演説中の安倍晋三首相にヤジを飛ばしたら、警察に囲まれ、その場から排除されたーー。
2019年7月の参院選期間中、札幌市で起きたできごとが、「言論封殺」などとして物議を醸している。事件は北海道警察を相手にした裁判にまで発展した。
この裁判の中で、道警は排除が適切であったことを示すため、ヤフーコメント(通称:ヤフコメ)を証拠として提出している。道警に好意的なコメントが多かったと言いたいようだ。
その中には、「プロ市民か極左」と当事者を揶揄したものや、「(警察は)日本を韓国から守って」など、特定の国に敵意を抱いているようなものもある。
事件の全体像とあわせて、「北方ジャーナル」などで活躍するジャーナリスト・小笠原淳さんにレポートしてもらった。
●証拠の「ヤフコメ」に失笑
札幌で進む裁判の報告集会が、乾いた笑いに包まれた。
「道警は、ヤフーコメントを証拠で出してきていまして…」
そう明かすのは、昨2019年12月に提起された国賠訴訟の原告代理人たち・通称「ヤジポイ弁護団」。
札幌市の大杉雅栄さん(32)が北海道警察に330万円の損害賠償を求めているその裁判には、今年の2月から同市の絹田菜々さん(仮名・24)が原告に加わった。
弁護団が引いた「ヤフーコメント」は、被告の道警が3月下旬に札幌地方裁判所へ提出した書証に含まれていたものだ。
●「安倍やめろ」とヤジったら排除
集会の日から、8カ月ほど遡る。
参院選期間中の昨年7月15日、与党系候補の応援演説で札幌を訪れていた安倍晋三総理大臣に複数の市民がヤジを放つなどして、演説の場から“排除”された。
道警の捜査員らに身体を拘束されるなどしたのは、先の大杉さんを含めて少なくとも9人。
JR札幌駅前で「安倍やめろ」とヤジを飛ばした大杉さんは、衣服や体を掴まれて10メートル以上も引きずられ、さらに別の場所で声を上げた際には首を絞められかけた。
「増税反対」と叫んだ絹田さんは両腕や腰を掴まれて演説から遠ざけられたのち、約1時間半にわたって2人の女性警察官につきまとわれた。
●「表現の自由」を侵害していないか?
演説の現場では、多くの与党支持者が安倍首相に声援を送り、応援のプラカードも多数掲げられていた。
道警がこれらを問題とせず、一方で年金問題に疑問を呈するプラカードや「やめろ」などのヤジを排除していたことから、ほどなく「表現の自由侵害」に抗議の声が上がり始める。
昨年12月には大杉さんが道警を相手に国賠訴訟を起こし、併せて現場の警察官たちを特別公務員暴行陵虐などで刑事告訴するに到った。
●道警「適法な職務執行だった」
道警は排除の根拠として、警察官職務執行法を挙げている。
ヤジをきっかけに「トラブル」や「小競り合い」が起こるおそれがあったため、警職法4条に基づいて大杉さんらを「避難」させ、同時に同5条に基づいて「制止」した、という理屈だ。
道警の「適法」主張は、当然ながら国賠訴訟でも同じように展開されることになった。そこで示されたのが、冒頭で触れた「ヤフーコメント」だ。
●80件のヤフコメの内容は?
訴訟の第2回弁論を終えた4月3日夕、その概要が明らかにされた。
書証で示されたのは、2件のニュースに書き込まれた匿名投稿およそ80件。
- 《どんな理由があろうとも妨害行為はやめてほしいです。厳しく処罰してください》
- 《これで告訴側が勝ったとしたら今後警察が動きにくくなるのが問題な気がする》
- 《危害を加えかねないと判断し予防的排除を行うに十分だと思う》
- 《その場で現行犯逮捕もできたのにやらなかった》
法的な誤りは措くとして、以上のような「意見」は言論の自由の許容範囲内かもしれない。
だが中には、原告個人への人格攻撃に近いコメントもある。繰り返すが、警察が提出した証拠の中に、だ。
- 《子供がお菓子を買ってもらえずに通路で泣きわめくのと変わらない》
- 《反政府活動でメシを食ってるプロ市民か極左なんでしょうね》
- 《こんなんでお金もらえたらビジネスになっちゃうよんw》
- 《どこかの変な団体に属してますね? 中核派とか》
- 《こういう奴らって顔がヤバイの多い》
- 《精神に異常をきたしている》
さらには、およそヤジ排除問題とは無関係な書き込みも。
- 《自民党頑張って下さい。日本を韓国から守って下さい》
- 《中国に感化されていることがわからないバカばかり》
しつこいようだが、これらの匿名投稿が警察官の「適法な職務執行」の証拠として、裁判所に提出されているのだ。
●民主主義を揺るがす行為
弁護団長の前札幌市長・上田文雄弁護士(札幌弁護士会)は、排除を「適法」とする具体的な根拠が現時点で何も示されていないことを指摘し、道警の姿勢を改めて批判している。
「実力行使を認められている組織が国民の権利を侵害する可能性があるからこそ、警職法では厳格な要件を定めている。
それを拡張解釈し、あるいは類推解釈することで国民の権利、民主主義が揺らいではならない。ここを追及していかなければならないと思います」