どん底からはい上がったベテランの勇姿が、まぶしかった。
9月12日、本拠地・横浜スタジアムで行われた阪神戦。7点リードの九回2死、横浜DeNA・田中健二朗投手の名前がコールされると、ナインに笑顔があふれ、ファンは涙した。2018年9月以来となる1軍登板を無安打無失点に抑えた左腕は「ホッとしています」。復活へ確かな一歩を踏み出した。
大活躍の後に襲ったもの
用意された晴れ舞台は「勝ち試合の最後を締めさせたい」という三浦監督の粋な計らいだった。エース今永の快投、打線の大量援護、救援陣の踏ん張り。周囲の後押しを受けて背番号46がリリーフカーに乗り込んだ。
ブルペンを預かる川村投手コーチは「健二朗自身が一番興奮していた。今まで見たことないような顔つきだった」。現役最後の1年をともに過ごした後輩の背中を見送り、「親みたいな心境になりました」というほど感動的なシーンだった。
高校生ドラフト1位の14年目。田中健は救援陣の柱として2016~17年、60試合以上に登板し、クライマックスシリーズ、日本シリーズでも活躍した。しかし勤続疲労が影響したか、「チームの功労者」は18年以降状態が上がらず、19年8月、左肘内側側副靱帯(じんたい)の再建手術(通称トミー・ジョン手術)を受けた。
育成で再スタート
20年は覚悟を決めて育成選手として再スタート。投球を再開するも「今までの投げ方では痛みが出る。感覚を変えなきゃ投げられない」。染みついたフォームの修正は一筋縄にはいかなかった。
「僕のことを待っている人なんているんですかね」。リハビリから1年半がたった今春のキャンプで報道陣に弱音を漏らすこともあったが、己を信じ白球を投げ続けた。
1092日ぶりに戻ってきたハマスタ。試合後、三浦監督から「お帰り」と出迎えられた左腕は、深々と一礼して言った。「これからも自分の持ち味である強気で押すピッチングをしていきたい」。苦節を経て待ち望んだ戦いの場で、31歳は再び腕をしならせていく。
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