「週刊少年ジャンプ」連載の人気漫画『鬼滅の刃』の勢いは、とどまるところを知らない。ヒットの要因としてアニメ化によるところが大きい。AERAでは、「メガヒットの条件」を特集。アニメを制作したアニプレックスの高橋祐馬プロデューサーに戦略を聞いた。
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技術の進歩に合わせて、コンテンツの楽しみ方も多様化している。ヒット作をひもとくと、作品の出発点ともいうべき“源流”にとらわれず、各分野に複合的に派生していることがわかる。
たとえば、女性中心に圧倒的な人気を誇る「あんさんぶるスターズ!!」。300万ダウンロード突破の人気アプリはアニメや2.5次元舞台へと立体展開。ファンの心を掴んでいる。アニメコラムニストの小新井涼(こあらいりょう)さんは、メディア展開の変化を感じているという。
「昔は原作ありきでアニメ化、それが売れて映画化の流れが一般的でした。でも、今はスマホや配信の普及に伴い、作品のファーストウィンドーの選択肢も広がっています」
ファンが新たな場所を生み出したケースもある。06年放送のアニメ「涼宮ハルヒの憂鬱」はエンディング曲のダンスが作品の知名度を押し上げた。視聴者らが自ら踊ったハルヒダンス動画をニコニコ動画などにこぞって投稿。「踊ってみた系動画」として爆発的に流行した。
「投稿できるプラットフォームができたのは大きい。最近はTikTokが主流になっているようです」(小新井さん)
今では一つ、二つのメディアミックスは当たり前。隙あらば次なる展開へと歩を進めるコンテンツが増えるなか、一線を画するのがネットフリックスだ。アニメジャーナリストの数土(すど)直志さんは、こう指摘する。
「アニメが映像だけではなく権利を回して稼ぐビジネスなのに対して、ネットフリックスはこれまで『オリジナル作品』のライツもライブ配信もやらないというポリシーが貫徹している。そのスタンスが今後どうなるのか興味深く見ています」
配信先を増やすか、独占権をゆだねるか。メディアの選び方が作品の広がり方をも左右する。
そんな時代に、独特の存在感を放つのは、吾峠呼世晴(ごとうげこよはる)が描く漫画『鬼滅の刃』だ。
人喰い鬼の棲む世界を舞台に、主人公の竈門炭治郎(かまどたんじろう)と鬼との戦いを描いた「週刊少年ジャンプ」の人気連載。コミックスの累計発行部数は4千万部を突破し、オリコン週間コミックランキングでは、なんとトップ10すべてを3週連続で独占した。昨年にはアニメ主題歌を担当するLiSA(32)が紅白歌合戦初出場を果たし、その勢いはもはや「社会現象」とまで評された。前出の小新井さんは言う。
「18年6月のアニメ放送決定時点で250万部だった作品が、約1年半で4千万部超え。そんな伸び方は初めて見ました」
アニメの影響もすこぶる大きいことがわかる。
「原作が面白く、映像も最高のものを制作していただいた。それをたくさんの方に届けたく、配信先を多くしました。テレビに例えると、全チャンネルで放送しているようなイメージです」
そう語るのは、同作品のアニメを制作するアニプレックスの高橋祐馬プロデューサー(39)だ。視聴者との接点を作るために、テレビ21局に加え、ネットフリックスやAmazonプライムなど20の配信先と提携した。
それだけではない。配信ならではの自由度の高さを使い、ストーリーの区切りに、過去の放送分をまとめて見せる「お祭り」も用意。高橋さんが言う。
「口コミが広がり、面白そうだなと感じた方が集まれる場を作りたかったんです。ストーリーに合わせて役を演じるキャスト情報を発表したり、盛り上がりを細かく意識しました。今年公開する劇場版はアニメ以上のお祭りにしたいです」
KADOKAWA Game Linkageの「アニメマーケティング白書2020」の調査によれば、『鬼滅の刃』が満足度48.9%で1位を獲得。17年の調査開始以来、50%に近い数字が出たのは初めてだという。同社の主任データサイエンティストの玉田憲生さん(50)は、こう分析する。
「作品の感想を共有したい欲求が強いコア層の視聴者が多くいます。一方、愛着を示す『ファン度』は3位。今後さらにファンを育成、獲得することでよりマネタイズの幅も広がります」
(編集部・福井しほ、小柳暁子)
※AERA 2020年3月16日号より抜粋
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まるで本人のように見える「ディープフェイク動画」が各方面に被害を広げている。精度の向上により今後、すべての動画の信頼性が揺らぎかねない。AERA 2020年10月26日号で掲載された記事から。
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アダルトビデオ(AV)の女優の顔だけを有名女性芸能人と置き換えた動画を配信したとして摘発されるケースが相次いでいる。この動画作成を可能にした技術は「ディープフェイク」と呼ばれており、ポルノ関連を中心とした悪用が報告され、負の側面での注目が高まっている。
元々は映像制作のコスト削減を主目的として開発が進んだ技術だが、有名政治家が実際にはしていない発言をしたように見せることで政治的な扇動に使われるケースも危惧されるなど、悪用の懸念は高まる一方だ。
■新たな性被害の温床に
「動画は今や、100%の真実を示す証拠にはなり得ない」
台湾の人工知能(AI)スタートアップ企業、Appier(エイピア)のチーフAIサイエンティスト、孫民氏はこう語り、ディープフェイクで作られた動画が今後より一層、実物との区別がつかなくなることを警告する。
警視庁などに摘発されたディープフェイクで有名人と顔を置き換えたポルノ動画は、15年ほど前に摘発が相次いだ、画像加工ソフトを活用して卑猥な静止画の顔を女性芸能人に置き換える「アイコラ(アイドルコラージュ)」の動画版と言い換えることもできる。ただ、当時よりもリアルさは増してきている。AV関連のディープフェイクの悪用をめぐっては、現時点では摘発事例はないが、AVのモザイクを、ディープフェイクでモザイク処理されていないかのように加工した動画も出回っている。今後、AV制作会社がこうした動画の作成者を告訴した上で、新たな摘発事例となる可能性もある。
一方、被害に遭っているのは有名人だけではない。勝手に顔を置き換えられたポルノ動画がネットに配信されるという、新たな性被害の実例が世界的に報告されている。
オランダのサイバーセキュリティー企業、ディープトレースの概算によれば、ネット上にあるディープフェイク動画の総数は2019年9月までの9カ月間にほぼ倍増した。こうした動画の96%が女性をターゲットにしたものだったという。
ディープフェイクは、膨大なデータをAIに読み込ませて学習させる「ディープラーニング(深層学習)」と「フェイク(偽物)」を合わせた造語だ。孫氏によれば、17年に、一般の人でも利用しやすいオープンソースのソフトウェアとして公開されたことで急速に利用され始めたという。
ただ、学術研究の分野では、孫氏は「15年の時点で大きなブレークスルーがあった」と指摘する。米ワシントン大のスティーブン・セイツ教授らのグループが、米著名俳優、トム・ハンクスさんの膨大な数の画像から長時間かけて平均的な表情を合成した3D画像を作成し、この画像を使ってハンクスさんの自由な表情を表現した映像の作成に成功したという。
その後も17年にかけて、様々な専門家グループによって研究が進展したことにより、作成時間の短縮や、より見分けがつかないリアルな映像の作成も可能となった。
■映像制作のコスト削減
ディープフェイクは、俳優をスタジオなどで撮影して映像を作らなくても済むようにすることが当初の主目的だった。性的な悪用事例が目立つが、実際に映像制作を容易にする目的でも活用は進んでいる。
昨年4月、マラリアの生存者で作る団体がマラリア撲滅を訴えるために公開したキャンペーン動画では、ディープフェイクで作成された英国の元サッカー選手、デビッド・ベッカムさんが9カ国語でマラリア撲滅を呼びかけている。
動画は英国のスタートアップ企業、Synthesia(シンセシア)が作成したもので、同社の共同創業者のラスムッセン氏は「セットを用意するなど従来の動画の作成方法に比べて、10倍の動画を10分の1のコストで作成できるようになる」と、ディープフェイクを正しく活用した場合の有用性を強調している。
今後も、ディープフェイクの発展には期待が集まっている。現在は数千枚レベルで様々な表情や向きの画像が元データとして必要だが、1枚の元画像だけで、ディープフェイクの映像を合成できないかの研究が進んでいるという。表情が一つしかないモナリザの絵画を元に様々な表情を浮かべる動画もすでに作成された。
孫氏はさらに研究が進んで実際に1枚の画像で動画を作成できるツールが普及するまで、「早くて1、2年ではないか。一度、テクノロジーを確立できればツール化するのは難しくない」との見方を示している。
研究者や開発者が中立の立場でディープフェイクを便利にすればするほど、悪用の危険性も増してしまうことは否定できない。1枚の元画像だけでなりすましの動画が簡単に作成されるようになってしまえば、ネット上のすべての動画を信用できなくなる日が来る可能性もある。(ライター・平土令)
※AERA 2020年10月26日号より抜粋
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既報のとおり、昭和を代表する作曲家の筒美京平が10月7日に亡くなった。享年80。病気療養中だったそうだが、70歳代になってからも精力的に曲の提供に挑み、生涯現役だった。作曲作品の総売り上げ枚数は、約7500万枚。歴代1位の輝かしい記録を残した。
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筒美京平の代表曲といえば、「ブルー・ライト・ヨコハマ」(いしだあゆみ/1968年)、「また逢う日まで」(尾崎紀世彦/71年)、「魅せられて」(ジュディ・オング/79年)などが挙げられるだろう。筒美はこれらの曲の多くについて、メロディー(旋律)だけではなくアレンジ(編曲)も手がけた。80年代以降、アレンジについては、他の人に譲るようになっていくが、曲の世界をトータルで作り上げていくのが筒美作品の大きな魅力だった。
例えば、「また逢う日まで」は尾崎紀世彦の素晴らしい歌唱力によるサビが特徴的な曲だが、よく聴くとドゥーワップのようなコーラスが多く採り入れられていて、ブラック・ミュージック・テイストがアレンジのテーマになっていることに気づく。「魅せられて」のポイントは、イントロから飛び出す派手なストリングスやハープなどの華やかなオーケストレイションだろう。これが西アジアのオリエンタルなムードを感じさせる旋律との相性が抜群で、当時日本からはまだまだ訪問者が少なかったエーゲ海や地中海周辺の風景を、音で見事に描いてみせている。
作曲家として頭角を現す前、筒美がレコード会社の日本グラモフォン(当時)で洋楽ディレクターだったことは有名だ。青山学院大学時代、軽音楽部でジャズに傾倒していたこともあり、筒美の感覚と耳は海外ポピュラー音楽に慣れてしまっていた。現在は歌謡曲のコンポーザーとして認識されている筒美だが、彼自身は当時としては筋金入りの洋楽リスナーだったのだ。日本の流行歌を作曲するにあたり、それまで親しんできたジャズなどの洋楽や、英米のヒット・ポップスをどう“翻訳”するのか。もしかすると、キャリア序盤から中盤あたりは、それが彼のミッションだったのかもしれない。その意味では、舶来文化を日本に伝播させる紹介者的な側面……いや、海外文化に対する評論家的な側面も持った作曲家だと言える。
もちろん、日本の作曲家の多くが、おそらく今も、そうした意識を持っている。だが、まだ海外からの音楽情報も乏しかった昭和40年代~50年代に、音楽的流行をキャッチし、それを日本人向けにデフォルメさせていく作業は、かなり骨が折れたはずだ。小さい頃にピアノを習っていたとはいえ、専門的な音楽教育を受けず、ある種独学で作曲法を身につけた筒美。しかし、独学だったからこそ、柔軟に洋楽の流行を自分の作曲やアレンジに組み込むことができたのではないだろうか。
筒美の“海外翻訳家・評論家”的な側面が最もビビッドに刻まれたのが、中原理恵が歌った「東京ららばい」だろう。78年3月に発売され、シングル・チャート最高位9位。ショートカットをオールバックにして、大人っぽいファッションの中原理恵が歌った代表曲で、筒美が多くコンビを組んだ松本隆による東京の夜の哀感を描いた歌詞も秀逸だ。
この曲で筒美がアレンジに採り入れたのは大きく分けて3種類。一つは、当時大流行していたディスコ・サウンドである。シンコペーションを伴ったダンサブルなビートに、流麗かつ情熱的なストリングスを掛け合わせた全体の色調は、当時ニューソウルとも呼ばれたブラック・ミュージックに材を取ったものと言える。二つ目は、スペイン・アンダルシア地方の音楽であるフラメンコの要素のギターやカスタネットを加えた。さらに、メキシコの伝統的な音楽であるマリアッチをお手本にしたようなトランペットなどのホーンも挿入。これらがハイブリッドにミックスされているのが「東京ららばい」のアレンジなのである。
もともとブラック・ミュージック好きの筒美がディスコ・サウンドを参照したことはよくわかる。この時代の筒美は他にも多くのディスコ調の曲を書いていて、「シンデレラ・ハネムーン」(岩崎宏美/78年)、「リップスティック」(桜田淳子/78年)、タイトルもそのまま「ディスコ・レディー」(中原理恵/78年)など枚挙にいとまがない。特に同じ松本隆と組んだ「リップスティック」は「東京ららばい」とコインの裏表のような関係の歌詞になっていて興味深い。
フラメンコやマリアッチをそこに掛け合わせるセンスが素晴らしい。急速に発展する東京の夜の孤独を描くにあたり、まず土台をアメリカで当時人気の大衆音楽で華やかなディスコにして、その上にスペインやメキシコの民族音楽の要素を重ねていく。結果、アメリカが移民によって成り立っていることを、それとなく伝えているように感じられる。また、そもそもディスコやブラック・ミュージックがアフリカからの黒人がもたらしたものだという事実も伝わってくる。もちろん、そうした歴史を筒美は先刻承知の上で、近代化する大都会・東京もまた、強者も弱者も含めて様々な境遇・立場の人が渦巻くようになったことを暗に伝えているのではないか。
この曲自体のハイライトは、歌唱力のある中原がサビの最後に「ないものねだりの子守唄」という決め台詞を叫ぶところにあるだろう。その一節は、都会に生きる女性のやるせない孤独を伝え、また一方で強く生きていく決意のようなものも伝えている。華やかなディスコ・ミュージックの流行が象徴するように、ベトナム戦争で疲弊したアメリカが70年代後半以降、再び国家として息を吹き返していく。だが、そんなアメリカにも黒人、ヒスパニック系、アジア系など多様な人種が暮らし、様々な国やエリアの文化が自然とミックスされている……深読みしすぎかもしれないが、筆者はこの1曲からそんなことまで感じてしまう。
もちろん、小学生だった当時、筆者はそこまでわかってはいなかった。「東京湾(ベイ)」「山手通り」「タワー」という都会の風景を切り取った歌詞が、ひたすら刺激的だった記憶しかない。だが、気がつけばこの曲を通じて、海外の多様な音楽文化を吸収していた。筒美京平とは、そういう作曲家・編曲家だったのである。
90年代、洋楽への洒脱なアプローチで人気を博した渋谷系の小沢健二やピチカート・ファイヴといったアーティストと組んだことから、海外音楽の“翻訳”という役割も担った筒美の志が受け継がれていることを実感した。作曲家生活30周年を記念し、レコード会社18社が協力して1997年にリリースした2種類のボックスセット『HISTORY~筒美京平 Ultimate Collection 1967~1997』は今も筆者の宝物だ。改めて心からご冥福をお祈りしたい。(文/岡村詩野)
※AERAオンライン限定記事
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俳優・松下洸平さんがAERAに登場。32歳で朝ドラ出演を掴み、長かった下積み時代について尋ねると、繰り返し語ったのは仲間への思いだった。AERA 2020年10月26日号から。
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朝ドラ「スカーレット」で印象的なシーンがある。松下演じる八郎が、絵付け師の深野を訪ね、戦争中に深野の絵を売り、食べ物に換えたことを詫びる。飢える苦しみ、惨めさ、代金で買った米と卵がどんなにおいしかったか。短い一人語りのシーンから、八郎の半生が見えてくる。そう伝えると「うれしいです」と目を細め、顔をくしゃっとさせた。
「役を豊かにするために、台本に書かれていない人生を想像して、頭の中で履歴書みたいなものを作るのが、僕なりのやり方なんです」
両親の名前、きょうだい構成、幼い頃の思い出に至るまで、事細かに想像を膨らませる。その「履歴書」が脚本や演出の意図とずれないよう、現場でのコミュニケーションも大切にしている。
ドラマ「MIU404」で演じた、逃走犯・加々見も彼によって命を吹き込まれた“一人”。物語のラストで加々見は逮捕される。パトカーに乗り込む前、因縁のある故郷の富士山を少し見つめた後、逃走を手助けした夫妻に一礼する。実はこの「富士山を見つめる」というト書きは、元々台本には書かれていなかった。
「監督と『加々見はこの後罪を償い、新しい一歩を踏み出すに違いないと、どうすれば視聴者に感じてもらえるか』と話し合い、『(加々見は)自分の育った景色を見た時に、またここに戻ってこようと思うのでは』とお話しして。そしたら、あのシーンを撮ってくださったんです。本当に幸せな現場でした」
ドラマ「#リモラブ~普通の恋は邪道~」に出演中で、公開待機作も多い。多忙な日々の息抜きを聞くと、「こういうのがすごい好きなんです」と、机に散らばった雑誌の角をぴしりと整えた。
「たまにわざと部屋を散らかしておいて、『フンッ、帰ったらものすっごい綺麗にしたるからな』と家を出ています(笑)」
(ライター・市岡ひかり)
※AERA 2020年10月26日号
【芦田愛菜、16歳の真っすぐな眼差し 「ありがとう」はぜんぶ言葉にする理由】
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ある時は「誰もが人生の選択肢を増やせる」ようにと願い、ある時は「姉の一個人としての希望がかなう」ことを願う。伝統や前例を超え、言うべきことを口にする佳子さまがまぶしい。AERA 2020年10月26日号から。
【紀子さま、文書に見えた「実力」と「自信」 皇嗣妃2年目の変化】
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ジェンダー平等とは何だろう。説明しようとすると、難しい。
SDGsが定める目標の一つなので、その解説を見る。
「SDGsが目指すのは、男性も女性も社会的に平等であること。男性だから、女性だからと様々な差別を受けることのない社会をつくる努力が必要です」
なるほど。男性と女性のことはこれでわかる。でも、今やLGBTを外して考えることはできないはず。となると……。
そんなモヤモヤを解決してくれる言葉に出会った。秋篠宮家の次女・佳子さま(25)が10月10日に語ったこんな言葉だ。
「誰もが人生の選択肢を増やすことができ、自らの可能性を最大限いかしていけますように、そして、それが当たり前の社会になりますように、と願っております」
日本でのガールスカウト運動100周年を記念する行事「国際ガールズメッセ」のプレイベントに寄せたビデオメッセージだ。佳子さまは、日本のガールスカウトが「ジェンダー平等」の実現を目標にしていることに触れ、そう述べたのだ。
性別にとらわれず、誰もが可能性を広げられる社会。それが当たり前な社会──ジェンダー平等の目指すところが、胸にストンと落ちた。この言葉を報じた記事を読み、励まされる気持ちになった私、59歳。性も年齢も超えて響く言葉を発した佳子さま、とても凛々(りり)しい。
佳子さまは美貌とダンスがつとに有名だが、実は凛々しく強い人だ。そして、それは「天皇家の次男の次女」だからだと思っている。そのことは後述するとして、その前にもう一つ佳子さまのメッセージを紹介する。
■優雅な手話を披露
9月27日、「第7回全国高校生手話パフォーマンス甲子園」の開会式にビデオで寄せたあいさつ。手話を披露しながら、このように述べた。
「今年は新型コロナウイルス感染症の影響で、昨年までのような練習は難しかったことでしょう。そのような中でも、たくさん話し合って知恵を絞り、お互いに助け合いながら練習をされたのではないでしょうか。皆さまのあふれる思いと熱意のこもった舞台は、きっとたくさんの人の心に届くことでしょう」
コロナに関するところは、少し抑えた表情で。その後は明るい表情で。「皆さま」の手話は大きく手を動かすが、目線が指先を追っている。ダンスをするからこその優雅な手話。素人ながら、そんなふうに拝察した。
大学時代から手話を学んだ紀子さま(54)の影響だろう、秋篠宮家は長女の眞子さま(28)も佳子さまも折に触れ、手話でのあいさつを披露している。この「全国高校生手話パフォーマンス甲子園」は2014年に始まり、佳子さまは英国留学中を除いてすべて臨席してきたという。
メッセージは約6分。「国際ガールズメッセ」よりも2分ほど長かった。14年からの積み重ねが自信となっているのだろう。
■「初めて」が似合う
ちなみになのだが、新型コロナウイルスが拡大する中、お言葉をビデオメッセージで寄せた最初の皇族が佳子さまなのだそうだ。それを知ってちょっとうれしかったのは、佳子さまは「初めて」が似合うと勝手に思っているからだ。
例えば学習院初等科2年生で始めたフィギュアスケート。大会にも出場、水色のコスチュームで滑る佳子さまの愛らしい様子がニュースで報じられた。皇室のイメージと違う新鮮さがあった。「文系」「伝統的」と思い込んでいたものが覆された。
佳子さまに「初」が似合うのは、「長男」「長女」に比べ自由だからだと思う。例えば眞子さまは、生まれた時から「天皇陛下の初孫」という冠がついていた。それを意識してきたであろうことは、想像に難くない。となれば当然、「伝統」も強く意識したはずだ。その点、「次」の人なら、その度合いが低くてすむのではないだろうか。
天皇陛下(60)と秋篠宮さま(54)の関係もそうだ。昭和の終わり、大学生の秋篠宮さまは口ひげをはやしていた。1987年3月、そのことを朝日新聞が写真と共に報じた。見出しは「礼宮さまの“挑戦”」。兄の浩宮さま(当時)には決してできない挑戦であり、だからこそ記事にもなったのだろう。(コラムニスト・矢部万紀子)
※AERA 2020年10月26日号より抜粋
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強い毒性と繁殖力を持つ外来生物「ヒアリ」の発見が各地の港湾で相次いでいる。羽のある女王アリも多数見つかり、国内への定着が強く懸念される。AERA 2020年10月19日号に掲載された記事で、攻防戦の現状に迫る。
【看板には「抱いて抱いて抱きまくれ!」 夜の水族館での「性いっぱい展」がパワーアップして帰ってきた】
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9月17日、名古屋港で700匹。25日、同港で千匹。29日、横浜港本牧埠頭で数百匹。10月1日、東京港青海埠頭で500匹──。
今年も、日本各地で強毒性の外来アリ「ヒアリ」の発見が相次いでいる。2017年に初めて見つかって以降、1日までに16都道府県で60事例が確認された。初確認時は「殺人アリの襲来」と大騒ぎになったが、ここ最近はニュースの扱いも小さい。しかし、実はいま、ヒアリの定着を防げるかギリギリの攻防が続いている。
ヒアリは南米原産で、米国や中国、台湾、オーストラリアなどに定着している。刺されると、その名の通りやけどのような痛みが起こることが特徴だ。昆虫学者で国立環境研究所の五箇公一さんは、海外でヒアリに刺された経験をこう語る。
「数えきれないほどの大群が一斉に腕にまとわりついてきて、振り払う間もなく一気に刺された。火の粉をかぶったような、焼けるような激しい痛みでした」
■インフラも壊す厄介者
さらに、体質によっては強いアレルギー反応「アナフィラキシーショック」を起こすことがあり、米国などでは死亡例も報告されているという。
「人を刺す以外にも、農作物を食い荒らし、家畜に被害を与え、配電盤や電気ケーブルに巣をつくってインフラを破壊することさえある。爆発的に増加するので生態系にも壊滅的な打撃を与えます。外来昆虫のなかではナンバーワンの危険度です」(五箇さん)
ヒアリはコンテナに紛れて運ばれてくる。今のところ国内で見つかるのは港湾エリア内だけで、数世代にわたって繁殖した痕跡もないことから「定着にはいたっていない」とみられている。一方で昨秋以降、関係者は「明らかにフェーズが変わった」として、警戒を強める。
象徴的なのが、去年9~10月の東京港青海埠頭と、今年9月の名古屋港での事例だ。環境省の担当者はこう説明する。
「それまでは発見されても1~2個体だった羽のある女王アリが、数十匹単位で見つかりました。産卵可能な女王アリが飛散した可能性も考えられます」
環境省では、中国や台湾などからの定期コンテナ航路を持つ全国65の港湾で、夏と秋の2回、一斉調査を行っている。見つかった個体は殺処分するが、巣を直接破壊すると女王アリが飛散する危険があるため、毒餌を置いたり、殺虫剤を散布したりして対処する。完全に駆除できたかジャッジすることは難しく、昨秋の青海埠頭の事例では今年8月まで薬剤の散布を続けた。
「観察結果から、営巣箇所は駆除できていると考えています。一方、どの段階で駆除できたのかは正直わからない」(環境省)
■米では年1兆円の被害
女王アリが港湾を出て新天地で繁殖を始めれば、拡散を防ぐのは段違いに難しくなる。環境省では、ヒアリが飛ぶとされる半径2キロを超える範囲でモニタリングを強化して調査を続けている。今のところ市中で巣をつくって繁殖している痕跡はないというが、こんな懸念もある。
「ヒアリはアンダーグラウンドでひっそりと数を増やし、巣を広げていく。そして対処不能な勢力になって目の前に現れます。仮に港湾から出て繁殖していたとしても、今の段階で見つけるのは困難です」(五箇さん)
自治体レベルでヒアリを察知するセクションを設け、環境省などと連携して長期の監視を続けるしかないという。
米国ではヒアリによる被害額と対策費の合計が年間1兆円を超えるとされる。ひとたび定着すると爆発的な増殖力ゆえに駆除は困難。水際での攻防が続く。(編集部・川口穣)
※AERA 2020年10月19日号
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菅首相の学術会議任命拒否問題が大きな波紋を呼んでいる。首相がリストを「見ていない」という発言も飛び出し収束はつきそうにない。AERA 2020年10月26日号で掲載された記事を紹介。
【有働アナに対してムキになって…「菅首相」の“野心”が見えた瞬間 池上彰と佐藤優が語る】
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日本学術会議が推薦した候補者105人のうち、新会員候補6人が任命されなかった問題が政権の足元を揺るがしている。発足直後は70%超あった支持率は、わずか数日で50%台まで急降下。菅義偉首相は、自民党の主要5派閥を後ろ盾に鳴り物入りで総理の座を射止めたが、今日まで単独会見も所信表明演説もせず、戦でいえば初陣すら果たせていない。26日からいよいよ始まる臨時国会を前に、準備段階で墓穴を掘った格好だ。
■「パンケーキ懇」に批判
「私はリストを見ていない」
その発言が飛び出したのは、10月9日、朝日新聞など3社による菅首相へのグループインタビューの終盤だった。内閣記者会加盟の常勤19社に所属する総理番記者と一部のフリーランス記者が参加する公式の総理会見ではない。一部のメディア(朝日新聞、毎日新聞、時事通信)の代表記者がグループとなり、与えられた時間の中で菅首相に質問した。室内では、選ばれなかった記者がそのやりとりに聞き耳を立てる。これまで目にしたことがない奇妙で不可解な儀式だった。
なぜ、このような場が準備されたのか。この6日前、菅首相は東京都内のパンケーキ店で、完全オフレコの記者懇談会を開催した。参加したのは内閣記者会に所属する19社のうち朝日新聞、東京新聞、京都新聞を除く16社。しかし、この非公式の会合が「パンケーキ懇」と揶揄され、有権者から「政権とメディアの癒着だ」「オフレコでない場で説明を」と批判が相次いだ。官邸は、この批判をかわす目的で、朝日新聞など3社にグループインタビューという場を準備し、情報公開に積極的な姿勢を見せるはずだった。
政府関係者の一人は、官房長官という立場で記者と連日、対峙してきた菅首相とその周辺は、ある記者会見の対応の失敗が安倍政権の瓦解のきっかけになったと分析しているという。
その会見とは、今年2月29日。新型コロナウイルスの感染拡大への対応のため、安倍晋三首相(当時)が自ら全国の小中学校などに一斉休校を呼びかけた通常の総理会見だった。
その日、いつものように一方的に会見を終えて降壇する安倍首相に、会場の記者から「まだ質問があります」と声が上がり、これをきっかけに、事実上、官邸が差配していた首相記者会見が、差配不可能になってしまう。その後、コロナ対策を理由に、会見に出席できる記者の数を制限するなど、官邸は徹底して首相と記者との一対多数での会見を拒み続けている。この政府関係者はこう続ける。
「そもそも、内閣総理大臣になる野心はなかったと公言している菅首相は、歴代総理のように時に権力の凄みをむき出しにして記者を論破し、ある時は言葉巧みにけむに巻くという術を持ち合わせていない。あるのは官房長官として、総理への批判をかわし守る側の経験。自らが最終責任者として矢面に立ち、有権者を納得させる言葉を持ち合わせていないと自覚し、周囲にもそう漏らしているんです」
グループインタビューという形式は、菅首相の本音を忖度した官邸の奇策だった。だがその中で飛び出した「私はリストを見ていない」は致命的な失言だったと、ある自民党幹部は言う。
「一国の首相の言葉としてはあまりにも不用意すぎる。首相が見ていないのであれば、誰がそれをリストから削除したのか。その理由を必ず文書で上げるので、その文書を出せと野党は追及するに決まっている。26日から始まる予算委員会を前に格好の攻撃のネタを与えてしまった」
火に油を注いだのは、菅首相を守る防波堤の立場にある加藤勝信官房長官だった。
定例記者会見で「決裁文書に(105人の)名簿を参考資料で添付していた。その資料を詳しくは見ていないということを指しているのだろう」と、安倍政権時代から質問の回答に窮した時の常套手段でもある「ご飯論法」を使ってごまかしたのだ。この対応には、自民党内からも苦言が相次ぐ。稲田朋美・元防衛大臣は「こういう判断基準で任命しなかったという説明は必要だ」と記者会見で発言した。(編集部・中原一歩)
※AERA 2020年10月26日号より抜粋
外部リンク
現代日本に生きるトランスジェンダーに光をあてたドキュメンタリー映画「I Am Here ─私たちはともに生きている─」が公開中だ。自身も当事者である浅沼智也さんが監督した。AERA 2020年10月26日号から。
【学校、仕事、結婚相手も「毒親」が望む選択 「何一つ、自分で選んでいない」男性の末路】
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「どんだけ戸籍を男にしても、自分は元女だって言い続けて処置を受けるだろうなと思ったから、戸籍を変えるのをやめました」と話す人もいれば、「(性別適合手術を受けて)やっと女性の体に戻れたということが、本当にうれしかった」と語る人がいる。映画「I Am Here ─私たちはともに生きている─」に登場する人たちの言葉だ。この映画は、20代から70代まで、17人の性同一性障害(GID)やトランスジェンダーの人たちが、それぞれの過去や悩み、希望を語ることで、当事者たちの抱える問題を浮き彫りにしようと試みたドキュメンタリー作品だ。
■ハードル高い戸籍変更
この映画を監督し、出演もしているのが、トランスジェンダーの浅沼智也さん(31)。女性として生まれたが、23歳で性別適合手術を受け、戸籍を男性に変えた。
「昔に比べると、今の日本は僕たちが少しだけ生きやすい社会になったと思います。しかし、全ての当事者が胸を張って幸せに生きられる状態とは言い難い。差別や偏見は続いているし、いないものとされることもあるからです。映像を通して、日本のトランスジェンダーの状況を、世界を含むあらゆる人に知ってもらいたいと思ったのが、映画を作るきっかけの一つです」
浅沼さんは、年代もバラバラで、職業も会社員から、水商売、研究者と、さまざまな境遇で生きる当事者をインタビューしていくことに決めた。実は映画を作ったことも勉強したこともない。友人の力を借りて、昨年7月から撮影、8カ月で完成させた。
映画では、2004年に施行された戸籍上の性別を変更できるGIDの特例法にも触れる。20歳以上であること、未成年の子どもがいないこと、性別適合手術を受けていることなど、五つの要件を満たした人が戸籍性を変えることができる。待望の特例法だったが、変更するためのハードルは高い。
「戸籍を変えて幸せになった人もたくさんいます。でも、戸籍変更のための法律は心身ともに負担が大きいと思っています。性別適合手術の場合、体への負担が大きく、アフターケアも大変。僕自身、生殖器を取ったことで、子孫を残せないし、更年期障害の症状もある。戸籍変更後も、ホルモン療法を継続するために資金が必要です。若い人が戸籍変更する事も多いですが、変更後の人生の方が長いんですよね」
浅沼さんは手術をしたことに後悔の気持ちがあるからこそ、次世代の当事者たちには、同じ思いをさせたくないと願う。映画の出演者からも、「自分と同じような境遇にある人を助けたい」という思いを感じたという。
■一緒に協力してほしい
トランスジェンダーは日常的に傷つけられることが多い。たとえば、書類の性別欄。見た目と戸籍の性別が一致しない場合、どちらに〇をしても、トランスであることを強制的に告白しなくてはならないことがある。見た目で差別や偏見を受けることもあるし、ネット上ではトランスヘイトが広がっている。差別や偏見を受け、孤独感が増し、自ら死を選ぶ人も少なくない。
「この映画を通して、当事者の人には、他にもがんばっている人がいるから、自分らしく胸を張って生きてほしいとエールを送りたい。同時に、当事者でない人にも、僕たちが何に困っているのか、日本の法制度を含めどんな問題があるのかを知ってほしい。そして、一緒に変えていくために協力をしてほしいんです」
(編集部・大川恵実)
※AERA 2020年10月26日号
外部リンク
先が見えない新型コロナの影響で、働き方を見直す機会が増えた。それは副業もしかり。テレワークが「時間」と「距離」を取り払い、副業が「地方」と「都市部」を結んだ。AERA 2020年10月19日号から。
【非正規雇用者がコロナ禍で「116万人減」…失業者は一体どこに消えた?】
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朝8時。携帯キャリア会社社員の鈴木健一郎さん(41)は、自宅でパソコンに向かう。2月からテレワークが基本となり、2時間始業を早めた。夕方4時半には仕事を終え、小3の娘の習い事の送迎や買い物へ。以前は帰宅する時間には寝ていた娘と一緒に過ごす時間が増え、娘も嬉しそうだ。
家族での団らんを楽しんだあと、9時から11時までが副業タイム。本業のウェブマーケティングのスキルを生かし、複数の地方企業のサイト改善などを手伝う。副業は1日1、2時間、月10日程度だ。
「収入も、家族との時間も増えた。この生活が気に入っています」(鈴木さん)
■閉じた世界での仕事
都市で働くビジネスパーソンが地方企業で副業する──。コロナ禍を機に、そんな働き方が注目されている。
地方企業に特化した副業・兼業人材紹介を手がけるJOINS(ジョインズ)では9月末時点で、登録する個人が1月の約3倍の3527人、受け入れを希望する地方企業が約6倍の243社に急増した。同社の猪尾愛隆(よしたか)社長は「とりわけ地方企業側の意識変化が大きい」と話す。
「これまでは、テレワークで働くと言われてもピンとこない企業が大半でした。ところがコロナ禍で(ビデオ会議ツールの)Zoomなどへの抵抗感が一気に薄れ、離れていても仕事は可能だというのが肌感覚で理解されるようになりました」
ジョインズ経由のマッチングには大きく二つのパターンがある。
(1)大手IT系企業で働く30~40代前半の人材が地方の製造・サービス業のネット通販関連の業務を支援するパターン。
(2)大手製造業の40~50代の人材が、地方の製造業のITツール導入などを手伝うパターン。
鈴木さんが副業に興味を持ったのは「本業でやりとりするのは都内の会社ばかり。このまま閉じた世界で仕事を続けていていいのか」と感じたのがきっかけだ。移住にも心は引かれたが、妻の仕事や娘の転校を考えるとハードルが高い。その点、副業は気軽にチャレンジできた。
■自分のスキルに「自信」
鈴木さんの副業先の一つ、長野県の不動産会社レントライフは従業員約70人の中小企業だ。同社では昨年10月頃から自社サイトが検索エンジンで上位に表示されないという問題が生じた。集客を大きく左右するだけに改善は必須だったがそれには「SEO対策」と呼ばれる特殊なスキルが必要だ。同社の経営戦略本部の矢崎大城(やさきたいき)部長は、専門の人材を探そうと地元のハローワークや求人サイトでも募集したが、反応はなかったという。
「地方でそうした専門人材を探すのは至難の業です。悩んでいたところメインバンクの紹介でジョインズを知りました。鈴木さんは東京の最前線で活躍しているウェブマーケティングのプロ。まさに求めていた人材でした」(矢崎さん)
両者は業務委託契約を締結。時給は5千円とした。地方では破格の金額だが、矢崎さんは、「今月は何時間、こういうことをしてほしいというピンポイントで仕事を頼めるのでメリットが大きい」と満足げだ。もちろん社員で雇うよりはるかに低コストだ。
鈴木さんは広島や山口の企業でも副業を行い、月に10万円前後を稼ぐ。副業を通じて各地と関係を広げ、将来は多拠点生活をするのもありだと考える。
「学校もオンラインで学ぶ環境が整えば、娘も連れていきたいです」(鈴木さん)
次に紹介するのは、前出のパターンの二つ目だ。
9月半ばの週末、ある大手メーカーが360人の社員を対象にオンライン研修を開いた。タイトルは「50を過ぎたらダブルキャリアは当たり前」。登壇したのは50代後半のOBだ。社員だった昨年10月から半年間、終業後や週末の時間を使って地方の精密部品会社で業務効率化支援の副業をした経験を語った。
「自分のスキルはまだ売れる」
副業をきっかけに自信が生まれ、今年5月に早期退職。他社に転職したという。
大企業ではバブル時期の前後に大量採用した人材の層が厚く、50代でも管理職になれない、あるいは部下なし管理職にならざるを得ない社員も少なくない。企業にとっても彼らの処遇やキャリア支援は大きな課題だ。だが前出のジョインズ・猪尾社長は、「大企業で光が当たっていない人材こそ地方の中小企業で輝ける」と話す。
「指示を出すことに慣れた部長やMBA(経営学修士)ホルダーは地方企業には不要です。求められているのは自分の頭と手を動かし地道にPDCA(計画・実行・評価・改善)を回せる人。そこで力を発揮し、副業先に役員として迎えられるケースもあります」(猪尾さん)
都市部の人材と地方企業のマッチングサイトは複数あるが、人材大手のパソナグループが手がけるJOB HUB・LOCAL(ジョブハブ・ローカル)は「地域限定・集団お見合い型」だ。岩手県や広島県など複数の地方自治体と連携。その地域に興味を持つビジネスパーソンを集めて現地に赴き、企業の経営者らと交流する。人材側は意中の企業に、自身が考えた課題解決策を提案。マッチングが成立すれば副業開始という流れだ。
離れた場所で互いを思い合う遠距離恋愛に引っ掛けて岩手県はこの事業を「遠恋複業」と名付けた。そこで出会ったのが、首都圏での販路拡大を狙う老舗餅店「大林製菓」の大林学社長(45)とNTTデータ社員の増田洋紀(ひろのり)さん(41)だ。
本業では官公庁向けに業務システムを販売してきた増田さんが、大林製菓の副業では餅を売り込む。増田さんは、群馬県の限界集落で育ったこともあって、地方の活性化に貢献したいという思いを持っていた。そして2016年、NTTデータ社内で岩手県宮古市の復興プロジェクトに手をあげる。以来、もっと「個」として地域に関わりたいと様々な勉強会に顔を出すようになった。
■人と人とがつながる場
もう一つ、社内の変化も増田さんの背中を押した。
「新規事業の芽を見つけるためには、一人ひとりが自立した個人として既存の顧客以外の人や組織と積極的に交わっていこうと。そういうことが盛んに言われるようになった。自分としては副業がその突破口になると思いました」
本業と副業とで売る商材は違うが、増田さんが得意とするのは人と人がつながる場作りとそこから共感を広げていく手法だ。
そのノウハウを生かして、7月には都内で、餅を使った創作レシピのワークショップを開催した。岩手からリモートで参加した大林さんも「商品を一回売って終わりではなく、関係が続いていくのが理想」と増田さんの手法に期待を寄せる。
パソナJOB HUB事業開発部長の加藤遼さんによると、コロナ禍の中、オンラインで開いた説明会には、例年の3倍近い申し込みがあった。これまで東京での説明会に集まるのは近郊のビジネスパーソンが大半だったが、オンライン説明会には全国、さらに海外からも参加があった。
「大企業側も副業に対して、コロナ以前は『容認』だったのが、最近は『社員の自律的なキャリア開発の支援』という観点で『推進』へと考え方が変わってきた」と加藤さん。大企業、地方企業、働く個人。それぞれの意識変化が、地方副業の追い風となっている。
(編集部・石臥薫子)
※AERA 2020年10月19日号
外部リンク
ひきこもりを体験したからこそ伝えられることがある。伝えることは、自分の思いを整理し、自己肯定することにもつながる。経験を前向きに生かす動きが広がる。AERA 2020年10月19日号から。
【学校、仕事、結婚相手も「毒親」が望む選択 「何一つ、自分で選んでいない」男性の末路】
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ぱっと見は何やらおしゃれなカフェに置いてありそうなアート系の冊子に見える。ひきこもり当事者や経験者が発信する雑誌「HIKIPOS(ひきポス)」は2017年12月に創刊した。
編集長を務めるのは石崎森人さん(37)。自身もひきこもりの経験を持つ。
読者は当事者が3割、親が6、7割、支援者が1割。主な編集作業に携わるのは石崎さんを含めたコアメンバー4人。他に30人ほどの書き手がいて、その号のテーマによって書きたい人が書いたり、座談会に出席して意見を交わしたりする。参加者には30代の元当事者が多いという。
当事者の気持ちは当事者にしか表せない。その思いが創刊につながったと石崎さんは話す。
「ひきこもりや生きづらさの問題は、経験していないと言葉にするのは難しいところがあります。健康的な人と悩んでしまう人では、言葉の次元がすでにかなりずれている。だからメディアで報じられるひきこもり像はしっくりこないっていうのが多くの当事者の感覚。当事者自らの言葉で、それが一体どういう経験なのかを書く。当事者が発信することでしか、当事者の気持ちは表すことができないんじゃないかと感じています」
だからこそ編集過程でも一人ひとりの言葉を大事にする。
「一般的に編集作業では赤字を入れて文章を直したり単語を変えたりしますよね。僕らは基本的には本人の言葉自体は変えません。『ここはこっちのほうがいいんじゃないですか?』と問いかけることはありますが、あくまで書き手に判断を委ねる。ほんのわずかな表現の仕方を変えるだけでも伝えたいことが変わってしまうことがあるからです」
■黒歴史が世の役に立つ
そもそも「ひきこもり」という言葉自体が当事者目線ではない、と石崎さんは疑問を感じている。
「ひきこもりという言葉は、親の目線です。家にひきこもりの子がいて困っているという視点。当事者からしてみれば、抱えているのはもっと複雑な、個別性の高い問題なんです」
発信する作業は、書き手たちに好影響を及ぼす。
「自分のままならなさみたいなものを書くことで、自分自身について整理ができます。さらに原稿料も支払われる。自分が書いたものを、お金を出してまで買いたいという人がいるという事実は、すごく自己肯定感につながります。自分の負の歴史、黒歴史だと感じていたものが世の中の役に立つわけですから」
来年2月に発行予定の次号のテーマは「お金」だ。当事者の生きづらさや、実際リアルに感じていることに寄り添いたい、と石崎さんは意気込む。
当事者発信の形として、「引きこもり文学大賞」なる賞も生まれている。精神科医の東徹さん(41)が19年に創設した。普段の診療だけでなく、役所の精神科関連の相談業務などでも、ひきこもり当事者や家族と接する機会があるという東さん。昨今「ひきこもり問題」に関する報道が増える中で、違和感を抱いていたという。
「ひきこもりは悪いこと、なんとか社会に出さなければいけない、という観念が非常に強いように感じました。ひきこもりの人に対する風当たりが大きくなればなるほど、当事者はよりプレッシャーを感じ、ストレスを抱え、自己肯定感を持てなくなり、結局、ひきこもりのまま苦しみ続けます」
【コロナで深刻化する「8050問題」 生活困窮の相談40倍…親も失職「もう支えられません」】
■とりあえず書き始めた
自身も1年間のひきこもり経験を持つからこそ、なんとかそうした価値観を逆転することができないものかと考えを巡らせた。そして思いついたのが引きこもり文学大賞だった。
クラウドファンディングで資金を募り、賞金に。支援した人は、大賞を決める投票に参加できる仕組みにした。第1回は80通以上もの応募があった。
今年、「糸色、ふたりのこころ」と題した作品で入賞を果たしたペンネームまやさん(20代女性)は、うつ病を発症して部屋から動けなくなった経験を持つ。元々は本が好きだったのに、読むことも書くこともつらくなったという。薬を飲み続けて回復しつつあったときに、母親が新聞を見て「引きこもり文学賞があるよ」と教えてくれた。
「誰に迷惑をかけるでもないし、できてもできなくても、やってもやらなくてもいい。やってみてできなくてもいいんだと思うようになり、とりあえず書き始めてみました」(まやさん)
作品のテーマは「心の棲(す)むところ」。心は言葉に棲んでいて、言葉は心を宿している。長年思っていたことを作品に落とし込み、修正と試行錯誤を重ねて3週間ほどかけて書き上げた。受賞したことで、人に読んでもらえる作品が書けたという自信に繋がったという。
「嬉しいことに感想もいくつかいただけたので、ちゃんと読んでもらえて、(読んだ人が)少しでも頭をめぐらせてくれているんだと思うとたまらない気持ちになりました」(同)
「ワガハイハネコデアル」という作品で短編部門の大賞を受賞したペンネームむに子さん(20代女性)は、学生の頃から学校を休みがちだった。大学を中退してアルバイトをしていたが、コロナの影響で、またひきこもり生活に戻っていた期間に、引きこもり文学大賞に出合った。
【「毒母」の過干渉で何もできない人間に 歪められた人生への怒りで自分の腕を噛む30代男性】
■弱さを叩き出す戦い
「(執筆の経験を通じて)人生に起きるすべてのできごとに意味を持たせることができると思いました。ひきこもりという、社会的にはネガティブなことでも、作品の中ではその経験を材料として生かすことができた」
とむに子さん。他にも入賞者たちには変化があった。
「寝る間も惜しんで書き続けるも納得いかず一から書き直すことも。自分自身の諦めと怠惰や弱さを叩き出す戦いでしたが自身の限界突破をすることができ、大きな成長に繋がりました」(ペンネーム西園寺光彩さん)
「雑文はたまに書いていましたが、受賞以降は『自分を受け入れてくれるところがあった』と思って、少しだけ安心しました」(ペンネーム蘭さん)
ひきこもりを否定せず肯定的に捉える考え方を広めること。それが何よりこの問題に対する備えになる、と東さんは感じている。(編集部・高橋有紀)
※AERA 2020年10月19日号