猫がいるところに鉄道があり、鉄道があるところに猫がいる──。一体、なぜ。猫と鉄道の不思議な関係が見えてきた。AERA 2021年4月19日号の記事を紹介する。
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線路上に寝そべり、山肌で爪を研ぎ、猫パンチで電車をなぎ倒す……。これは一体!! 電車より巨大に成長した猫なのか。
「保護した4匹の猫たちです」
と話すのは、「ジオラマ食堂」(大阪市天王寺区)のオーナー寺岡直樹さん(56)。豚キムチ定食やオムライスがおいしい店だが、店の真ん中に1970年代の日本の高度経済成長期の地方都市をイメージした総延長約50メートルの大きな鉄道模型「Nゲージ(150分の1)」がある。そう、猫たちがいるのは鉄道ジオラマの上だ。
食堂は、鉄道好きの寺岡さんが2018年に開業。そんな店に猫たちがやって来たのは昨年6月のこと。店の隣にある保育園の保育士が、生まれたばかりの瀕死状態の子猫を園の前で見つけて保護し、連れてきた。
犬派で猫を飼ったことがなかった寺岡さん。それが、子猫の愛くるしさに惹かれ、引き取ることにした。すると翌日、母猫らしき猫がガラス越しに店内を覗きに来るようになった。7月に入ると、店のそばで3匹の子猫が見つかった。先に引き取った子猫と毛並みなどが似ていて、きょうだいと見られた。
家族をバラバラにするのはかわいそうや──。
こうして、寺岡さんは母猫と子猫4匹を保護。子猫1匹は寺岡さんが自宅で飼い、母猫と子猫3匹を食堂の一角で飼うことにした。当初、猫たちはケージで育てていたが、狭くてかわいそうだと思い夜はケージから出すことに。すると、ジオラマが猫たちの遊び場になった。その様子をSNSで配信したところ、予想外の反響があった。線路や電車で遊ぶゴジラ化した「巨大猫」の様子が人気を呼んだのだ。
「猫を助けたつもりがまったく逆で、助けられました」
と寺岡さん。
■破壊されても平気
実は、店は新型コロナウイルスの影響で大打撃を受け、閉店を考えたこともあった。それが猫たちに会いに次々とお客が来るようになった。猫たちはジオラマを「破壊」することもある。でも、寺岡さんは明るく話す。
「僕らはジオラマ製作に長年携わってきたプロですから。直すのは苦にならないです」
猫と鉄道──。日本全国、猫がいるところに鉄道があり、鉄道があるところに猫がいる。
「猫と鉄道」と言えば、和歌山を走るローカル線、和歌山電鐵貴志川線の終点・貴志(きし)駅(紀の川市)の三毛猫駅長「たま」だ。
もともと、たまは貴志駅に隣接する商店の飼い猫で、駅売店横の猫小屋で飼われていた。しかし猫小屋が公道に置かれていたため立ち退きを迫られ、困った飼い主が同電鐵の小嶋光信社長(76)に駅舎で飼ってほしいと直談判。こうして07年、駅にすまわせるため「貴志駅長」に抜擢。すると、そのかわいらしさから国内外からファンが駅に。たまは「招き猫」になり、利用客の減少から廃線危機にあった貴志川線を救った。
■ローカル線の救世主
たまは15年に永眠。後を継いだのが、同じ三毛猫の「ニタマ」だ。岡山県の国道で車に轢かれそうになっていたところを、通りかかった女性に保護された。その後、和歌山電鐵の親会社である岡山電気軌道(岡山市)に引き取られ同電鐵に来て、たまが亡くなると駅長に就任した。「たまに似た二番目のたま」ということから名づけられた。
ふさふさした毛並みに凛々しい顔立ち。ニタマの魅力は?
「美猫です。気品たっぷりです」
と、同電鐵広報担当の山木慶子さん。
今や、たまに負けない存在感を示すニタマ。米タイム誌の「最も影響力のある100匹」(16年)に選ばれ、今年1月には同電鐵の「執行役員」にも昇格した。普段は駅長室にたたずみ、観光客をお出迎えする。
貴志川線には、日本を代表する工業デザイナー水戸岡鋭治氏が手掛けた初代たま駅長をモチーフにしたラッピング車両「たま電車」も走っていて、こちらも人気だ。
それにしても、なぜ猫と鉄道はこんなにも相性がいいのか。
『ねこ鉄 ~猫と鉄道の出会いの風景~』(講談社)の写真集がある、カメラマンの花井健朗(たけお)さんに聞いた。
「野良猫にしてもそうですが、猫は人が住んでいるところにいます。鉄道も同じで人が生活しているところを走っています。つまり、猫も鉄道も同じ空間にいて、一つの景色のようになっているからではないでしょうか。犬も人の生活圏内にいますが、猫の持つ柔らかさが、人をほっとさせるのだと思います」
旅情と郷愁を感じる鉄道と、見ているだけで目を細めたくなる猫──。猫のいる鉄道情景は、それだけで、見る人に癒やしを届けるのだろう。
同じく、猫駅長がいることで知られる福島県会津地方を走る会津鉄道の芦ノ牧温泉駅(会津若松市)。同駅を守る会の小林洋介さん(36)も、こう話す。
■テツに溶け込む散歩姿
「猫が気ままにノホホンと散歩したりしている姿が、鉄道の風景となじむのだと思います」
ここの猫駅長はアメリカンカールの「らぶ」(雄、7歳)で2代目だ。初代は16年、推定18歳で猫としては大往生で亡くなった。らぶが駅に来たのは、初代が亡くなる2年前の14年。高齢になった初代の補佐役としてやってきて、翌15年12月に駅長を引き継いだ。
当初はわんぱくだったが、今ではすっかり落ち着いているというらぶ。主な仕事は駅ホームのベンチに座り朝9時台の列車を見送るのと、駅構内のパトロール。駅長の帽子をかぶり小さな姿で見送る姿は、実に癒やされる。先の小林さんは言う。
「静かな駅に猫が気ままにいると、都会にはないのどかな雰囲気に癒やされるのではないでしょうか」
芦ノ牧温泉駅は会津地方の静かな山間にあり、旧国鉄時代の昭和2(1927)年に建てられた。小林さんによれば、猫駅長がいるのはこうした小さな古い駅が多いという。
ただこの1年、コロナ禍でどの鉄道も観光客が激減した。ようやく緊急事態宣言が解除となり芦ノ牧温泉駅にもお客が戻ってきた。らぶも喜んでいるのでは?
聞くと、小林さんはこう言った。
「本人ならぬ本猫の口から聞けないのでわからないですが、うれしいニャンと言っていると思います」
(編集部・野村昌二)
※AERA 2021年4月19日号
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