「主要教科」という言葉に、耳が慣れすぎた。英数国理社が「主要」と言われて久しいが、その凝り固まった考えが転換期を迎えている。世界的に進められている「STEAM教育」がこれからの日本を大きく変える。AERA 2021年2月1日号は「STEAM教育」を特集。ここではその一部を紹介する。
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体育と算数。
かけ離れているように思えるこの二つの教科を一緒に学ぶことが、近い将来、当たり前になるかもしれない。
その実証研究を進めているのは、国際数学オリンピック金メダリストで、ジャズピアニストとしても活躍する中島さち子さんと、早稲田大学ラグビー部の元主将で三井物産出身の山羽教文さんが立ち上げたSTEAM Sports Laboratory。「タグラグビー」と呼ばれる、タックルの代わりに腰につけた短冊状のタグを取り合う球技に、算数やプログラミングを掛け合わせて学ぶ手法を開発する。
■思考の「言語化」が重要
流れは、こんな感じだ。
まず体育館で1対1や2対2で抜き合いを体験。次の時間は教室で、体育館での動きを碁盤上で再現。前後左右どう動けば相手を抜いてトライできるか、数学的に考える。中島さんはその意味をこう話す。
「スポーツが得意な人には瞬時に俯瞰する力、メタ認知力があります。私のように運動が得意でない人は、目の前しか見えていないし、自分がどう動いているのかよくわかっていない。ところが得意な人の思考法を、数学を使ってあとから分析し、言語化することで『なるほど』と理解できるんです」
分析ができたら、再び実技で実践する。次の授業では碁盤ではなくプログラミングを使う。5対5の作戦をコンピューターを使ってシミュレーションするのだ。そして再び試合。ビデオを見ながら理論と実践のズレを分析する。
東京都や静岡県の小学校での実証実験では、攻撃継続数やトライ数が増加。子どもたちからは「算数・プログラミングを他の分野でも使いたい」という反応が多かった。
この体育と算数のように、異なる分野を複合的に学ぶ「STEAM(スティーム)」という教育概念が、いま、世界で注目されている。
ベースは2013年、時のオバマ米大統領が「国家戦略」としたScience(科学)、Technology(技術)、Engineering(工学)Mathematics(数学)の頭文字からなるSTEM教育だ。その後、複雑化、不安定化する社会の中で課題を解決していくには、テクノロジーを使いこなすだけでなく、創造性や教養も必要だという視点からArt(芸術やリベラルアーツ)が加わり、STEAMとなった。スポーツのSをつけSTEAMSと称されることもある。その広がりは、米国から中国、シンガポール、欧州に及び、日本でも急速に浸透している。
■「知る」と「創る」の循環
明治以来、日本の教育は、「教科を軸に、先生が一斉に教える」形式が主流だった。STEAMはその変革を迫るものだ。
中島さんが研究員として参加する経済産業省の「未来の教室」はSTEAMの特徴として
(1)一人ひとり違う「ワクワク」が核
(2)「知る」と「創る」を循環させる
(3)文理融合の横断的な学び
の三つを挙げる。子どもは受動的に「教えてもらう」のではなく、能動的に「自ら学ぶ」存在だという認識だ。
「プロのスポーツ選手もアーティストも研究者も究極的には、すごく“好き”で“面白い”と思うからやっているのです。単に得意だからとか良い点を取りたいという動機ではいずれ行き詰まってしまう。本来、学びとはもっと主体的で生き生きしたもの。だから『ワクワク』がとても大事なんです」(中島さん)
タグラグビー×算数では、試合→分析→試合→分析の流れが(2)の「知る」と「創る」の循環になる。「創る」は失敗を恐れず、まず手や体を実際に動かすことだ。
「日本では、応用は基礎を固めてからとか、エンジニアリングはプログラミングや設計の基礎を学んだ人だけがやるもの、と思われがちですが、海外の捉え方はもっと自由。エンジニアリングはアートに近いんです。そこでは身体性が重要で、五感を使って創ってみて、そこで何かの知識が必要になったら学ぶ。どんどん失敗しながら前進する学びこそが、変化の激しい時代に求められているのです」(同)
(編集部・石臥薫子)
※AERA 2021年2月1日号「STEAM教育特集」より抜粋
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