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──安倍首相の辞任発表を受けて内閣支持率が急上昇し、安倍継承をうたう「菅首相」の誕生を歓迎するムードが漂っています。
■急に惜しくなる としまえん現象
池上:安倍首相がやめるとなったとたんに内閣支持率が急上昇したことを私は「としまえん現象」と呼んでいます。それまで誰も見向きもしなかったのに、遊園地がなくなるとなったとたんに、みんなが殺到して最後は大勢の人が列を作るという。日本人というのは、なくなるとわかると急に惜しくなるんです。あるいはこの支持率の上昇は、安倍内閣への餞別だというふうに考えていいんじゃないかなと思っています。
佐藤:安倍内閣の性格をどう見るか。安倍政権の前半と後半で、だいぶ違うんですよね。前半は、日米同盟を基調にした「自由と繁栄の弧」外交に全部還元されていた。それが後半には、習近平を国賓で呼ぼうとしたり、アメリカに対してもイージス・アショアを蹴っ飛ばしたり。前半と後半の安倍外交は同じ尺度では見られない。
池上:ハハハ。
佐藤:安倍政権のシステムは、いわゆる戦前・戦中の「天皇機関説」と同じです。
池上:安倍首相が機関として存在しているのを支えて、実はそれを動かしていたのは菅官房長官ではないかっていう意識があるということですよね。安定であれば、菅さんが引き継げばいいということだと思います。
佐藤:そのとおりだと思います。ですから、ポイントになっているのは国体護持です。
■主体は「システム」 方向は曖昧模糊
池上:ただ、安倍首相は、2020年っていう目標まで掲げて憲法改正を言ってきました。その点、菅さんは「憲法改正は期日ありきではない」って言い方をしたでしょう。そこは明らかに違っています。菅さん自身は別に憲法改正に興味関心がないので、これからは言わなくなると思いますね。憲法改正を言わないほうが公明党との関係も維持できるわけです。そうすると、これまで安倍さんを応援していた右寄りの人たちから、菅さんに対する反発というのが出てきたりしますよね。
佐藤:僕はね、安倍さん、よく頑張ったと思いますよ。これ皮肉じゃなくて。辞めたいと言っても辞めさせてもらえないような状況が続いていましたから。総理大臣になるのは簡単じゃないけど、辞めるのはもっと簡単じゃないんです。主体はシステムですから。システムが辞めることを簡単に許してくれないんですよね。
池上:なるほど。国内に関していうと、例えば最初のアベノミクスの三本の矢っていうのがあったでしょう。黒田東彦・日銀総裁に、大量にお札を刷らせて、それによってとにかく金利を下げ、あるいは円安に持っていくという。とりあえず結果は出ましたが、その後の新しい三本の矢についてはみんな覚えてない。さらには女性活用社会をやろうとしましたが、「いやいや女性活用ってまずいよ、活躍にしようよ」っていって女性活躍社会を提言しました。
佐藤:何か撤退を転進と言い換えるみたいな感じですね。
池上:そうですね。そうしたら今度は、「いやいや、高齢者も働かせなきゃいけない」って、一億総活躍社会。「一億火の玉」ってありましたけど、今どき一億かよって。一億火の玉って言っていたころは、日本の人口は1億人いなかったんですが、一億総活躍社会の時の人口は、1億2700万人です。
佐藤:2700万人見捨てるっていうことに取られかねないですよね。
池上:そうそう。安倍政権は、このように次々に新しいスローガンを打ち出すんですよ。それによって前のスローガンがどうなったかっていうことを、いつの間にか忘れてしまう。国民に忘れさせて、常に何か新しいことに挑戦している、やっている感というのを非常にうまく打ち出していました。最初の三本の矢以降のことは全く検証されないまま、今に来ているんです。
■コロナの不安がより安定を求める
──安倍政権の問題点も検証されないまま、安定を望むというだけで継承が重視されていいのでしょうか。
池上:混乱より安定という意味で、国民も今のところ菅さんを歓迎しているようです。これらの現象を見ていると、こういう国民の意識があったからこそ自民党は長期に続いてきたんだなっていうのが見えてきます。こういうことをやってるから、どんどんゆでガエルになって日本はダメになっていく。じゃあその代わりにオルタナティブな選択肢があるのかっていうことになると、選択肢がないから、仕方なしに消極的にこうなる。コロナによって不安になっているときに変えないほうがいいよっていう、そういう意識によって支えられているんだろうなって思うわけですね。
佐藤:ある種の脅迫ですよね、これは。俺たちが辞めてもいいのか。混乱が残るぞ、それでもいいのならと。
池上:菅政権になった時って、巨人ファンに言わせれば「長嶋茂雄がいない長嶋巨人」なんですよ。長嶋茂雄が監督になったとたん、巨人は最下位に落ちるわけですね。私の好きな例で言えば、山本浩二なき広島カープです。山本浩二が監督になっちゃうと、選手に山本浩二がいないものですから、じり貧になっていくという。
佐藤:私は菅さんがスキャンダルなどのいろんなものを封じ込めていたっていうのが実像なのかって思っているんですね。その点においては、内閣特別顧問の北村滋氏の存在が大きいと思うんです。でも、その動きが菅さんの陰で見えていなかった。北村さんは次の政権でもたぶん残留すると思うんです。国家安全保障局長だけどインテリジェンスも政権の防衛もやる。菅さんがいなくなったことで、それが見えるようになってくる。そうすると政治家や官僚の嫉妬を買いやすくなる。これが結構大変かもしれないですね。
(構成/編集部・三島恵美子)
※AERA 2020年9月21日号より抜粋