いくら耳をそばだてても「いい話」は聞こえてこない。新型コロナの影響は、気がつけば収入にも暗い影を落とす。年収は下がるのか、上がるのか。それがいつからなのか──。現在地を知ることが「これから」のヒントになる。「人気企業の年収」を特集したAERA 2020年12月21日号から。
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ようやくオンラインでのミーティングや商談にも慣れた矢先、画面越しに少し疲れた表情で映る社長からの一言に、背筋がゾッとした。
「賞与はカットです」
緊急事態宣言下に在宅勤務の態勢が整い始めたゴールデンウィーク直前、ビデオ会議アプリ「Zoom」で開かれた全社朝礼で、そう言われたのだ。
ここでの賞与とは夏のボーナスのこと。当然、社内チャットは大荒れ。都内の大手コンサルティング会社に勤める男性(28)は、苦笑いしてこう話す。
「いきなり『下げまーす』という感じで言われて、マジかと思いましたよ。でも、支給されるだけありがたいと自分に言い聞かせました。会社員も不況になると脆(もろ)いなって」
予告通り、夏のボーナスは2カ月分から1.5カ月分へとカット。12月に支給された冬の賞与も前年と比べてカットされた。職場はいまも重苦しい空気が漂っている。
「中途入社で入った先輩は一斉に退職しました。上層部への不満は募る一方です。売り上げが昨対比で半減した部署の雰囲気は、まるでお通夜みたいになっています」(男性)
一向に収まる気配を見せない新型コロナの影響で、航空や旅行、レジャー、人材派遣、飲食業界などの動きが大きな打撃を受けたのは、もはや言うまでもない。連日のように業績悪化のニュースが流れ、給与面での懸念や心配は決して他人事ではなくなった。
■リーマンに次ぐ「低迷」
上場企業を中心として500社以上を対象にした日本経済新聞の調査によれば、今冬のボーナス(1人当たりの支給額)は前年比8.55%減の約76万2千円。リーマン・ショック後の2009年に次ぐ大幅な減少率と報じた。東京五輪に向けて盛り上がるはずだった日本経済は、コロナ禍に見舞われて以降、確実に停滞し、拠り所であった給与や賞与にも影響し始めている。
では、新型コロナの以前と以後で、収入はどう変わるのか。
アエラは、約3700社ある上場企業のなかから、大学生に就職先として人気の企業93社の年収を調査した。
20年に各社が提出した有価証券報告書から「平均給与」を抽出し、同じく20年の報告書から「従業員数」「平均年齢」「平均勤続年数」もまとめた。また参考として、平均給与は16年と18年に報告された金額も記した。人気企業のうち従業員数が100人以下は除外。ホールディングスなどの持ち株会社体制の会社では、管理部門の従業員のみが所属するケースが多く、事業会社の従業員を含む会社に比べ平均給与が高くなる傾向があるため、比較の際は注意が必要だ。
■右肩上がりの建設業界
また、今回の調査では、各企業が採用した学生数の多い上位3大学も記載した。金融や商社を早稲田大や慶應義塾大、東京大の学生が占めたり、鉄道には地元周辺の大学が名を連ねるなど、採用面での傾向が見て取れる。給与や就職者数はビフォー・コロナの数値ではあるが、企業の特徴はつかめる。
たとえば、日本大や近畿大の学生が多い建設業界。東京五輪の開催準備や訪日観光客の急増でホテルの建設ラッシュが続き、大林組や鹿島など建設・住宅の平均給与は近年右肩上がりだ。20年3月期の大林組の売上高は2兆730億円と過去最高を更新し、鹿島も02年3月期以来18年ぶりに2兆円を達成するなど、景気がいい。
会社のエネルギーは、給与にも反映される。
「建設・住宅」の項目にある8社のうち、大林組、鹿島、清水建設、大成建設、竹中工務店の5社が平均給与1千万円以上だ。16年にはいわゆる「1本超え」の企業はなかったことからも、近年、建設業界がいかに血気盛んであったかが伝わってくる。
東京商工リサーチ情報本部の増田和史さんは、業界の移り変わりをこう分析する。
「東京五輪の再開発需要で建設業は著しく伸びてきました。数年前は金融や不動産が業種別給与の上位でしたが、今や建設が4年連続トップ。確実に潤っています」
五輪以降も、災害案件やリニア開発などで建設需要はゆるやかに続くと思われた。だが、それもコロナによって動きが読めなくなったという。
「働き方が大きく変わり、テナントやオフィス需要がなくなったという論調もありました。ですが、郊外のマンションや住宅は好調です。コロナがいつまで長引くかによって、状況も変わりますが、建設業界はピークアウトしつつも急激に落ち込むことはないとみています」(増田さん)
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■底堅い業界にも波及
川上から川下へ。特定業界が落ち込めば、そこにひも付いた業界にもダメージは波及する。
世界規模の市場を持ち、「底堅い」とされている鉄鋼・ガラス業界にも、不安の影はつきまとう。増田さんはこう続ける。
「コロナ禍に加えて、世界的には車離れが進み、メーカーは減産傾向です。トヨタは新車販売でも好調ですが、日産はゴーン時代の車種を絞った戦略の反動の他、“お家騒動”が消費者心理にも影響しています。鉄鋼・ガラスのように、部品や素材関連は完成車メーカーの動向に左右されやすい」
「右に倣え」をしがちな日本企業においては、同業他社の動向にも注視したい。人事コンサルタントで『稼げる人稼げない人の習慣』(日本経済新聞出版)などの著書がある松本利明さん(50)は注意する。
「かつて、コカ・コーラが缶コーヒーを値上げした際に周りも動いたように、大手に追随する流れがあります。20年の給与は昨年時点で組み立てられていることが多いので、給与に影響が出るとすれば来年から。大手がベースダウンを始めたら、一気に下がり始めます」
一方で、業界内でも明暗が分かれている。輸入制限がかかったことで、専門商社の業績は悪化。一方、総合商社では幅広い事業がリスクヘッジとなった。企業価値検索サービス「Ullet(ユーレット)」を主宰するメディネットグローバル社の西野嘉之CEO(工学博士)は、こう見る。
「商品をただ横に流すのではなく、目利き力のある企業は生き残ります。たとえば、アメリカの投資家のウォーレン・バフェットが出資した伊藤忠、丸紅、三菱など5大商社には、伸びしろがあり、企業価値も上がると判断されたのかもしれません」
終電の繰り上げが取り沙汰されている鉄道業界では、グループ内でも勝ち組と負け組に分かれた。
JRでは、20年で最も給与が高い東海(736万円)と西日本(662万円)の2社の間で74万円もの差がついた。
西野さんは言う。
「3社の直近の年収を見ても、西日本は下げ、東と東海は維持しています。ただし、売り上げと利益ともに厚みがある東海と異なり、東は売り上げが減少しているので、来期の給与は厳しくなる可能性もあります。同じJRで働いていても、ずいぶん違うことがわかります」
(編集部・福井しほ)
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※AERA 2020年12月21日号より抜粋