新型コロナウイルスによる肺炎が流行した武漢で、作家の方方氏が発表し続けた日記が世界の注目を集めた。温和で、中国共産党の権威に挑むものではまったくなかったが、流行を食い止められなかったことについて責任を追及する考えを示しただけで、中国国内で2カ月にわたり数千万のネットユーザーの袋叩きに遭い、脅迫を受けた。この「私はウイルス――武漢ロックダウン日記」は、方方氏と同じく武漢で暮らす一般市民の男性「阿坡(A.PO)」が、中国共産党を批判する反省の書として記したものだ。「一人の健全な精神を持つ中国人」として、世界に向けてお詫びの気持ちを示したいという。手記は、2020年2月26日、昨年12月に「原因不明の肺炎」についていち早く警告を発した医師の死を知ったところから始まる。
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■2020年2月6日 ウイルスに注意喚起した医師の死
2020年2月6日午後10時すぎ、「環球時報」の微博(ウェイボー=中国のSNS。フェイスブックやツイッターのようなコミュニケーションツール。中国では一般に海外のSNSは利用できない)に、「内部通報者」李文亮医師が午後9時30分武漢中心病院で救急処置の甲斐なく死亡したという情報が流れた。
私は目を涙で潤ませながらこの情報をシェアしたが、そこに「対不起(ごめんなさい)」の3文字を書き加えた。震えるほどの驚き、胸が痛むほどの残念さと同時に私がまず感じたのは「ごめんなさい」だったからだ。
しかし、それはネット上にあっという間に湧き上がった「彼らは李医師にお詫びしてしかるべきだ、われわれは李医師に感謝してしかるべきだ」という反応とは異なるものだった。私は、個人としてではなく中国人全体が李医師に対しお詫びしてしかるべきだと思ったのだ。なぜなら、この私を含む中国人全体が長らく無視し、仕方がないと許し、黙認し、賛美さえしたでたらめな体制が李医師を殺したのだから。
■新型ウイルスの注意喚起
彼は2019年12月30日、微博の友人グループ内で同僚らに新型コロナウイルスについて注意喚起を行った8人の医師の一人。その後、当局の取り調べを受けた。
まだ34歳。子ども一人、双子を宿した身重の妻、彼同様コロナウイルスに感染し治療中の両親を残して世を去った。かくのごとき惨劇は、とがった氷柱が心臓を刺し貫くように私に痛みを与え、自分がばらばらになるような感覚を与え、この身が中国人全体の一部であることに深い慚愧の念を抱かせた。
「本日DNA検査の結果が陽性と判明。もやもやは晴れた。とうとう診断が確定した」――これは李文亮医師が2月1日に書き込んだ微博のメッセージであり、あろうことか人生最後のメッセージとなったものだ。
どうして診断確定からわずか5日で世を去らねばならなかったのか? 若い世代は免疫力が強く治癒率が高いのではなかったか? それより上の世代でも少なからぬ感染者が治癒し退院しているのではないのか? どうして自身医師たるものが十分な医療資源を得られなかったのか? 適切な治療を十分に受けられずあっという間に生を終えねばならなかったのか?
■8人の「内部通報者」
私はむしろ疑念を持ち始めた。李医師は治療の過程で不当に扱われたのではないか、と。李医師は1月12日の時点ですでに発熱のため入院していたからだ。と同時に、こうも考えた。李医師は訓戒処分を受けた8人の「内部通報者」の一人で、マスコミとネットユーザーの関心を集める身、全国的な注目を集める時の人であるから、ひとたびコロナウイルス新型肺炎と診断されれば体制にとっては大きな恥辱となる。病状を意図的に隠そうとする姦計も生まれるのではないか? もしそうなら、李医師は謀殺されたことになる!
「大局こそ重要」の考えに慣れきった体制を目の当たりにするとき、彼らは個人の犠牲の上に社会の安定を粉飾するのだと考えても私はいささかも暗い気持ちにならない。彼らは国の安定的な統治を維持するためとして後ろ暗い事に手を染めたことがある。過去も現在も、そして未来も。
続いて起きた出来事は、私の猜疑を証明できないまでも、彼らの邪悪さを証明することになった。
午後10時半ごろ、すなわち「環球時報」が李医師の訃報を発した1時間後、その微博上の投稿は削除された。訃報には「複数の関係者に証拠を求めたところ」のような字句があったのではないか? 「環球時報」は権威ある大メディアではないか? 私は当然ながら李医師がまだ生きているから、まだ治療中であるからニュースが削除されたのであればと願った。ニュースがガセであってほしいと望んだ。奇跡が起きてほしいと。
そこで私は急いで微博じゅうを検索してみた。すぐにこんなメッセージが見つかった。「ウイルス流行の内部告発者である李文亮医師はいまだに緊急治療中である。彼のために祈ろう」。このメッセージの発信者は武漢中心病院の医師だった。しかし、それを僥倖と受け止めるわけにはいかなかった。メッセージには「彼は生死の境にいる」という表現もあったからだ。私は怒りが込み上げた! 体制についての私の理解に従えば、ほとんどうなずける話である。彼らはまさに今、遺体をさいなんでいる。なんと邪悪なことか。
■同僚たちの情報発信
さらに2月7日午前2時すぎ、私は中心病院から流れ出したいくつかの情報を目にした。それらの発信時間はどれも6日午後11時ごろだった。
「8時半危篤。無理やり挿管、生きながら責め苦を与えられる。死して後に挿管、ECMO(体外式膜型人工肺装置)すべて試される」
「幹部は言う。まだまだ蘇生処置を施すのだ、彼が死ぬと面倒なことになる、もう少し頑張らなければならない、たとえだめでも、一つのポーズとして。微博にうずまく憤怒は大地を揺るがすほどのものだ」
「メッセージを見たとたん私はデマだと思った。もどかしく防護服に着替え呼吸科のICUに駆け付けると、そこで見たものは血の気のない一体の患者だった。いまだ心臓マッサージ機が打ち続け、同僚たちが周囲を取り巻いていた。ECMO? 何か意味があるのか。心肺は停止して久しい。すでに意味はないのだ……」
明らかにこれらは武漢中心病院の医師たちだ。李医師の同僚たちが情報を発信したのだ。すべてに目を通した私はソファの上で声にならず泣いた。ウィスキーをしこたま飲んで落ち着きを取り戻した私は自分に言い聞かせた。「何かしないわけにはいかない」
○阿坡(A.PO)/一武漢市民。77日間の武漢都市封鎖(ロックダウン)を経験し、この手記を執筆。「阿坡」は本名ではない。全世界に多大な迷惑と災難をもたらした新型コロナウイルスについて、一人の健全な精神を持つ中国人としてお詫びの気持ちを表すために、英語の「apologize(お詫びする)」から取った。全世界の国々が中国からのお詫びを待ったとしても、それが述べられることはない。だか、この名前を用いて手記でお詫びの気持ちを表したいと考えている。
訳:kukui books
※AERAオンライン限定記事
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