「デブはタイプじゃない」。そう言われて28歳でダイエットをするもリバウンド。31歳、減量に成功。現在34歳。成功の秘訣は「原理原則を実行しやすい環境づくり」にあるという。朝日新聞社・朽木誠一郎氏が綴る。
ダイエットに最適な寿司ネタ
* * *
緊急事態宣言が明けて1カ月ほど経ったある日。Zoomではないひさしぶりの“リアル”会議のために出社し、ミーティングルームのドアを開けると、「オオーッ」という声が上がった。「また細くなった」「顔が小さい」「モテそう」──同僚たちから口々に上がる驚きの声に「最近、年下の彼女ができまして」とおどけて返す。
かつて体重115キロから75キロまで、合計40キロの減量に成功した私は、ステイホーム中もダイエットを継続。体重70.5キロ、体脂肪率11.0%と、さらに体を絞った。と言っても、特別なことをしたわけではない。ダイエットの原理原則を知り、それをハック(攻略)することで、理想の体形は誰もが手に入れることができるのだ。
そもそも私はなぜ体重115キロまで太ってしまったのか。巷にはびこるダイエット本に書かれているように「意志が弱いから」なら、同じ人物がコロナ禍というダイエットがしづらい時期に結果を残したことと整合性が取れない。ここではっきり言っておくと、ダイエットに「意志の力」が及ぼす影響はそう大きくない。ある研究では、ダイエットの運動習慣において、意志の力が及ぶのはおよそ3割ほどだったという。7割は別の要因、つまり、肥満は意志だけの問題ではないのだ。
肥満に「社会経済的な要因」が深く関わっていることは、医学の世界ではすでに常識になっている。ストレスや相対的貧困、長時間労働といった「環境」が、人を太らせるように働くのだ。
私の場合、新卒で入社した企業で激務を経験。仕事が終わるのはいつもテッペンを超えてからで、夕食はその時間帯でも開いている安いラーメン屋でラーメンをおかずに白米を食べ、会社に戻ってソファで就寝していた。当然、休日もほとんどなく、あっても家で寝ているだけ。初任給は同世代よりも低く、常に将来への不安がある状態。振り返ると、私が太ったのは、この環境によるところが大きい。
かく言う私はメディア業界に飛び込む前、実は医学生だった。医学部を卒業したが、医師にならずに新聞記者をしているという変わった経歴の持ち主だ。つまり、肥満になるメカニズムとその治療方法について、医学的な知識を持ち合わせていたはず。それにもかかわらず115キロという高度肥満にまでなったのは、肥満者に特有の「思考のクセ」というワナがあったからだ。
時間選好率という行動経済学の概念で説明されるものだが、肥満者には「未来の利益」よりも「目先の利益」を優先する傾向がある。つまり、太っている人にいくら「このままでは病気になる」と言っても、太りやすい生活習慣を止めることができないのだ。たとえ医師になるための教育を受けていても、である。
また、肥満は「満腹中枢」という脳の視床下部にあり、食欲を司る部位を変化させる。具体的には、食事の満足感を感じる働きが低下し、食べても「足りない」と感じるようになってしまう。過食は肥満をもたらし、悪循環となる。これらのことが意味するのは、太れば太るだけ太りやすくなる“肥満の沼”の存在である。一度そこに足を取られると、個人の意志だけではなかなか抜け出せないのだ。
繰り返しになるが、正しく行えばダイエットは絶対に結果が出る。結果が出ないのは、その方法が正しくないか、ダイエットをしているつもりでしていないかのどちらかだ。私は太った後、報道機関で医療記者になった。ダイエットをテーマに信頼できる専門家たちを取材するうちに、正しい方法と、それをどう行うべきかという知識を身につけた。このことが、私を肥満の沼から救い出してくれたのだ。そして2017年5月から10月の150日間で約30キロの減量に成功した。そこで大切なのは、「やせよう」という意志ではなく、やせやすい環境づくりだった。
まず、ダイエットの原理原則を紹介しておこう。それはすなわち「消費エネルギー>摂取エネルギー」である。よく言われることであるが、食事の量を減らし、運動の量を増やせば、太っている人は必ずやせる。しかし、落とし穴もある。例えば長期間の断食や「〇〇だけダイエット」のように偏った食事。摂取エネルギーは減るものの、栄養不足で筋肉と基礎代謝が落ちてしまう。特に筋肉が落ちるとボディーメイクの観点でも都合が悪い。体重は落ちても、手足はガリガリでおなかだけポッコリ、なんてことが起きる。そうならないためには必要な栄養素をしっかり摂取することが必要だ。ダイエットにおける食事は、日本肥満学会の『肥満症診療ガイドライン2016』において、目安となるエネルギー量や糖質・たんぱく質・脂質の割合が定められている。正しい知識を持ってダイエットの原理原則を運用しないと、効果がないばかりか、かえって体形を崩す。
では原理原則を運用するには、どうすればいいのか。複数の専門家への取材から、まずは食事の改善がもっともインパクトが大きいといえる。というのも、運動は一般的な社会人であれば、できても週に1~2回。しかし、食事をする機会は1日3食と考えれば20回以上。間食をしている人なら30回に近くなる。食事を変えるのがダイエットの近道だとされるゆえんである。
ただし、栄養素のバランスを、各自の肥満状況に合わせて考えるのはそう簡単ではない。そんなとき活用したいのが「ダイエットアプリ」。「カロママ」や「あすけん」などのアプリは、目標の体重に対してどのような食事が望ましいかを自動的に計算する。実際の食事内容をアップロードすれば、「脂質が多すぎます」「食物繊維が少なすぎます」などとアドバイスをしてくれる。
有酸素運動を併用するのもおすすめだ。ウォーキングやサイクリング、水泳などの有酸素運動はエネルギー消費量が大きい。運動は合計の時間で減量の効果が左右されるため、1回あたりの時間が短くてもよい。つまり、週に2回60分のジョギングをするより、週に5回30分のジョギングをする方がやせると考えられる。たまに長い時間のジョギングをして、満足している人はいないだろうか。これもまた、正しい知識を持っていないがゆえに起きる、失敗なのだ。
もう一つおすすめしたいのが、アクティビティートラッカーだ。肥満者には思考のクセがあることを紹介したが、それは自身に対しての認知が歪んでいるということでもある。例えば、食べているのに食べていないと思い、動いていないのに動いていると思う。食事に関してはダイエット管理アプリで客観的に数値化、体を動かす活動量についてはアクティビティートラッカーのようなデバイスを導入するのがいいだろう。1万円程度のものでも、運動によるエネルギー消費量だけでなく、基礎代謝なども計算して表示されるため、認知の歪みを防いでくれる。(朝日新聞社・朽木誠一郎)
※AERA 2020年7月20日号より抜粋
外部リンク