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髪がなくていじめられた 10代に伝えたい、見た目の悩みとの付き合い方 元プロ野球選手の森本稀哲さん

2020年4月20日 10:00 朝日新聞デジタル

 プロ野球で外野手として活躍した森本稀哲(ひちょり)さん。アニメの登場人物に扮したパフォーマンスなど、明るいキャラクターでも知られています。

 そんな森本さんですが、小さな頃に病気で髪の毛がなくなり、いじめなどで悩んだ経験があります。10代の若者たちに向けて、思いを語ってもらいました。

いつも帽子をかぶっていた少年時代

 小1の時に突然、「汎発性円形脱毛症」という病気になり、やがて髪の毛やまゆ毛、まつげが全部抜けました。だんだん抜けていく時の恐怖は今でも覚えています。

 そこから、見た目をすごい気にするようになった。習っていたテコンドーの合宿では、お風呂でも帽子をかぶっていたくらいです。

 クラスの友だちは仲良かったんですけど、先輩から言葉の暴力を受けたり、鏡を使って太陽の光を頭に照らされたりということはありました。

 後に母から聞きましたが、母は僕がいつも帽子をとって頭の汗をふいて、急いでまたかぶろうとする姿を見て、胸が痛んだそうです。

 小4くらいの時、父から「おまえは五体満足だ。髪の毛がないだけだろ」と言われました。どうにか前向きに生きてもらいたいという思いだったと思いますが、その時はそう捉えられなかった。

 「なんで僕だけ髪の毛がないんだろう」っていつも思ってましたから。

病気で、珍しい名前で「目立ちたくない」

 病院とかに行って、待合室で「ひちょり君」と名前を呼ばれるのは……あんまり呼ばれたくないなあと。珍しい名前ですし。病気だったんで、そういう場所で目立ちたくない。家と学校以外では初めて会う人が多いから、そのへんはすごく敏感でした。

 当時の気持ちを色で例えたら黒とか、濃い紫とか、そんな色を想像しちゃうんですよ。特に小学生の時って情報もないし、行動範囲も学校と家と習い事ぐらいしかないから。どうすることもできない。

 先輩に公園でいじめられたら、もう逃げ場がなく、帰るしかない。あの頃はきつかったです。

「何見てんだよ」

 でも、今でも覚えているんですが、クラスの友だちとの間でうれしいこともありました。課外授業みたいなので、みんなで美術館に行った時、他の学校の子たちが僕のことをジロジロ見るわけです。

 その時、クラスのある男の子が「何見てんだよ」って言ってくれたんです。おお、と思いました。そんなに僕のことを思ってくれているとは知らなかったので。

 そういえば、うちの父も僕に対して「人が嫌がることは絶対にするな」とずっと言っていました。病気になって、色んなこと言われて人の痛みがわかるおまえだからこそ、という意味だったんだと思います。

 暗い小学生時代を送っていた自分に自信をつけさせてくれたのが、野球でした。ずっとサッカーをやっていたんですが、練習場所は家から遠いし、ハゲてるから試合にいくとバカにされるし。嫌だなあって思ってた時に、友だちが「野球やろう」って。小4の途中でした。

 僕をサッカー選手にしようとしていた父は猛反対。でも、うちは上下関係が厳しい家で、おじいちゃんの言うことが絶対なんです。おじいちゃんが「やらしてやれ」って言ったら、父はしぶしぶOKしたんです。

 すぐ打てるようになって、楽しくなった。あと、野球ってずっと帽子かぶってる競技なので、すごく心の安らぎになりました。

 まあ、でも、最初はなんか複雑な感情もあったかな。例えば、ハゲてることで試合前にバカにしてくるやつらが、僕に打たれて負ける。その姿を見て「ほらみろ」みたいな。

 そこに生きがいを感じるじゃないけど、もっとうまくなって、みんながびっくりするような選手になって見返してやろうと。でも、何かそれってあんまり優しい感情ではないですよね。

 小6ぐらいになると、小学校レベルでは「あいつすごい野球選手だぞ」みたいになって。ああ、いいなあ。こうやって野球うまかったら認めてもらえるんだなあって。すごいナイーブで周りの目を気にする人間だからこそ、喜びに感じてた。

「野球で頑張れば認めてもらえる」

 でも中学校に上がると、また一番下っ端になります。しかも住んでいる地区とは別の地区のチームに入ったんです。そうすると、同じことがまた起きるわけですよ。「あいつハゲてんな」みたいな。中学校になると、言葉の選び方も激しくなるし。

 でも、その時は少し成長していて「またどうせ野球で頑張れば認めてもらえるだろ」って。1年生の時から「3年(生)にも負けねえ」ぐらいの感じでやってました。

 中学に入っても、髪の毛のことが気にならなくなったわけではありません。下の毛が生えなかったことも、すごく気にしてました。臨海学校とか修学旅行では必ず僕、こう、隠しながらお風呂入ってましたもん。

結局、一番気にしているのは自分だった

 僕もそうでしたけど、見た目や体のことを気にして悩んでいる子たちに共通して言えるのは、「結局、一番気にしてるのは自分」ということ。意外と周りは気にしてないんですよね。

 本当の人の美しさっていうのは、僕は表面上にはないと思っていて、心の中にあると思ってるんですね。男前じゃなくても、美人じゃなくても、「なんか輝いて見える。あの人の周りには人がいっぱいいるよね」っていう人がいます。そこに答えがあるような気がしてて。

本当に変わるべきは見た目じゃなく

 本当に変わらなきゃいけないのは見た目ではなく、自分の中にある、本当の自分のパーソナリティー、人間性みたいなもの。それを輝かせることが一番大事かな。

 見た目なんて本当に一日で慣れるし、飽きるし。そういう風に考えるのは難しいですけどね……。当時の自分にもそう言ってあげたいです。

 見た目や色んなことを理由に、人をいじめたり差別をしたりする人がいます。特に最近は、SNSでそういう投稿もありますよね。僕は、いじめをもろに食らう必要はないと思う。

 「ああ、この人いじめる人なんだ」とか、いじめる理由ってなんだろうとか。冷静に考えられるといいですね。難しいかもしれないけど、親なり先生なりに言ってほしい。

 嫌な思いをしている子がいるなら、「いまこの瞬間は、もう帰ってこない。気にしないで人生楽しんで」と思います。例えば10人のうち2人に悪口言われたとして、「みんなに悪口言われる」と思ってしまうのはもったいない。僕も大人になって気づいたことなんですけどね。

嫌な言葉が飛んできても

 僕はね、プロ野球で活躍し始めた頃、相手チームの球場で試合がある時に、そのことをすごく思ったんです。結構パフォーマンスとかした方なんで、外野スタンドに手を振ったりする。

 すごい喜んでくれるんだけど、中には「こらーこっち向くな。ボケー」みたいなこと言う人がいるんですよ。「おまえのやってることおもんないねん」みたいな。

 でも、その人のために、ファンが喜んでくれていることをやめてしまうのはもったいない。

 少数の意見を聞かなきゃいけない場面も、もちろんあります。でも僕は「ヤジ飛ばしてくる人に目向けてもしょうがない。応援してくれる人のためにもっと色々やろう」と思った。それからさらに強くなりました。

 変な言葉、嫌な言葉をかけられることがあったら、色んな人に事実を伝えてみてください。多分、半分以上の人、下手したら9割ぐらいの人が「それはいけないことだよ」って言ってくれます。自分で抱えずに、外に発信して、元気に楽しい人生を送ってください。(聞き手・宮崎亮)

もりもと・ひちょり

 元プロ野球選手。1981年、東京都生まれ。帝京高校で夏の甲子園大会に出場し、日本ハム、横浜、西武でプレー。著書に「気にしない。」。ユーチューブチャンネル「ひちょりズム」も。

※この記事は、LINE NEWSだけで読める朝日新聞の特別連載です。

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cat_16_issue_oa-asahishimbun oa-asahishimbun_0_595282437aff_卒業式に涙は出なかった 一人でいたけど孤独じゃない 旅立ちの春、ヒャダインさんが10代に送るエール 595282437aff 595282437aff 卒業式に涙は出なかった 一人でいたけど孤独じゃない 旅立ちの春、ヒャダインさんが10代に送るエール oa-asahishimbun 0

卒業式に涙は出なかった 一人でいたけど孤独じゃない 旅立ちの春、ヒャダインさんが10代に送るエール

2020年3月16日 10:00 朝日新聞デジタル

 ミュージシャン、作詞、作曲、楽曲プロデュースからタレント活動までマルチに活躍するヒャダインさん(39)。

 あか抜けた印象とは裏腹に鬱屈(うっくつ)した青春時代を送り、ある出来事に遭遇して道が開けたと言います。旅立ちの春に若者へのエールを送ってくれました。

10代は暗黒時代

 春は出会いと別れの季節。大切な人との別れがつらくて泣いている人は、人生得していると思った方がいいと思います。

 それほどいい人間関係を結べたということですから。僕は10代の頃、全然悲しくありませんでした。 

 正直言って暗黒時代。全然楽しくありませんでした。当時の写真を見てもらえば分かります。

 「とはいえ、キラキラしてたんじゃないですか」とよく言われるんですけど、皆さん写真を見たら言葉に詰まって、「あーっ」っていう微妙な反応に変わります(笑)。

唯一の楽しみが音楽だった

 中学受験をして、中高一貫校に進みました。予備校には行かなくていいというのがうたい文句だったので、勉強ではめちゃくちゃお世話になりました。

 ただ文化面を育ててくれる学校ではありませんでした。男子校だったので、恋愛的な要素はまったくなかったですし。

 クラスではそこまで孤立しているわけでもなかったんですけど、休みの日にどこかに一緒に行くような友達はいませんでした。何より、熱中できることがありませんでした。

 そんな中で唯一の楽しみが音楽でした。家に帰ってシンセサイザーをいじって。いろんなアーティストの楽曲をカバーしたり、スコアブックを打ち込んだり、ピアノを弾いたり。

 人数が少なく名ばかりだったのですが吹奏楽部に入っていたので、音楽室の鍵を借りて、放課後に一人でグランドピアノを弾くのが好きでした。

 小さい頃から野望も熱量もない子どもでした。「夢を書け」と節目節目に言われるんですけど、ずっと苦手で適当に書いていました。

 幼稚園では絵描き。何する仕事か分からないけど、響きがいいなと思って。小学校の卒業文集ではとりあえず金持ちになりたいので、貿易会社の社長と書きました。

 中高でも何もなりたいものがなかった。

一人でいるのはマイナスじゃない

 今思えば、ずっと斜に構えている人生です、僕。

 一人が好きなんです。一人は本当に素敵なこと。自分と向き合う時間ですし。

 もちろん他者とのふれあいによって、1+1が100になることもあるとは思うんですけど、一人は100%自分のために時間を使える。

 どこ行くのも自由。眠くなったら寝るのも自由。旅行も誰かと行くと疲れちゃうんですよね。僕は一人旅の方が好きです。 

 お一人様の楽しみ方を僕は知っているし、そこを決して寂しいとは思わない。 

 でも、一人という言葉はネガティブなイメージを持たれています。「孤」を使う言葉って、孤立、孤独とかマイナスが多い。

 英語では「誰と来たの?」と聞かれたら、「I came here alone」と答えます。マネジャーと来たとしても「We came here alone」。我々だけという意味。「Lonely(寂しい)」な意味じゃない。

長いものに巻かれるな

 最近でこそ、日本の学校教育でも個性をはぐくむ教育というのが取りざたされていますが、なかなか日本人の「右へ倣え」はなくなりません。

 悪い意味で、日本の匿名のネット文化とも相性がいい。例えば、ニュースサイトのコメント欄を見て、「いいね」が一番多い意見を見て、流されちゃう。

 自分の意見を軌道修正するみたいなことは、すごく良くないと思っています。

 そこは毅然(きぜん)として自分を持っていたいな、という気持ちが僕はあります。だから中高の時もなじめなかったのかもしれないですね。

 もちろん僕も長いものに巻かれていたんですけど、気持ち悪いと思いながら見ていました。今の方がずっと生きやすいですね。

 高校は周囲が東大、京大を目指す学校だったので、家の経済状況も考え、大阪の自宅から通える京大に決めました。

大学で「乗り遅れた」、焦りの中遭った9・11

 何をしたいから、何を学びたいからとかは特になく、主体性がありませんでしたね。

 大学もなじめずあまり行きませんでした。そのせいで情報に疎く、就職活動が3年生の春からスタートするのを知りませんでした。

 たまに行った時にみんながエントリーシートを出しているということに愕然(がくぜん)として、やばい、乗り遅れちゃった、と。

 それまで結構とんとん拍子で来ていたのに、ダメだ、スタートダッシュに乗り遅れた、終わりだと思って。それで夏に海外旅行に行ったんです。

 そこで、「9・11」のテロに遭って、帰れなくなりました。人生についてその時初めて考えて、よし音楽をやろうと決めたんです。

 ニューヨークではミュージカルをたくさん見ました。今まで見たことがないような生き生きとした人たちを見て、この人たちは本当に自分のやりたいことで名を立てているなということを実感しました。

 テロに遭遇して人生、何が起こるか本当に分からないと思って、自分のやりたいことで名をあげようと心に決めました。いろいろ考えたときに音楽を作ることなんじゃないか、と思い定めました。

初めてできた自己表現

 大学を卒業して上京しました。無知って強いなといまだに思うんですけど、家賃5万円の汚いアパートで暮らし、バイトずくめの貧乏生活を送りました。

 愚直に曲を作っていたんですけど、売れません。悶々(もんもん)としていた時に、ニコニコ動画に腕試しとしてアップロードしはじめたらみんなに評価してもらって。

 「あ、大丈夫だ」と思って、元々いた事務所から別の事務所に移籍して、どんどん仕事が決まり始めました。

 今でいうユーチューバーみたいなもんですよね。ラッキーでした。

 初めて音楽で自己実現ができました。承認欲求が満たされ、天にも昇る気持ちでした。自信にもなりました。

 バイトをやめられたのが、27、28歳。それまでの6年間はすべて糧になっています。

「今の若者は」…憂う必要ない

 テレビ番組で若者と接していますが、情報過多な時代に生きる今の子たちはませているというか、冷静な子が多いイメージです。

 とてもモノを知っている。すごく冷めた目で、いろんな状況、自分自身の状況を見ています。冷めた目で情熱的に動いている子たちも多い。

 がむしゃらにやるんだ、エイエイオーではなくて、こういう状況だからこれで頑張る、と結構メタ的(俯瞰的)に見ている部分はあって。メタ的に情熱的みたいな感じ。

 「今の若者は」と憂う人たちがいますけど、全然憂う必要はない。

 青春、10代は1回しかないから、ぜひ悔いのないように楽しんでほしいです。(聞き手・兼田徳幸)

ひゃだいん

 1980年、大阪市出身。本名・前山田健一。3歳でピアノを始める。2007年から「ヒャダイン」としてニコニコ動画で活躍。ゆずやAKB48など、様々なアーティストへ楽曲を提供している。NHK・Eテレの「#ジューダイ」でMCを務める。

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勝利めざさない「ゆる部活」 体力向上部・ヨガ同好会…

2018年11月7日 07:20 朝日新聞デジタル

 これまでのスポーツ観と一線を画す運動部活動が、中学、高校で徐々に広まっている。勝ちを目指さなくてもいい。一つの競技にこだわらなくてもいい。そんな「ゆる部活」。どんな活動なのか。

 東京都世田谷区の東深沢中に6年前に作られた「体力向上部」の活動は、午前7時15分に始まる。校庭でハードルを跳び越えたり、ジョギングしながらボールをトスしたり。45分間、体を動かしてから授業へ向かう。

 部員は約60人。女子が3分の1ほどだ。野球や柔道に打ち込む生徒もいれば、文化部所属の生徒もいる。体力レベルは様々だが、目標はあくまで体を動かすこと。月曜を除く平日の朝に活動している。

 ある3年生男子は、地域の野球チームの活動が週2回しかなく、「もっと体を動かしたい」と入部。美術部の2年生女子は「運動はしたいけど、やりたいスポーツがなかった」と友達と一緒に入った。顧問の佐々木政紘教諭は「無理はさせない。自分のペースでやって、少しでも体力が上がればいい」と話す。

 世田谷区によると、ボクササイズを含めて色々な運動をする軽運動部など、体力向上や体を動かすことを目的にした運動部は区内10校に広がっているという。

 近年の運動部は、長時間の活動や暴力的な指導などの「ブラック部活」の解消が課題となっている。

 そんな中、スポーツ庁が今年3月にまとめた運動部活動に関するガイドラインには、「週2日以上の休養日」などの活動時間の制限だけでなく、運動が苦手な生徒も入りやすい「ゆる部活」の設置も盛り込まれた。行きすぎた活動に釘を刺すだけでなく、多様性も認めていこうという方向性だ。

 2017年度の「全国体力・運動能力、運動習慣などの調査」では、1週間の総運動時間が60分未満の中学2年女子は19・4%。全く運動をしないという層も13・6%いた。

 また、運動部や地域のスポーツクラブに所属しない中学2年生に「運動部活動に参加する条件」を聞くと、「好きな、興味のある運動やスポーツができる」が男子は42・9%、女子は59・1%。「自分のペースでできる」が男子は44・4%、女子は53・8%を占めた。

 こうしたことから、現在の運動部活動は生徒の潜在的なニーズに応え切れていないと分析。競技志向を離れ、「自分のペースで体を動かしたい」「色々なスポーツをしたい」という生徒のニーズに応える部の設置を推奨している。(野村周平、中小路徹)

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「夜10時にスマホの電源オフ」つぶやきシローさんが語るSNS

2018年10月15日 10:00 朝日新聞デジタル

 日常の「あるある」ネタで笑いを生むつぶやきシローさんは、ツイッター上の「つぶやき」でも100万人近いフォロワーを持つほどの人気です。一方で、他のSNSとは距離を置いている、と言い切ります。ほぼ1日1回のペースでつぶやき続ける生活や、ネット上の様々な声とどう付き合うか、などについて聞きました。

「つぶやき」だからツイートの企画


 ツイッターを始めたきっかけは、2009年の雑誌「週刊プレイボーイ」(集英社)の企画ですね。「ツイート=つぶやき」だから、つぶやきシローにやらせてみたら、という感じで。「10日くらい後の発売日までやってくれたら、ありがたいです」と言われたので、「そこまでならやれるかな」と思いながら続けて……今に至ります。

うだうだしていたら9年経った


 「あるあるネタ」を、「一日ひとつぶ(やき)」って自分に課しているわけです。意外とフォロワーが増えちゃうと、なんかやめづらい。わかります? 「やめるときは『すみません。仕事で無理やりやっていたのでやめます』とかあいさつするのかな、どうしようかな」とうだうだしていたら9年経ちました。フォロワー数は100万近くです。

 ただ、俺自身は「やめづらいな」ってだけで、フォロワーはそんなに気にしてないんですよ。言いっ放しなんで、僕。ただの一方通行で申し訳ないです。

知っている言葉は既読スルーだけ


 ツイッター以外のSNSは、LINE(ライン)も含めてやってません。僕がLINEに関して知っている言葉は、「既読スルー」だけです。「トラブルの元」っていうイメージです、いまだに。若い子は使いこなせて、わかってるだろうからいいですけど、なまじっか知らないヤツが手を出すもんじゃねえって。

 ツイッターは、ネタ帳として便利です。番組のロケで「どうも、つぶやきシローです」っていうシーンがよくあるじゃないですか。そのときに、あるあるネタを言うようにしてるんですよね。なんかないかなってときにこれまでのツイートを見て、「あ、昔のこれ、いいんじゃない」って。

ツイートは毎日のルーティン


 ツイートは、字面を気にするくらい。漢字がいいかな、カタカナかな、ひらがながいいかな、と。1行で終わらせた方が美しいかなとか、句読点を打たず、一気にいった方がいいかな、とか。たかが、こんな1行くらいの「あるある」で引っかかって欲しくないですから。

 真面目な話をすると、自分に対して「お笑い(芸人)なんだから、1日1個くらいネタを考えなさいよ」と、自分に負荷をかけているところがある。「ネタ番組あんまないし、呼ばれないんだから。金にもなんないけど、とりあえずやりなさいよ」と。毎日腕立て(伏せ)を10回やる人とかいるじゃないですか。そんな感じです。

義務になるとすごい苦痛


 でも毎日じゃない。夜中、寝る前にやるんですけど、最近は酒飲んでると寝落ちしちゃうんですよね。昔はそれでも「待っている人がいるかもしれない」と思ってやったけれど、もう「ごめんなさい」って甘えるようにしてるんです。

 気晴らしで趣味のつもりだったのが、義務になるとすごい苦痛。ジムもそうじゃないですか。そうなりたくないから、嫌なときはやんなくていいんじゃないか、と。そうじゃないと今後続かないと思ったんだよね。やらない自分を許す日があるから、まだ続いてる。自分でコントロールしています。

リツイートは見ないのが一番


 最初はリツイートも見ていました。それまでmixi(ミクシー)とかブログも一切やってなかったので、教えてもらって「こういうことなんだ」と。でも悪口も来るし、「なんだよ」とも思う。「ああいうのは見ない方がいいですよ」と聞いて、全然見なくなりました。こっちは顔を出してやっているわけで、そうじゃない人の相手をしてもしょうがない。時間の無駄で、見ないのが一番だと思います。

 SNSはいろんな情報が入ってきて、時間の「短縮」と言うけれど、「その情報、本当にいる?」って思っちゃう。スタバでも、電車でも、風呂の中でも袋に入れてスマホを触ってる人がいる。依存症でしょ、完全に。「SNS禁止の日」をつくって、国民全員が休む日を作った方がいいですよ。

個性を出すって、今の子は大変


 僕は寝るとき、夜10時になったらスマホの電源を切ります。みんなにびっくりされるんですよ。「え?」って。俺は逆に「え、電源切らないの?」って思う。「俺は今日は誰とも(つながるのは)嫌です」って、電源切るんです。緊急ならパソコンのメールや家の電話もあるし。出かけるときだけ電源を入れる。切るっていいですよ。「もう受け付けません」「自分の時間です」って。

 みんな、SNSから自分のためになる何かを得ようとするから、のめり込むんでしょうね。本を読んだり、人と遊んだり、足で稼ぐことをやらなくなっている。これだけ個性的なのに、同じものを見て、同じところに向かっている気がする。これで個性を出すって、今の子は大変ですね。

そんなにつながりたいですか?


 ツイッターでフォローしている人はいません。人間関係のトラブルのもとなんでしょ、聞くところによると。「俺はフォローしたのに、してくんない」とか、「『いいね』をくれない」って怒る上司がいるとか。だから最初からゼロが一番なんですよ。めんどくさいことはやらない。

 フェイスブックをやらないかと誘われた時も、「やらない」って言いました。そんなにつながりたいですか? やらない人はダメとか、入ってない人は友達がいないとか、全然思わないですね。つながりすぎてしんどいって悩んでる人だっている。リセットの日を作ったらいいと思うんです。「みなさん、1回整理しませんか」って。

「物言わぬ支持者」はいる


 電話番号だって、「これまだ使えてんのかな」っていうのばっかりじゃないですか。相手に2年連絡しなかったら、まあいらない。何か自分の役に立つかもしれないからってつなげておく、その欲がトラブルのもとですよ。そういうヤツから、ねずみ講の電話がかかってくるんですよ、たまに。「布団買って」とか。ろくなことがないですよ。

 リツイートの数も振り返らないです。だってツイートの内容にもよるし、時間帯にもよる。悪口を書いてくる人もいるけれど、「物言わぬ支持者」がいるのが常。何も押さない人、リツイートもしない人がほとんどで、その「物言わぬ支持者」を俺は支持するから、押す人という狭い中の数字は、どうってことない。その評価が標本調査だとも思わないですね。(聞き手・荻原千明)

つぶやきしろー

 1971年、栃木県出身。94年にホリプロお笑いオーディションに合格。栃木弁でぼそぼそとつぶやく芸で知られ、「イカと醤油(しょうゆ)」などの著書もある。

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