酸素が少ないチベットの高山地帯に住む少数民族。植物が生息できない酷寒の北極圏に住むエスキモー。海中に10分以上潜って漁をするインドネシアの海の民や、猛毒・ヒ素を高濃度で含む水を生活用水にして生きるアンデスの村民もいる。人類はどうしてこのように多様な環境に適応して生きられるのか。そんな疑問を説明してくれるのが本書『シリーズ人体 遺伝子 健康長寿、容姿、才能まで秘密を解明!』(講談社)である。人気ドキュメント番組「NHKスペシャル『人体』」が書籍化された一冊で、最新の研究成果と驚きの新発見がわかりやすく解説されている。
未知のDNAが宝に
本書のキーワードは2つある。「トレジャー(宝物)DNA」と「DNAスイッチ」だ。どちらも取材班の命名で、生物学的にはそれぞれ「ジャンクDNA」「エピジェネティクス」と呼ばれている。
トレジャーDNAとはDNAの98%を占める未知の部分で、これまで何の働きもないゴミみたいなものとされていた。だが最新の研究では、この部分こそ人間の個人差を生み出す"情報"が書き込まれていることが明らかになってきた。冒頭で紹介した、チベットで暮らす人々は、血液中の酸素を運ぶヘモグロビンの量を調整する宝物のようなDNAを持っていることがわかっている。本書を読めばその詳細は明らかになるが、エスキモーも海の民も、ヘビースモーカーなのに肺がんになりにくい人も、それぞれ宝物のような遺伝子を持っている。だからこそ、人類はさまざまな環境に適応できる。いわば人類の進化を支えた"多様性"の原点だ。
「病気を防ぐ遺伝子」をオンに
DNAスイッチは「運命を変える仕組み」と言えるだろう。実はわれわれは誰もが「病気を防ぐ遺伝子」を持っている。それなのに病気になってしまうのは、そのスイッチがオフになっているからで、そのスイッチをオンにすることができれば予防や治療に役立つのだ。スイッチをオンにするヒントは食事や運動などの生活習慣にあり、デンマークでは、DNAスイッチをいい状態で子供に遺伝させようという"精子トレーニング"が研究されている。万病のもとになるメタボを親から子に遺伝させないためのトレーニングだ。トレーニングの目的自体も驚きだが、この研究が注目されるのは、進化論の常識を覆す可能性があるからだ。もしかしたら、「獲得形質は遺伝しない」というダーウィンの説は間違いだったということになるかもしれない。
遺伝子に関わる技術は猛スピードで進化している。本書でも、一滴の唾液からその人の顔をそっくりに復元する技術や、特別なDNAの持ち主からつくられた糖尿病薬など、最新の技術が紹介されている。興味深く読めるだろう。
さて、本書に登場するDNA学の世界的権威は「突然変異がなければ人類は絶滅する」と話している。人類があらゆる環境に適応して生存しているのは多様性があるからだ。遺伝子がその多様性の源泉であることを、さまざまな角度からわかりやすく検証した「遺伝子学のよき入門書」が本書だ。「運命だから」と諦めていたことさえ、生き方次第で変えられることを教えてくれる「元気の入門書」とも言えるかもしれない。
(BOOKウォッチ編集部 スズ)
書名: シリーズ人体 遺伝子 健康長寿、容姿、才能まで秘密を解明!
監修・編集・著者名: NHKスペシャル「人体」取材班 著
出版社名: 講談社
出版年月日: 2019年9月12日
定価: 本体1600円+税
判型・ページ数: 四六判・251ページ
ISBN: 9784065169131
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