コロナ禍の今、収入の減少で住宅ローンを払えない相談が増えている。AERA 2020年12月14日号の特集「住居喪失」から。
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収入減から生活の収支が破綻し、住まいを手放さざるを得なくなった人もいる。建設関係の会社で働く千葉県在住の男性(49)は11月、35年ローンを27年きっちり返済してきたにもかかわらず、住まいを失った。
「残念だし、悔しいです」(男性)。35年ローンでマンションを買ったのは27年前、新築の3DKで、価格は2980万円、月々の支払いは約10万円だった。当時、2人暮らしだった父親とペアローンを組んだ。当初は父親も働き、支払いは順調だった。4年前、父親が病気で他界し、残ったローンを一人で支払ってきた。
■自己破産でアパートに
そこにコロナ禍が直撃した。コロナ前の月収は約35万円だったが、仕事が減り、3月ごろから収入は一気に月25万円近くにまで減った。貯蓄はなく、諸々の支払いが厳しくなった。
ローンの残高は900万円近く。男性は、ローンを組む金融機関に返済期間延長を相談したが、年齢や収入などを理由に断られた。金融ローンで借りて返済に充てたが、夏ごろには限界に達した。もうダメだ──。
せめて少しでもいい条件でマンションを売りたいと、不動産屋を訪ねたが、最終的には裁判所に自己破産を申請した。自己破産すると信用情報機関の「ブラックリスト」に載り、住宅ローンは10年近く組めなくなる。それでも自己破産を選んだ理由を、男性はこう話す。
「マンションを売却しても残債が450万円近く残ります。それをローンで払い続けるのは、精神的にとても無理でした」
全財産を失った男性は今、賃料月6万円のアパートに、近く結婚を考えている女性と暮らしている。家賃は折半だ。せめて県営住宅に住みたいと思うが、コロナさえなければあと8年で住宅ローンも払い終え、女性と一緒に幸せに暮らせたはずだったのに、と思いがよぎる。
「悪い夢のようです」(男性)
こうした住宅ローン破綻は、今後さらに増えると考えられる。猶予期間の終わりが近づいてきているためだ。
住宅ローンを払えない場合、銀行に相談すれば、まず返済条件の変更による一時的な猶予策を提案されることが多い。ただし、返済期間を延長しても、返済を始めたばかりだと月々の支払額はあまり減らず、収支改善しないこともある。
だが、一定期間利息のみを支払うことにし、元金返済を先延ばしにすれば、返済額を劇的に減らせる。ただし、この猶予策には期限があり、それは概ね6カ月ほどだ。住宅ローンの支払いに窮し、6月頃に銀行に相談して返済猶予になっていた人々は、早ければ年末、あるいは21年年初から春先にかけて元通りの返済に戻すか、後述する「任意売却」かの選択を迫られることになる。
また、前出の49歳の男性のように、年齢や収入などが理由で金融機関の審査が通らず返済期間延長などを断られるケースもある。通常、返済を2~3カ月滞納すると金融機関から「督促状」が送られる。こちらも6カ月滞納すると「競売開始」の通知が届く。一般的に競売価格は市場価格より割安になる。競売にかけられる前に、ローンが残っている状態で住居を売却して、ローンを清算する方法もあり、「任意売却」と呼ばれる。
■任意売却の相談が急増
任意売却にはメリットもある。自分の意思で売却活動を進めることができるので、市場価格に近い価格で取引できる。競売と比べ、一般に3割近く高い値がつくという。身軽になるので、ローンを清算し再スタートを切りやすい。
任意売却を専門に行う不動産会社「明誠商事」(東京都)の飛田芳幸社長によると、住宅ローンが払えなくなったという相談は、8月以降、急激に増えた。
「任意売却の相談だけで月30~40件あり、以前より10件近く増えました。30、40代からの相談が多く、業種はコロナ禍で打撃を受けた建築業や観光、飲食関係など幅広いです」
すでに住宅ローンを滞納してしまった人にとっても、競売にかかるか、任意売却かを選ぶ期限の6カ月はやってくる。
「経営が悪化した会社も多く、冬のボーナスが減るという人は少なくない。年末にかけ、住宅ローンが払えなくなるという人はさらに増えると思います」(飛田さん)
住居喪失の危機に見舞われる人がいる一方で、今年後半、首都圏の中古住宅市場は実は活況に沸いていた。東日本不動産流通機構が発表した10月における首都圏の中古住宅成約数は、中古マンションが3636件で前年同月比31.2%増、中古戸建てが1316件で前年同月比41.8%増と、同機構始まって以来の高い伸び率を記録した。
新築の戸建て市場も6月以降、かつてないほど盛況だ。8月の同機構の調査によると、首都圏の新築戸建ての成約件数は573件と、前年同月を35.8%上回った。
だが、こうした動きが来年以降、多くの住居喪失を加速させる恐れがある。
■深刻な不況これから
深刻な不況が訪れるのは、おそらくこれからだ。北半球各国では新型コロナウイルス感染拡大の波が再び訪れ、ロックダウンなどの措置を取る国も出ている。日本でも経済活動に支障が出ることが十分に考えられる。さらなる懸念材料もある。それは、コロナ禍による収入減を見越した住宅ローンの駆け込み需要だ。もしも収入減があった場合、21年以降に住宅ローンを組むとなると、目減りした20年の年収を基準に審査される。
「それならば、19年の年収が基準となる今のうちに住宅を買ってしまおう、という動きが出ています」(専門家)
21年以降に自分の年収が19年以前の水準に戻ることを前提にしているため、収入が戻らなければ、返済計画に無理が生じる可能性が高い。住宅ローン駆け込み需要による購入者たちは、数年後の任意売却予備軍になる。この駆け込み需要は、「ペアローンと同じくらい危険」だという。
21年にコロナ禍が完全に消失するとは考えづらい。むしろ、世界的な景気後退は続き、日本でも一握りの業種にしか増収は望めない。つまり、多くの会社員の収入が19年以前の水準に戻るとは考えにくい。
仮に東京五輪が開催中止になれば、経済へのマイナス影響は甚大だ。企業が恩恵を受けてきた雇用助成金や各種給付金などの効果も限界を超えつつある。日本経済は来年に本格的な不況に突入する恐れがある。今年、在庫を減らした首都圏の中古住宅も、一転して売り出し物件が急増するだろう。来年の住宅市場に明るい材料は見いだしにくい。12年の第2次安倍内閣誕生以来続いてきた異次元金融緩和による不動産価格の異様な高騰も、いつかは終わりが来る。そもそも個人所得が伸びない中での価格高騰が不自然だった。コロナ禍というきっかけを得て、一気に調整される可能性もある。
不動産市場には、危険信号が灯っている。(取材・文/住宅ジャーナリスト・榊淳司、編集部・野村昌二)
※AERA 2020年12月14日号より抜粋