今回から、タイトルどおり、MacのOSとCPUの変遷の歴史を振り返る記事を連載としてお届けすることになった。最近Macを使い始めたという人はもちろん、昔からのユーザーにとっても、1984年に初代Macが登場して以来、40年近い歴史を正確に思い出すのは、なかなか難しいだろう。その中には、今後のMacの発展の方向性を探る上でも参考になりそうな出来事が詰まっている。Mac経験の長い人も、最近Macを使うようになった人も、昔を懐かしみながら楽しく読んでいただければと考えている。
初回の今回は、Macが誕生してから今日までの歴史の大きな流れを確認した後、まずはCPUの変遷をざっと見渡してみることにする。現役の1つの製品シリーズとして長い歴史を誇るMacだが、これほど何度も大きなCPUの変更を乗り越えてきたことに、改めて驚かされるだろう。
独立して切り替わるCPUとOS
今、Macは1984年に誕生して以来、何度目かの大きな変革期の真っ只中にある。今回の大転換は、2020年のWWDCで発表されたように、すべてのMacのCPUをApple Siliconに順時移行するという計画によって発動されたもの。すでに昨年末には、実際にCPUとしてApple Siliconを搭載したモデルが3機種同時に発売された。それらは、これからもどんどん登場するApple Silicon搭載機の中では、エントリークラスのモデルと位置づけられる。それにもかかわらず、これまでのミドルレンジのモデルをも凌駕するようなパフォーマンスを発揮し、今までとは性能レベルの異なる新たなMacの時代の訪れを印象付けたことは記憶に新しい。
一方のMacのOSを見てみると、昨年のWWDCでApple Siliconとともに発表されたのは、macOS Big Surだった。このバージョンには、もちろん、それ以前のインテルCPUに加えて、Apple Siliconをサポートすることが大きな使命として与えられている。基本的なOSとしてのアーキテクチャは、以前のバージョン(Catalina)と比べて、それほど大きく異なっているようには見えない。これまでの大きな流れを継承して、Unixを基盤とするOSのアーキテクチャを引き継ぐものであることは間違いない。当初はMac OS X、その後はOS X、さらにはmacOSと呼ばれてきたOSの系統だ。
Macに搭載されてきたOSには、大きなくくりとして最初期からMac OS X以前までのClassic(クラシック)系とMac OS X系の2種類がある。もちろん、それぞれの系列の中に数多くのバージョンが存在し、ひとくくりにするのはちょっと乱暴かもしれない。それでも、OSとしての根幹部分のアーキテクチャを考えれば、Mac OS X以前と、それ以降では、まったく系統が異なるものであるのは確かだ。
それに対してCPUは、どんなに大きく分けようとしても4種類より少なくなることはない。初代Macintoshが採用したMC68000系、それから移行したPowerPC系、さらにその後乗り換えたインテル系、そして今回のApple Silicon系の4種類だ。
最近のMacしか知らない人は、Macと言えば、最初からWindows PCと同じインテル製のCPUを採用したものと思っているかもしれない。しかし、最初にMac OS Xが登場した当時のMacを見ても、CPUとしてインテル製のものではなく、PowerPCを採用していた。それが、Mac OS X時代の途中からインテル製に移行したわけだ。またさらにさかのぼって見れば、そのPowerPCも、Mac OS Xと同じタイミングで登場したわけではない。それよりずっと以前、Classic時代のSystem 7.1のころに初めて採用したものだった。こうして見ると、MacのCPUとOSは、それぞれ独立したタイミングで、そのアーキテクチャを大胆に変遷させてきたことがわかる。
最初のCPU、MC68000
ここから、1984年に発売された初代のMacintoshにまでさかのぼって、これまでのCPUの変更をおさらいしてみよう。1984年に最初のMacintoshが発売された際に搭載していたのは、モトローラ社のMC68000という、当時としてはかなり先進的な32ビットCPUだった。他社の主力パソコンのCPUが8ビットから16ビットに移行しようという時代にあって、いきなり32ビットを採用したインパクトは大きかった。もちろん、それ以前の8ビットCPUとは比べものにならない高性能を発揮した。
なおモトローラ社では、当時CPU(Central Processing Unit)のことを特にMPU(Micro Processing Unit)と呼んでいたが、この記事ではCPUという呼び方に統一する。呼び方の違いに特に大きな意味があるとは思えないが、Mはモトローラ(Motorola)の頭文字でもあるため、同社製であることを強調するために、そう呼びたかったのかもしれない。ただし、その呼び方は、Macが登場する以前の8ビットCPUの時代からあったので、さらにMacのMを掛けたということはないはずだ。
いずれにせよ、この68000というCPUは、32ビットのアドレスレジスターとデータレジスターを、それぞれ8本ずつ備え、豊富なアドレッシングモードと、強力な命令セットを備えた典型的なCISC(Complex Instruction Set Computer)チップだった。このCISCと、少し後で出てくるRISC(Reduced Instruction Set Computer)は、CPUとして用意している命令の種類が「複雑(Complex)」か「絞られている(Reduced)」か、という違いが名前の由来となっている。簡単に言えば、個々の命令の実行は遅くても1つの命令で多くのことができるのがCISC、逆に個々の命令は単純だが実行が速いのがRISCということになる。実際には、命令の種類以外にも、アーキテクチャを含めていろいろな違いがある。
このような性格の違いは、プログラミングの手法にも影響する。概して言えば、CPUの機械語命令を直接操作するアセンブリ言語を使ったプログラミングに向いているのがCISC、Cなどの高級言語によってプログラミングするのに向いているのがRISCだ。8ビットCPUの時代には、アセンブリ言語が中心に使われたが、ちょうど初代のMacが登場したころから、アプリケーションのプログラミングにはPascalやC、さらには様々なオブジェクト指向言語といった高級言語が主に使われるようになっていった。ということは、大きな傾向としては、時代の要求はCISCからRISCへと移りつつあったことになる。
最初のRISC、PowerPCの採用
そして、初代の登場からちょうど10年後の1994年に発売されたPower Macintoshシリーズから、MacもRISCプロセッサーを採用した。IBMとモトローラとアップルが共同開発したCPU、PowerPCだ。もちろん、Power Macintoshの名前に含まれる「Power」とは、この場合、高性能を意味する形容詞であると同時に、CPUの名前を部分的に借用したものとなっている。それほどに、このRISCプロセッサーの採用によるMacの高性能化への期待が大きかったことを示している。
RISCプロセッサー採用の背景には、CISC方式のCPUの性能の伸びが頭打ちになってきたのを打破するという目的があったことは疑う余地がない。ただし、CISCがRISCに対して原理的に劣っているかと言えば、必ずしもそうではないのも確かだ。その反証としては、Windows PCは、登場以来一貫してインテルが設計したCISC方式のCPUを採用し続けていることを挙げれば十分だろう。CISCかRISCかという区分は、あくまでも命令セットの特徴であって、必ずしもCPUの中身のアーキテクチャを特定するものではないとも言える。実際にインテルのCISCは、多段パイプラインなど、当初はRISCのアーキテクチャに特徴的なものと思われていた機能を取り込んで性能を向上させた。
それでも、RISCが登場した当初は、確かにCISCに対して構造的な利点を備えていた。それによって当時のMacは大きな性能向上を果たしたのも間違いない。しかしCPUの性能は、命令セットの特徴だけで決まるものでもない。RISC登場後のCISCも、休むことなく進化を続け、RISCとCISCは熾烈な性能向上競争を継続することになる。その過程の中で、RISCかCISCかといった命令セットの違いよりも、製造プロセスの違いが性能に与える影響が相対的に大きくなっていく。そしてその結果、PowerPCの性能向上にも陰りが見られるようになっていった。
Windows PCと同じインテル製CPUへの転向
そんな中、Macが2度めの大きなCPU変更に踏み切った。こんどはこともあろうに、Windows PCと同じインテル製のCPUに乗り換えることを発表したのだ。ジョブズがアップルに復帰して、再びアップルがかつての栄光を取り戻し始めていた2005年のことだった。これは前回とはまったく逆に、RISCからCISCへの転換だった。この発表は、少なからず驚きを持って迎えられた。実際の製品として登場したのは、そのショッキングな発表の翌年、2006年に発売された現在のフォルムに近い平板タイプのiMacが最初だった。
最初の68000シリーズの時代がほぼ10年、それからPowerPCの時代もだいたい10年続いたのに対して、インテルCPUの時代は15年ほども続いたことになる。今のところMacが同じ系列のCPUを使用し続けた年月としては最長のとなっている。この間も、もちろんCPUと、それに伴うMacの目覚ましい性能向上は続いた。しかし、Macの性能向上の主な要因であるCPUは他社製だった。しかも、それを製造、供給しているインテルは、アップルにとってはライバルとなるPCメーカーにも同様のCPUを提供している。
仮にインテルが、アップルに対して優先的に新しいCPUを供給してくれることがあったとしても、多少の時間差があるだけ。それほど時間が経たないうちに、CPU性能に関しては、どのパソコンメーカーも同じになってしまう。これではいつまで経っても性能面でアップルが絶対的な優位に立つことはできない。また生産量が限られる高性能CPUの供給量や価格を考えると、パソコンの性能が技術的な問題よりも、むしろ政治的な駆け引きで決まってしまうという状況を避けることが難しくなるのは必然だった。
自らの責任ですべてをコントロールできるApple Siliconへの転換
そして技術的にも、さらには政治的にもブレークスルーとなるような大きな転換として採用したCPUが、まだ記憶に新しいApple Siliconだ。このCPUは、分類上は紛れもないRISC方式となる。今のところ、同じクラスのマシンでは大きな性能向上を果たしていることから、少なくとも技術的には一定の成功を収めたことが明らかだ。このことから、CPUの設計や製造プロセス、そのたもろもろの技術的な状況は、現在では再びCISCよりもRISCの方が優位になっていると見ることもできる。
しかし、アップルがApple Siliconを採用したことで、最も大きく変わったのは、もっと単純なこと。それは他社製のCPUか、自社製のCPUかということだ。もちろんチップの製造も含めてアップルが実際に「作っている」わけではないが、設計から製品化までのプロセスは、すべて自らコントロールしているはずだ。この事実は、現在だけでなく、今後の発展を考えても、アップルに大きな優位をもたらすことを期待させる。政治的なコントロールの獲得は、技術的な成功を独り占めできることをも意味するからだ。
これまでのMacのように、CISCからRISCへ、そしてRISCからCISCへ、さらに再びCISCからRISCへというCPUの変遷を見ていると、コンピューターとは関係のないある光景が目に浮かぶ。それは、高速道路の走行車線と追い越し車線の車の流れに絶えず気を配り、少しでも空いている方に目ざとくレーンチェンジしながら先を急ぐような車の運転だ。これまでのMacは、そのようにして辛くも優位を保ってきたのかもしれない。しかしこれからは、Apple Siliconという、他の車が乗り入れることのできない専用レーンを用意し、他社の状況には関係なく、常に車の最高性能を発揮できるような運転が可能になったと見ることができる。
このところのアップルは、単なるハードウェアメーカーから、主としてサービスを提供する会社に脱皮しようとしているのではないか、という動きも見せている。その一方、Macの歴史の中で初めてCPUまでも自社製とすることで、ようやく完全なコンピューターメーカーになろうという姿勢も感じられる。やや皮肉なことのようにも思えるが、実に興味深い。