最近、「文豪」の名前を冠した本をよく目にする。『文豪と借金』(方丈社)、『"裸"になって本音を見せた文豪が泊まった温泉宿50』(朝日新聞出版)、『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら 青のりMAX』(宝島社)については、BOOKウォッチでも紹介した。「文豪」という存在が尊敬の対象から、もっとカジュアルなものになったから、こうした出版企画が実現するようになったのだろう。
本書『文豪たちの憂鬱語録』(秀和システム)は、文豪の名言ではなく、本音とも言える「憂鬱」「絶望」「悲哀」に満ちた言葉を集めたものだ。失敗したときに、「がんばれ」と言われても辛い人もいる。むしろ必要なのは「じっと黙って傷ついた心に寄り添ってくれる言葉」と編者は書いている。
編者の一人、豊岡昭彦さんは1960年生まれの日本文学研究家。雑誌編集長などを経てフリーランスで執筆、編集を行っている。著書に『太宰治の絶望語録』(WAVE出版)、『大和言葉辞典』(大和書房)など。もう一人の編者である高見澤秀さんと『文豪たちのラブレター』(宝島社)、『明治クロニクル』(世界文化社)などの編集を手掛けている。
本書に登場する文豪は太宰治、石川啄木、夏目漱石、芥川龍之介、島崎藤村、坂口安吾、宮沢賢治、谷崎潤一郎、佐藤春夫、有島武郎の10人。9章(谷崎と佐藤で1章)からなり、それぞれ冒頭に人物紹介があり、語録が並ぶ構成になっている。
文豪界随一の絶望名人は太宰治
「暗すぎてウケる! 文豪界随一の絶望名人」とされるのが、太宰だ。薬物中毒、自殺未遂、愛人関係......そして自殺と自己破滅的な人生を送った太宰の100を超える「ネガティブ名言」を紹介している。他の文豪が少数の作品に固めているのに対し、太宰は多種多様な作品に残しているのが特徴だという。いくつか引用しよう。
「生まれて、すみません」 『二十世紀旗手』
「恥の多い生涯を送って来ました。
自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです」 『人間失格』
「幸福の便りというものは、待っている時には決して来ないものだ」『正義と微笑』
確かに、『人間失格』や『斜陽』など有名な作品だけでなく、多くの作品から引用されている。『津軽』『東京八景』など一見、向日的と思われる作品にも「ネガティブ名言」が潜んでいたことがわかる。
「人生は一箱のマッチに似ている」と芥川龍之介
ほかの文豪の言葉も少し紹介しよう。
▽夏目漱石
「金を作るにも三角術を使わなくちゃいけないというのさ。
義理をかく、人情をかく、恥をかく、これで三角になるそうだ」 『吾輩は猫である』
「結婚をして一人の人間が二人になると、一人でいた時よりも人間の品格が堕落する場合が多い」 『行人』
▽芥川龍之介
「人生は一箱のマッチに似ている。
重大に扱うのは莫迦莫迦しい。
重大に扱わなければ危険である」 『侏儒の言葉』(「人生」より)
「人生は一行のボオドレエルにも若(し)かない」 『或阿呆の一生』
▽坂口安吾
「戦争に負けたから堕ちるのではないのだ。
人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ」 『堕落論』
引用不可能な啄木『ローマ字日記』
本書の「第2章 石川啄木の『ローマ字日記』」と「第5章 島崎藤村の『新生』」だけは、ほかの章と構成が異なる。それぞれ作品のダイジェストを紹介している。
啄木の『ローマ字日記』は公刊されているが、ローマ字を読むのが面倒で読んだことがなかった。編者による「訳文」を読むと、噂にたがわぬ内容で、とても引用できない部分も多い。
ほかの文豪たちの言葉は作品として書かれているから、ネガティブと言っても知性が感じられる。しかし、啄木の『ローマ字日記』は、死後に焼却するよう命じていた、秘密の日記である。どうしようもない人間の性(さが)が露呈している。不快になる読者も多いだろうが、あえて掲載したのも編者の見識だろう。
堕ちるところまで堕ちてこそ、明日があるというものだ、という感想を持った。
BOOKウォッチでは、『胡堂と啄木』(双葉社)で、啄木の借金癖と奇行について紹介したばかりだ。
(BOOKウォッチ編集部)
書名: 文豪たちの憂鬱語録
監修・編集・著者名: 豊岡昭彦、高見澤秀 編
出版社名: 秀和システム
出版年月日: 2020年6月11日
定価: 本体1400円+税
判型・ページ数: 四六判・231ページ
ISBN: 9784798060989
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