「巻き戻して」「チャンネル回して」「レンジでチンして」……。昭和の時代から使われてきた日本語が、生活様式や社会構造の変化で消えつつあるという。AERA2020年11月23日号では、令和に消えゆく言葉と社会の移り変わりに着目した。
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ダイヤル回して手を止めた I’m just a woman Fall in love……♪
東京都の会社員女性(33)は、小林明子の「恋におちて-Fall in love-」が十八番。カラオケで歌うといつも、上司たちからやんやの喝采を受けてきた。だが、昨年、職場の懇親会でこの曲を歌ったとき、10代の新入社員のつぶやきに愕然としたという。
「『ダイヤルを回す』って電話のことなんだ!」
カラオケの背景映像では女性が受話器を手に取り、電話機のダイヤルを回していた。それを見て初めて、電話のことを意味していると知ったのだという。
「恋におちて」が発売されたのは1985年8月。ちょうどこの年、電電公社がNTTへと民営化され、それまでレンタルだった電話機をユーザーが自由に購入できるようになった。これを機にプッシュ式の電話機が普及し始め、回転ダイヤル式電話(いわゆる黒電話)は急速に姿を消していった。
■ガチャッと切らない
記者(33)の実家では、記者が高校に入学した2003年ごろまで黒電話を使っていたが、同級生の家でこのタイプの電話にお目にかかることはなく、家に遊びにきた同級生のほとんどは使い方を知らなかった。冒頭の女性も、ダイヤルを回して電話をかけた記憶はない。
「それでも、電話のことだと当たり前に理解していたし、疑問を感じたこともなかった。この表現が通じないのかと、常識を覆されたような衝撃でした」
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ちなみに、黒電話は記号としても使われる機会が減っている。AERA本誌の裏表紙に記載されている編集部や販売部の電話番号には黒電話マークが付けられているが、実はこのマークを使う雑誌は少数派だ。多くは「TEL」や「電話」と記載したり、数字をそのまま並べたりしている。日本産業規格(JIS)でも、電話を表す案内用図記号(ピクトグラム)は受話器のマークを採用している。
実物を使う機会はもはやほぼなく、記号すらあまり目にしない。「(電話の)ダイヤルを回す」という表現は、近い将来完全に消えてしまうかもしれない。
電話関連では「ガチャッと切る」も子どもたちには通じにくい。固定電話自体がなじみの薄いものになりつつあるからだ。アエラネットなどを通しアンケートを行うと、言葉ではないが「『グー』の状態から親指と小指を伸ばして『受話器』をつくり、耳に当てるジェスチャー」が通じなかったという声もあった。子どもたちは手のひらを耳に当てる、スマホのイメージに近いジェスチャーをするという。
このように、時代の変化で使わなくなったり、変わっていく言葉や表現は多くある。東洋大学の三宅和子教授(社会言語学)によると、言葉が消える要因には大きく分けて、「事象の消滅」「流行の終わり(流行語)」「社会構造の変化」の三つがあるという。「ダイヤルを回す」は「事象の消滅」に当たる。
「道具を使わなくなったり環境が変わったりすると、そのもの自体を表す言葉を使わなくなり、付随する表現もだんだんと消えていきます。これは昔から起こっていたことですが、ファストフード、ファストファッション全盛の消費社会のなかで、言葉の消費スピードも速くなってきた。消えゆく言葉は昔以上に多くあると感じます」
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■「巻戻し」は「早戻し」に
ツイッターでは少し前、「子どもに『巻き戻して』と言ったら通じなかった」という投稿が話題になった。ビデオやカセットに使われた「巻戻し/巻戻す」という表現、媒体がテープからDVDへと移り変わっても当たり前に使っていた人は多いはず。だが、今の子どもたちにはなじみがない。各社が発売するDVDレコーダーやリモコンでは「巻戻し」という語は既に使われていない。家電量販店で確認できた範囲ではすべて、「早戻し」か記号のみの表示だった。家電大手のシャープによると、00年以前の正確な記録はないものの、00年2月以降に発売された同社製品では「早戻し」に統一しており、「巻戻し」は一切使っていないという。
また、記者は昔、「(テレビの)チャンネルを回す」という表現が不思議だった。電子レンジも、温め終了の合図は今や多くが電子音。「レンジでチン」もいずれ使わなくなるだろうか。
このように、事象の消滅による言葉の変化は生活に密着する分野でよく起こる。
小林製薬の調査では、小学新1年生の約4割が和式トイレをほぼ使ったことがないという。近い将来、「和式」という言葉や「トイレにしゃがむ」という言い回しも消えるかもしれない。(編集部・川口穣)
※AERA 2020年11月23日号より抜粋
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