内政と外交の両方にまたがって、様々な争点にどのような主体が関与して政策が作られ、執行されてきたかを説明することに重点が置かれている。こちらが本書の最大の「売り」になっている。
銃規制の世論は拮抗
「争点」を重視していることには理由がある。アメリカは多くの人種がまじりあっているということもあり、日本などと比べると、はるかに多様な事柄が争点になる。宗教や所得格差も絡む。それぞれの政策目的のために活発に活動する利益団体も多い。大統領と議会の議員が別々に選出されるばかりでなく、各政党内のまとまりもあまり強くない。上意下達で物事が簡単に決まるわけではない。よく知られているように銃規制や人工中絶、国民皆医療保険などについても大きく意見が分かれ、対立が続いている国だ。
ちなみに銃規制に関する世論調査は規制支持が51%、銃所持支持が47%と拮抗しているそうだ。国論の分断は他の争点でも少なくない。
そもそもアメリカは多民族国家。それぞれの独自な文化的伝統が保持されるべきだという多元文化主義と、アメリカは自由や平等といった普遍的な原理のみによって連帯すべきだという大きな対立軸があるという。
独立・建国当時は約300万人にすぎなかった人口は、250年ほどの間に100倍の3億人に膨れ上がった。建国の理念と言われてもピンとこない人も多いだろう。1860年代まで奴隷制度が残存した国でもある。現在も約1000万人は不法移民だと言われている。多様な意見があるのも道理だ。
二大政党は当初と正反対に
大統領選のニュースを見ていると、アメリカ人は選挙に関心が高いようにも思えるが、本書によると、2016年の大統領選挙の投票率は61.4%、14年の中間選挙は42%にとどまっている。
18歳以上でアメリカ国籍があれば選挙権を持つが、実際に投票するには、有権者登録の手続きをする必要がある。18歳から29歳までの若年層や、ラティーノ(中南米からの移民と子孫)では6割を切っているそうだ。選挙権はあるものの、有権者登録をしない国民が相当数いる。
本書はトランプ大統領について、公職経験がないばかりか、事実誤認やあからさまな嘘に基づく発言を繰り返し、敵と見た相手を罵倒するなど、エキセントリックさが際立つとし、「彼のような大統領が登場したのは、偶然ではなく、それまでに生じていた激しい政治対立の延長上に位置づけられる」と書いている。
共和党、民主党という二大政党は長い歴史を持つが、内実は複雑だ。奴隷解放を主張したリンカーンは共和党であり、当時の民主党は奴隷制維持だった。同じ看板でも変遷を経ている。本書でも、リンカーンの共和党と、トランプの共和党はそのイデオロギー的な性格が全く異なっていると指摘している。
それは民主党も同じだ。もとは南部保守層に依存していたが、1929年の大恐慌後に民主党のルーズベルトが貧困層に目配りした政策で様変わり。共和党は60年代の半ば以降、公民権運動などに反感を抱く、民主党の基盤だった南部保守層に支持を広げ、70年代以降、宗教的右派と呼ばれる人々が浸透して保守的白人を支持層とする政党に衣替えした。
本書によれば50年代以降の共和党は右傾化、90年代以後の民主党は左傾化、二大政党のイデオロギー的な分化が進んだという。
現在の共和党、民主党はありとあらゆる争点について対立するという構図だ。かつては超党派で協力しての立法も珍しくなかったが、近年は次の選挙を見据えて相手に得点させまいと妨害するのが常態化。それに伴い社会の分断も進んでいるのだという。シンクタンクも保守か、リベラルかの立場を鮮明にし、従来、リベラル寄りだったメディア界では保守系が勢いをつけ、一般国民の分極化を後押しする。ソーシャルメディアからはフェイクニュースが流れ、さらなる分極化を助長しているのが現在のアメリカの姿だというのだ。
州政府の違いも露骨に
本書では移民、福祉、教育、環境などに加えて、銃規制、人工妊娠中絶、同性婚、公立学校での祈祷、警察改革など個別のものまで含めて多様な争点が取り上げられている。混沌国家ともいうべきアメリカの現状が一瞥できる。
政党対立は全国レベルでは拮抗しているものの、個々の州で見ると、大多数の州ではどちらかの政党が優位にある。そのため民主党の強い州では銃規制が強化され、逆に共和党の強い州では人工妊娠中絶への規制が強まるというようなことも起きているそうだ。
BOOKウォッチでは関連で『アメリカと銃――銃と生きた4人のアメリカ人』(共栄書房)、『アメリカはなぜ戦争に負け続けたのか』(中央公論新社)、『壁の向こうの住人たち』(岩波書店)、『移民国家アメリカの歴史』(岩波新書)、『アメリカの原爆神話と情報操作』(朝日新聞出版)、『誰が世界を支配しているのか?』(双葉社)、『ドナルド・トランプの危険な兆候』(岩波書店)、『FEAR 恐怖の男――トランプ政権の真実』(日本経済新聞出版社)、『コロナ後の世界は中国一強か』(花伝社)なども紹介している。
(BOOKウォッチ編集部)
書名: アメリカの政治
監修・編集・著者名: 岡山裕、西山隆行 編著
出版社名: 弘文堂
出版年月日: 2019年5月30日
定価: 本体2600円+税
判型・ページ数: 四六判・320ページ
ISBN: 9784335460395
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