奈良県大和郡山市の観光名所となっているオブジェ「金魚電話ボックス」が著作権侵害の指摘を受け、地元商店街では現在、撤去を検討するトラブルとなっている。問題とされているのは、電話ボックスの内部が本物の金魚が泳ぐ水槽になっている作品で、もともとは京都造形芸術大学の学生グループが2011年に制作。その後、その部材を利用して2014年、大和郡山市に設置された。
設置以来、「インスタ映え」するなど、金魚の名産地として知られる大和郡山市の「金魚電話ボックス」としてSNSで広まり、若い世代を中心に人気を集めていた。これに対し、異を唱えてきたのが、福島県いわき市在住の現代美術家、山本伸樹氏だ。
山本氏のFacebookなどによると、山本氏は1998年から電話ボックスを水槽にして金魚を泳がせる作品「メッセージ」を発表、ライフワークとしてきた。しかし、2011年に京都造形大学の学生グループの作品が発表され、自身の作品に似ていると抗議。その後、山本氏は「金魚電話ボックス」についても著作権侵害を訴え、地元商店街などと話し合いを重ねてきたという。また、昨年12月には地元商店街に対し、過去の著作権料を求めない代わりに、山本氏側の費用負担で自身の作品を設置することなどを提案する内容証明を送った。
これに対し、地元ではトラブル回避のために「金魚電話ボックス」の撤去作業を開始した。
今回の発端は美術作品の著作権だが、本来そのアイデアやコンセプト、表現方法などはどこまで守られるものなのだろうか。著作権問題詳しい井奈波朋子弁護士に、判断のポイントを聞いた。
●山本伸樹氏の作品と「金魚電話ボックス」の共通点と相違点
現代美術ではさまざまな表現方法が用いられているため、その著作権も複雑にみえる。こうした作品の著作権は、アイデアやコンセプト、表現方法など、どこまで守られるものなのだろうか。
「現代美術では、絵画や造形そのものではなく、そこに表されている観念に芸術性が見いだされることがあります。このような現代美術は、コンセプチュアル・アートと呼ばれます。
現代美術家が、電話ボックスを水槽にして金魚を泳がせる作品は、造形そのものというより、そのような観念やアイデアに芸術性が見いだされるものと考えられ、やはりコンセプチュアル・アートの流れに属するのではないかと思います。
美術作品の著作権についてですが、コンセプチュアル・アートにおいても、結果として造形された作品は、著作権法において保護されます。しかし、そのアイデアやコンセプトは著作権法により保護されません。美術だけでなく、文学・音楽その他著作権法で保護される著作物は、具体的表現である必要があります」
●「金魚電話ボックス」の具体的表現とは?
今回、山本伸樹氏が発表したという作品の写真を拝見すると、天井の枠が緑色で柱がシルバーグレーの電話ボックスの内部に、グリーンの公衆電話が設置され、その下から4分の3くらいの高さまで水をはり、その中に金魚を泳がせるという表現内容です。
この表現内容自体は、著作権法により保護される具体的表現に該当します。
他方、大和郡山市の商店街に設置された『金魚電話ボックス』は、天井の枠が赤茶色で柱がシルバーグレーの電話ボックス内部に、グレーの公衆電話を設置し、その内部に天井まで水をはり、その中に金魚を泳がせる作品となっています。両方を比較すると、電話ボックスの中に水をはって金魚を泳がせるというアイデアやコンセプトは共通するのですが、どのような電話ボックスにどの程度水を張るか等、具体的表現が同じとはいえません」
●アイデアが似ていても、「金魚電話ボックス」は著作権侵害にあたらない
では、「金魚電話ボックス」は山本氏の作品の著作権侵害をしていると判断できる?
「大和郡山市の『金魚電話ボックス』は、山本氏の作品の具体的表現を有形的に再製したといえませんので、複製権侵害ともいえませんし、そこからもとの作品の具体的表現を感得するともいえませんので、翻案権侵害にもあたらないと考えられます。アイデアやコンセプトが似ていても、著作権侵害にはならないのです。
大和郡山市の商店街は、トラブル回避のために現在の『金魚電話ボックス』を撤去することを決めたようですが、本来、撤去する理由はないと思います」
「金魚電話ボックス」以外にも、水槽ではないものに魚を泳がせるというアイデアの作品は散見される。古くは、アメリカの現代美術家、ナム・ジュン・パイク氏が1980年代にテレビの中に水槽を設置して金魚を泳がせる作品などが知られる。今回のような件で著作権侵害を認めた場合、却って「表現の自由」を侵害してしまう可能性はないのだろうか。
「著作権法では、アイデアは独占されないというのが原則ですので、今回のような件で著作権侵害を認めてしまえば、アイデアの独占を認めることになり、当然、表現の自由を制約することになります。
なお、著作権侵害とならないものを著作権侵害であると公言することは、却って名誉毀損となる可能性もありますので、注意が必要です」