ノンフィクション作家 探検家 角幡唯介さん
先月、探検家でありノンフィクション作家の角幡唯介さんが出版した『探検家とペネロペちゃん』は、まな娘の観察を通して新たに自分の中に生まれる「親」の感情を深く考察したユニークな父親エッセーです。
自分の子どもを通して見えてくる新たな世界、そこに親はどう立ち向かっていけばよいのか、探検家の視点での子育てを聞きました。取材・文/藤田実子 写真提供/角幡唯介
子どもの誕生は、僕の心理に巣くっていた男のくだらない『あるべき論』を見事に粉砕してくれた
このエッセー『探検家とペネロペちゃん』を書くきっかけは、まさに僕が父親になったことです。それまでは自分の子どものことをうれしそうに話す人との温度差を感じていたのに、「あ、こういうことだったんだ」といきなり理解できるようになりました。
かつ、僕の娘は客観的に見て圧倒的にかわいい。娘を通してそんな今までになかった感情、想像もできなかった感情が次から次へと湧き出てくる感覚が新鮮で、面白くてしょうがなかったのです。
親になってこんなに変わったということを人に伝えたいという気持ちが抑えられず、時々ブログにアップしていたのですが、「小説幻冬」の担当編集者と話をしている時に「面白いから連載しませんか?」という話になって、ちゅうちょなく「書きたい!」となったわけです。
僕自身の感情の探求が中心なので、「子育てエッセー」ではなく、ノンフィクションの「父親エッセー」。子どもが生まれてから4歳ぐらいまでの最も成長が著しい時期、毎日発見と認識の変革がひたすら続き、感情が高まった興奮状態で書いていました。
2年の連載が終わり、さらに1年たった今この本を読み返すと、赤面するほど恥ずかしい文章がちりばめられていて……。娘が思春期の時にこの本を読んだら僕は嫌われてしまうんじゃないかと、今からオロオロしている次第です(笑い)。
今この子と何をしたいのか、真剣に考えて真剣に遊びます
男親の子育てへの関わり方は、家庭によってさまざまだと思います。僕の場合、探検のために半年ぐらい家を空けることもあり、基本的に子どものことは妻に任せっきり。でも家にいて、遊べる時にはとことん遊びます。
「家族サービス」という言葉は好きではないですね。虫とり、カヤック、シュノーケリングなど自分のやりたいこと、娘と一緒に遊びたいことを真剣に考えます。子どもと遊べる時間はとても限られているでしょう?
それに、何年かしたら遊んでくれなくなる可能性も高いですからね。海や山に連れていって遊ぶことが多いですが、それは、娘に登山家や、ましてや探検家になってほしいという気持ちではありません。
僕自身の得意分野の中で地球とは、世界とは、自然とは、人間とは、家族とは、生きることとは……など、自分が信じることを伝えるのが僕にとって自然だからです。そして、できれば自由奔放、天真らんまんに育ってほしいと願います。
海が怖いとか、虫が怖いとか、恐怖心をあまり持たず、世の中のことに境界はないということを感じてもらいたい。幸い、活発な性格で、何も怖がらず楽しんでくれています。今のところは、ですが(笑い)。
子どもがやることを信じて見守ることしか親にはできない
僕が娘に伝えたいのは、自分の頭で考え、自分で人生を切り開き、人生を楽しんで、ということ。子育てや教育というのは、世間の基準のようなものに合わせると無理が出てきますよね。そもそも子どもの個性も、親の立場も、暮らしの環境も人それぞれ違うのですから。
子育てには基準や決まりごとがあるわけではなく、自分と子どものやり取りを通じて子どもの性格を見極め、状況を見極め、その現場ごとに対応していくしかないです。
子どももいつまでも同じではなく、成長して変わっていきます。そして自分もまた変わっていきます。子どもとの関わりの中で、親として、人間として成長していけるかもしれません。
僕は犬ぞりのための犬を育てていますが、当然犬にも個性があって、しっかり叱ったほうがいい犬、叱るとすねたりへこんだりしてしまう犬、さまざまです。
すべて同じ対応でうまくいくわけがなく、自分の中で培ってきた経験から、何が一番うまくいくのかその都度対応していくしかない。子育てと何ら変わりはないなと感じています。
娘が10歳ぐらいになったら一緒にアラスカに行ってユーコン川下りができたらいいなと思っています。自分の得意分野の中で自分の姿を見せて、願わくはいつか彼氏ができた時に「うちのお父さん、カッコいいから」と言ってもらえたら最高ですね。
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かくはた・ゆうすけ 1976年北海道生まれ。早稲田大学探検部OB。2003年朝日新聞社に入社。08年に退職後、ネパール雪男捜索隊に参加。09年再びツアンポー峡谷に向かい、2度の探検を描いた『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』で10年に第8回開高健ノンフィクション賞を受賞。13年『アグルーカの行方 129人全員死亡、フランクリン隊が見た北極』で第35回講談社ノンフィクション賞、18年『極夜行』で本屋大賞ノンフィクション本大賞など受賞多数。
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