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年間100杯食べる強者も! 横浜家系ラーメン総本山「吉村家」の直系店以上に直系の味 店主のこだわり

2020年8月24日 18:00 AERA

 日本に数多くあるラーメン店の中でも、屈指の名店と呼ばれる店がある。そんな名店と、名店店主が愛する一杯を紹介する本連載。横浜市の上大岡エリアで3軒のラーメン店を営む店主が愛するラーメンは、同じ横浜エリアの弘明寺で人気の真っすぐすぎる横浜家系ラーメンだった。

■横浜に彗星のごとく現れた“団塊ジュニア世代の味”

 横浜市にある上大岡駅は京浜急行線のターミナル駅で、横浜の副都心の一つ。商業施設が集まり、多くの人でにぎわう街だ。このエリアで「G麺7」「啜磨専科(すすりませんか)」「川の先の上」と3軒のラーメン店を経営するのが後藤将友(まさとも)さん(48)だ。

 後藤さんは、横浜の名店「浜虎」で修業を重ねた後、妻の地元である上大岡で独立を決意する。2009年にオープンした「G麺7」は、数種の小麦を合わせた自家製麺の旨さを引き立たせた醤油ラーメンが自慢だ。当時ラーメンのイメージがなかった上大岡に彗星のごとく現れ、プロも評価する人気店に成長した。

 ラーメン一本で営業を続けるなかで、常連客から「つけ麺も出してほしい」という声が多く集まる。だが、つけ麺を提供するのは設備的に厳しかった。そこで、駅を挟んで反対側のエリアに見つけた空き物件をつけ麺専門店にすることに。それが11年オープンの2号店「啜磨専科」である。

「ラーメンの『G麺7』、つけ麺の『啜磨専科』をものすごく近くに作り、それぞれの役割を持たせたわけです。だからこの2軒に関しては、2軒で1軒という感覚です」(後藤さん)

 その後、15年には上大岡から車で20分のところにある六ツ川に3号店「ロ麺ズ」をオープン。翌年にはららぽーと湘南平塚内に「G麺7-01」をオープンさせ、順風満帆な店舗展開を行っていった。

 だが、課題も感じていた。「G麺7」には長い行列ができるようになっていたが、待ち時間があると家族連れが足を運びにくい。カウンターのみの「啜磨専科」にも家族では入りづらい。ベッドタウンである上大岡の街と付き合っていくには、家族連れが安心して食べに来られる広い店を作る必要があった。

 こうして19年に「川の先の上」をオープンさせた。2階の物件ではあったが、広い客席とキッチン、製麺機を置けるスペースもあり、ここしかないと決心した。上大岡駅から歩いて「川の先」の2階にある店である。濃厚な赤味噌のスープの中に、餃子を具としてそのまま入れたユニークなラーメンは、後藤さんがかつて北海道で酔っ払ったときに食べた味噌ラーメンをヒントに作ったという。今や5つのラーメン店を経営するまでになった。

「上大岡でドミナント出店を狙ったというよりは、結果的に3店舗になってしまったんです。エリアのニーズに応え続けていたらこうなりました。『G麺7』を育ててくれた街への恩返しですね」(後藤さん)

 後藤さんのお店は全店舗味が違うが、その理由は、自分が今いちばん旨いと思う一杯をメニュー化しているだけだというシンプルなもの。そのときの自分の年齢に合わせた作品を作っている感覚であり、それがその店でしか食べられないラーメンの誕生につながっている。

「自分が旨いと思う味は“団塊ジュニア世代の味”なんですよ。だから多くの人たちに受け入れてもらえているんだと思います。これから年齢を重ねていくのに合わせて、だんだんシンプルなラーメンになっていくかもしれないですけど(笑)」(後藤さん)

 そんな後藤さんの愛する一杯は、同じ横浜エリアの弘明寺で人気を博するラーメン店が作る横浜家系ラーメン。各地に家系ラーメンがたくさんある中でこの店を選んだのはなぜなのか、その理由に迫ってみよう。

■年間100杯食べる強者も!横浜家系の総本山「吉村家」の直系店以上に直系の味

 横浜市南区通町にある「横浜ラーメン 田上家」。横浜市営地下鉄・弘明寺駅から徒歩7分、京浜急行電鉄・弘明寺駅からは徒歩12分と駅からは少し離れた鎌倉街道沿いにある。濃厚な豚骨醤油が特徴の横浜家系ラーメンを提供していて、開店5年ながらこの地域を代表する人気店である。

 店主の田上州(しゅう)さん(45)は1975年に宮崎に生まれた。手に職をつけようと飲食の世界に飛び込み、寿司屋からスタートし、和食、イタリアンなど数々の飲食店で修行をする。経験を積む中で、田上さんが目を付けたのがラーメンだった。数々の料理を覚えなければならない和食やイタリアンに比べ、ラーメンは一つのメニューを極めれば、それでやっていける。そう思って最初に門をたたいたのは、自宅の近くの家系ラーメン店だった。

 今や豚骨醤油ラーメンを代表する存在となった横浜家系ラーメンは、74年に横浜で創業した「吉村家」を総本山とする。その後40年以上にわたってラーメン一本で行列を作り続ける同店の流れをくむ店が神奈川県を中心に広がり、家系は全国的な人気を誇るラーメンの一つになった。田上さんもその虜になった一人だ。

「家系ラーメン店はたくさんありますが、『吉村家』の中毒性の高さは衝撃的でした」(田上さん)

 途中、清湯系など家系ラーメン以外の店でも働いてみたが、その中で自分がやりたいのは家系ラーメンだと心を固め、8年間の修行の後、独立に踏み切る。

 家系ラーメンで独立するなら横浜しかないと、弘明寺の鎌倉街道沿いに出店を決めた。土地勘はなかったが、賃料が安かったこともあり、ここしかないと思い切った。こうして2014年10月「田上家」はオープンした。

 しかし、店は全く流行らなかった。場所が悪すぎたのである。住所は横浜市内ではあるが、駅から遠く、人通りも多くなく、思ったように客は集まらなかった。

「場所が悪い上に、横浜には家系ラーメンの名店がたくさんあります。横浜にこだわったのが仇となったんです。他のエリアでやっていればもっと上手くいっただろうなといまだに思います」(田上さん)

 人気にあやかろうと、様々な企業が家系ラーメンを取り入れていた時代。客入りが悪く腐りそうになったときもあったが、田上さんはとにかくラーメンに情熱のすべてを注ぎ込んだ。一つのメニューを極めるという、ラーメン屋になる決心をした頃の気持ちを忘れなかったのだ。

 家系ラーメンの作り方はシンプルだが、だからこそ細部へのこだわりで他店に差をつけるしかない。そう考えた田上さんは、手を抜かずいい食材を使った。チャーシュー、卵、米などの食材は国産を選び、冷凍は絶対に使わない。どんぶりは一杯ずつ直前にお湯で温め、アツアツを提供する。ラーメンは一杯700円。ライスはあきたこまちの炊き立てを一杯50円で提供している。

「メシ屋をやるからには安い値段でお腹いっぱいにしてあげたいんです。ラーメンに集中し、その代わり他のムダは全て省いています。ラーメンを食べて、帰りに喫茶店でコーヒーを飲んで1000円ぐらいが理想ですね」(田上さん)

 味の向上とともに少しずつ口コミが増え、開店翌年には業界最高権威とも言われる「TRYラーメン大賞」の「TRY新人賞・とんこつ部門」3位を受賞。一気に人気店の仲間入りとなる。今や地域のお客さんはもちろん、常連客も多く、週3で通う人や、年に100杯食べる人もいるという。同じ店にこれほどまでに通うファンがいるのは、中毒性が高い家系ラーメンのなかでも多くはない。

「G麺7」の後藤さんは、田上さんのこだわりに一目置いている。

「横浜家系ラーメンの中では新しいお店ですが、ここは『吉村家』の直系店以上に直系の味ですね。真面目すぎるぐらい真面目にラーメンに向き合っています。すべてを突き詰めている感が凄いです。チャーシューの作り方は自分も参考にさせていただいています」(後藤さん)

 田上さんにとっても、後藤さんは尊敬する先輩だ。

「自分と違って清湯のラーメンを作られていますが、仕込みだけでなく盛り付けまでとても綺麗。自分もラーメンをちゃんと作らないといけないなと、いつも足元を見つめ直させてくれます。天才だと思います。真面目で、背中を見せてくれる先輩です」(田上さん)

 地域のラーメン店同士が切磋琢磨し、刺激し合いながらお互いのラーメンを高め合う。横浜エリアのラーメンのレベルがここ数年で一気に上がっている事実の裏には、店主同士のプラスの交流がある。(ラーメンライター・井手隊長)

○井手隊長(いでたいちょう)/大学3年生からラーメンの食べ歩きを始めて19年。当時からノートに感想を書きため、現在はブログやSNS、ネット番組で情報を発信。イベントMCやコンテストの審査員、コメンテーターとしてメディアにも出演する。AERAオンラインで「ラーメン名店クロニクル」を連載中。Twitterは@idetaicho

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新型コロナ 全国に広がる受診検診控えで「持病悪化、進行がん増加」 医師らが警告

2020年8月24日 18:00 AERA

 緊急事態宣言以降、重症化リスクの高いとされる高齢者を中心に、病院の受診控えが広がっている。医師たちは、持病の悪化や、検診の機会の 損失による進行がんの増加を警告する。

*  *  *
「第2波が落ち着くまでは、病院に行かないつもりです。同居している85歳の母にうつしては大変ですから」

 東京都内の会社員の女性(63)は、肩とひざの治療のため週に2、3回通っていた整形外科に、3月から行っていない。新型コロナウイルスに感染するのが怖いからだ。

 治療を中断したため、肩もひざも、痛みが出てきた。主治医からは容体を確認する電話をもらった。でも、もう少し、様子を見るつもりだ。

「自分の痛みと母の安全とを秤(はかり)にかけて、迷う日々です」

 感染の不安による受診控えが深刻だ。日本医師会が7月22日に発表した全国693の病院と診療所に行った調査によると、3~5月の入院外総点数前年比は病院で約4%減、診療所で約16%減。診療科別で特に顕著だったのが小児科(約36%減)、耳鼻咽喉科(約34%減)、整形外科(約15%減)だった。

■受診せず薬も切れた

 冒頭の女性が通う都内の整形外科でも、2月頃から受診控えが始まり、3、4月ごろから普段の2割ほど患者が減った。

「骨粗鬆症を防ぐ注射とリハビリがあるのですが、来院してもリハビリせず帰る患者も10人ほどいます」(同院院長)

 不安はわかるが、感染リスクはゼロにはならない。受診を強く勧めることもできず、医師としては悩ましい。

 持病の受診は不要不急ではなく、必要な用事であるはずだ。だが、生活習慣病を持つ患者にも、受診控えは起きている。高血圧治療に長年携わる東京都健康長寿医療センター顧問の桑島巖医師は言う。

「ある70代の女性は、今年2月に来院して以来、7月まで感染を恐れて病院に来ず、処方した3カ月分の薬も切れていた。血圧はかなり上がり、動脈硬化が進んでいる可能性がありました」

 緊急事態宣言後、70代以上は約2割、80代以上だと約4割の患者が病院に来なくなった。薬だけを求める人もいる。

 一方、新型コロナウイルスの影響で医療機関が機能せず、必要な医療を受けられない事態も起こっている。都内の介護施設に勤める男性(53)の両親は、山口県に暮らす。父親(86)が寝たきりで在宅介護を受け、かかりつけの訪問診療医がいる。

 3月下旬、父親が高熱を出し、かかりつけ医に連絡すると、診察を断られた。患者に感染疑いが出たため、2週間は診察できないという。県内に住む看護師の姉が実家に行き、様子を見た。だが、10日後に容体が急変、総合病院に救急搬送され、腎盂炎による敗血症と診断された。

■がん検診の機会が損失

 幸い、2カ月の入院を経て、父親の症状は軽快、自宅に戻ることができた。

 医療機関として感染を広げるわけにはいかないという姿勢はわかる。だが、憤懣は消えない。

「仕方がないとわかってはいても、診ていただきたかった。私たち家族は、病院ではなく自宅で父を穏やかに看取ることを願ってきました。入院したきり最期に会えなかったら、悔やんでも悔やみきれない」

 かかりつけ医への信頼を失い、男性は訪問診療の医師を代えた。

 病院に行かなくなるということは、病気の見逃しが起こるということだ。AERAが行った医師1335人へのアンケートでも、受診控えにより、進行がんや重症者が増加する可能性を指摘する声が多く寄せられた。

 国立がん研究センター中央病院検診センター長の松田尚久さんも、「がん検診やその後の受診機会を逃すことで、進行がんが増えるリスクがある」と話す。

 同センターは感染拡大を受け、今年3月末に人間ドック方式の検診を停止した。6月から受診者数を絞るなど段階的に再開したが、通常1日12人程度の受診数は3分の1に。8月から人数制限は解除、10月から正常化の予定だが、予約はすでに埋まっている。だが、自費診療で人間ドックを受診するのは、そもそも健康意識の高い人々だ。

 松田さんが懸念するのは、各自治体が実施する「住民検診」で、がん検診を受ける機会が失われていることだ。厚生労働省は4月、都道府県にがん検診の原則延期を要請した。緊急事態宣言解除後は感染防止策を実施条件としたが、各自治体とも現状は全面再開には程遠い。

■精密検査は受けて

 厚労省の「平成30年度地域保健・健康増進事業報告」によると、1万人が各がん検診を受診した場合、乳がんは29人、大腸がんは16人、胃がんは12人、肺がんは4人発見される。

 便潜血検査は、大腸がんのスクリーニングとして行われ、陽性者は内視鏡の精密検査に進む。

「千人が便潜血検査を受けると陽性者は約6%の60人。そこから約2人、大腸がんが見つかります。陽性者の4割には大腸がん予備軍といわれるポリープもある。その両方を発見する機会を失うことになります」(松田さん)

 精密検査までの期間が空けば、がんが進行する恐れもある。

「米国の便潜血検査陽性者7万人のデータでは、陽性判定から精密検査まで10カ月以上間隔を空けてしまうと、大腸がんのステージが進行するリスクがあると警告しています」(同)

 だが、日本はそもそも米国に比べ、精密検査の受診率が低く、陽性者の60~70%ほどだ。

「感染拡大が続けば、それがさらに低下する可能性がある」

 症状が出たときには、病気が進行していることも多い。大腸がんの場合、無症状で発見された場合の約6割が早期がんだが、有症状で発見された場合は約8割が進行がんだ。

 医療は命を守る砦だ。国立がん研究センター中央病院は感染対策を取り、5月11日からがん診療の初診受け入れも再開した。

「コロナで検診どころではないという人も、がんが進行して命を落とすリスクを考えてほしい。住民検診で陽性になり放置している人は、可能な限り早く医療機関で精密検査を受けてほしい。それで救える命がたくさんあります」

(編集部・小長光哲郎)

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「ムラサキするよ!」BTSが生配信でファンと再会、愛の言葉届ける

 韓国で生まれ、世界のミュージックシーンで活躍するBTSが、7月18日、日本ファン向けのオンラインショーケースを開催。久しぶりの“再会”を楽しんだ。

*  *  *
 7月15日に発売されたBTSの4枚目の日本アルバム「MAP OF THE SOUL:7~THE JOURNEY~」を記念したCD購入者限定のオンラインショーケースが、日本のストリーミングサービス「SHOWROOM」のプラットフォームを使い、韓国の特設スタジオから生配信された。

 BTSのファンは「ARMY」という。イベント開始1時間半前、配信ルームに入ってみると、すでにARMYが集まり視聴画面横にあるチャットルームでBTS話に花を咲かせていた。コメントを見るだけでも、ファンたちの抑えきれない高揚感が手に取るようにわかる。

 18時、いよいよショーケースの幕開けだ。「Lights」のメロディーとともに、椅子に座ってマイクを持つ7人が映し出された。ブラックスーツに身を包んだ姿は、どこか高貴で優美さまで感じられる。

■輝きを失わないで

「バンタン! こんにちは! BTSです」

 そうおなじみの挨拶をすると、

「今日、日本の皆さんに会えると思ったら、昨日寝られませんでした」(JIN(ジン))

「みなさんに会いたくて、会いたくて、会いたくて、本当に会いたかったです」(JIMIN(ジミン))

「顔が直接見えなくてさみしいですが、僕の心はポカポカです」(V(ヴィ))

 メンバーたちが日本語で挨拶をしていく。

 続くトークタイムでは、日本のスタジオと中継を繋ぎ、MCの進行で近況やアルバムについて語った。「最近何をしていた?」と聞かれたRM(アールエム)は、「アルバム制作をしたり、絵を見に行ったり、花を植えたり、時間があるときには英語の勉強をしたりして、過ごしていました」と回答。忙しい中でも、学びを忘れない姿は、“勉強家”のRMらしい。

 日本ドラマの主題歌にもなっているアルバムリード曲「Stay Gold」に込めた思いについて語るのは、BTSの多くの楽曲を手がけるSUGA(シュガ)だ。

「『この世界はいいことばかりではないけど、君のその輝きを失わないで』というメッセージを込めました。実は自分の本当の輝きや価値に気づいていない人が多いと思います。自分の大切さを知ってほしいという思いで歌ったので、みなさんの心に届くとうれしいです」

 ミュージックビデオの撮影秘話を聞かれたJINは、「ハイライトといえば、最後のユートピアのようなシーンではないでしょうか。セットがものすごくキレイでした。ソロシーンでは水に浮いている気分がして、おもしろかったですし、Vさんとキャッチボールもして、すごく楽しい撮影でした」と語った。

■絆を表す紫の照明

 話は94の国と地域のiTunesで1位を獲得した「Your eyes tell」へ。メンバーのJUNG KOOK(ジョン グク)が作曲をした曲、ということで、敬意を込めて“JUNG KOOK先生”と呼ぶMC。その声にJUNG KOOKも、茶目っ気たっぷりに「ハ~イ。JUNG KOOKセンセイで~す」と言ってニコリと笑い、「『さまざまなことがある中でも、君の瞳が見る未来は光あるものだと信じて』という思いが込められています」と語った。

 そして、「Your eyes tell」を生披露した。

「Stay Gold」のMVとメイキング映像が流れたあと、パステルカラーのカジュアルな衣装にチェンジした7人が再び登場。ここからはRMが進行役になり、「みんなにとっての“ゴールド”とは?」と、楽曲のタイトルにかけた質問を投げかける。

「今の自分を作ってくれた無数の出来事とそばにいてくれた大切な人々です」(J−HOPE(ジェイ ホープ))
「音楽。ARMYとメンバーに出会わせてくれたから」(SUGA)
「僕と関係を築いている全て。それが僕の誇りであり、幸せです」(JIMIN)
「僕に与えられた時間。それを満喫することでもっと成長した人間になれると思います」(JUNG KOOK)
「幸せだった思い出だと思います。それがあればつらいことも耐えられるし、勇気をもらえます」(V)
「僕は自分自身。これからも、自分自身が金のようにもっと輝くために一生懸命努力していきます」(JIN)

 と答えは6人6様だ。

 最後はRMが「ゴールドは韓国語でクム。世の中には大切なクムが三つあると言います。黄金(ファングム)、塩(ソグム)、そして、今(チグム)。僕にとってゴールドとは、BTSとARMYが共にしている、まさに今、この瞬間なのです」とビシッと決めて、エンディングを迎えた。

 最後に歌ったのは、「Stay Gold」。BTSとファンの絆を表す紫色の照明がスタジオを照らす。希望とときめきを感じさせる温かなメロディーと、サビを繰り返しながら盛り上がっていくエモーショナルな展開、そして、“金の輝き”を具現化したような伸びやかな歌声。そのすべてが混ざり合って、なんともピースフルな空間を演出している。

 クライマックス、7人のバックに大木が現れた。まるで“生命の木”のような大木に見守られながら、愛を歌う7人。その風景は、まさしく理想郷だった。

「すぐに会いましょう」

 愛の風景は幕が閉じるまでの間、ずっと続いた。J−HOPEは「またすぐに会いましょう」と再会を約束。Vは「ムラサキするよ(「愛しているよ」を意味するBTSとファンの合言葉)」と叫ぶ。

 ライブとファンをこよなく愛するBTS。彼らにとって、ファンと直接会えないオンラインショーケースは、もしかすると、不本意な形だったかもしれない。だが、世界の状況が厳しい中でも、ファンとつながる場を模索し、感動と喜びを届けてくれた。50分という短い“再会”だが、7人にとっても、ファンにとっても、その時間は、きっと“ゴールドな時”そのものだったに違いない。(ライター・酒井美絵子)

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語り手の感情を引き出し、言語化していく 久保田智子<現代の肖像>

2020年8月21日 15:00 AERA /photo・片山菜緒子

 元TBSアナウンサーで、「筑紫哲也NEWS23」や「どうぶつ奇想天外!」などで活躍した久保田智子さん。TBS時代から、戦争の記憶を持つ人がいなくなることが気になっていた。結婚を機に退社し、渡米すると、オーラルヒストリーを学んだ。じっくり話を聞き、語り手の無意識の感情を引き出し、言語化していく。これからは、「被爆体験伝承者」としても活動を始める。

*  *  *
「別になんでもいいんです……。何がいいですか」

 肩書について尋ねたら、あっけらかんと逆に質問が返ってきた。

 フリーアナウンサー、元TBSアナウンサー、ジャーナリスト。絶対これで、というこだわりはまったくない。オーラルヒストリアンというあまり耳慣れない肩書でメディアに登場する時もある。ただそれも相手の自由に任せているという。

 オーラルヒストリアンというのは、オーラルヒストリーの学者や研究者のことだ。個人の経験や物語を口で語ってもらい記録する歴史叙述の方法や記録された内容をオーラルヒストリーという。久保田智子(43)は現在、東京大学大学院博士課程でオーラルヒストリーを研究する学生でもある。

 4年前に16年間勤めたTBSを退社。局アナ時代、「筑紫哲也NEWS23」「Nスタ」といった報道番組から「どうぶつ奇想天外!」などバラエティーまで担当し、てきぱきとした仕事ぶりで知られていた。

 転身のきっかけは、仕事を辞める1年ほど前に一人の被爆者と出会ったことにある。話を聞きたいと広島平和記念資料館(原爆資料館)に相談し、紹介されたのが笠岡貞江(87)だった。

「ふつう、学校の生徒さんとか団体に話すことがほとんど。だけど資料館に行ったら、久保田さん一人。取材で来たんかなと思いました」

 被爆者に会いたいと思ったのは理由がある。戦後70年を迎え、当時報道局記者だった久保田は、戦争の記憶を持つ人がいなくなることが次第に気になり始めていた。それまで行ったことのなかった沖縄の集団自決の現場であるガマ(壕)や、特攻隊基地があった鹿児島県の知覧、ナチの強制収容所・アウシュヴィッツなど内外の戦跡や資料館を回り始めた。やがてある町の存在が胸の中に宿った。広島だった。広島にはすこし複雑な思いもあった。

 横浜市で生まれ、小学生時代は神奈川県内で育っている。父親の転職にともなって中学1年の時に広島県東広島市に転居。広島市内の県立高校に通い、中高時代6年間を広島で暮らした。とはいえ、家族に被爆者がいるわけではない。広島を語る人はたくさんいる。自分には資格がないと、距離を置いていた。しかし戦争について考えれば考えるほど広島は避けて通れないものになっていく。ちゃんと向き合いたい。もっと知りたい。

 笠岡と初めて会ったその日、時間を気にすることもなく、気の向くままに話をした。「取材ではなく、個人的な関心で会ったのでだらだらという感じでした」。そうやって目的もなくいろいろなことを話すことで、短い取材ではわかりにくい心情が見えてくる気がした。いままで自分は、聞きたい話だけ、その人に言ってもらいたい話だけを引き出していたのではないか。そう感じたのだ。

 その頃、久保田は転機を迎えていた。2015年に他局の記者と結婚。ニューヨーク駐在となった夫とともに渡米することとなり、翌年TBSを退社した。せっかく米国で暮らすのなら何かしたいと、ネットで歴史の伝承について検索をしていたら、フェイスブックの広告で、コロンビア大学のオーラルヒストリーのプログラムを見つけた。「あ~、こんなのがあるんだ」。笠岡との会話で感じたこととつながるのではないかと思った。同大は、オーラルヒストリー研究の組織的プログラムを世界で最初に作った大学だった。久保田は同大院東アジア研究所客員研究員となり、修士課程に進んだ。取材のキャリアも生かせると思った。

 インタビューが好きだった。心がけていることがあった。「インタビューは、相手と必ず対等でなければならない」ということだ。大物タレントに話を聞くとする。そういう時、往々にして取材する側が恐縮した態度になりがちだ。それだと、自分が下手に出る分、相手が持ちあがり、実像以上に見えることになる。それが嫌だった。どんなに大物であろうと「あくまでも、その人の素のままの個性を知ってもらいたいからです」。

 ミュージシャンの山下達郎にラジオ番組でインタビューしたことがある。ひとしきり音楽の話をしたあと、「なんで髪形だけ変えないんですか」と聞いた。ずっと疑問に思っていたのだ。質問された山下は、笑いながら答えた。「それは僕のルサンチマン(「憤り」などの感情)なんだよ」。何かに対する反抗だと久保田は理解した。後になって山下から「あの質問は面白かった」と言われた。

(文・高瀬毅)  

※AERA 2020年8月24日号から抜粋

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帰省や旅行で高齢者が感染…コロナ家庭内感染で「9月危機」の現実味

 いつもなら帰省や旅行で家族と過ごすはず──が、今年はそうも言っていられない。一度、「家」にウイルスが入ってしまうと、家庭内感染は防ぎにくいからだ。AERA 2020年8月24日号では帰省シーズンを襲ったコロナの影響を取材した。

*  *  *
 本格的な「第2波」の到来なのか。

 緊急事態宣言が解除された5月下旬以降、新型コロナの1日の感染者数はおおむね50人以下にまで減り、流行をほぼ抑え込んだかに見えた。だが、7月31日には第1波のピーク時の2倍超となる1580人の感染が確認されている。

 当初、本格的な第2波は秋以降と予測する専門家が多かった。夏の間は流行が落ち着き、海外との往来もかなりオープンになるのでは──。だが、そんな期待はもろくも崩れ去った。

■第1波の残り火が再燃


 東京医科大学の濱田篤郎教授(渡航医学)は、7月以降の感染拡大を「第2波」としながら、本格的な再流行はまだ先だとして、こう懸念する。

「現状も第2波の到来と言って差し支えない状態ですが、これは第1波の残り火が再び燃え広がったものです。わずかに市中に残ったウイルスが、経済活動の再開で広まったのです。東京で1日200~300人、全国で千人超の感染者が確認される高止まりのまま冬に突入すれば感染はさらに拡大し、医療崩壊も現実味を帯びてきます」

 流行がある程度収まると思われた今の時期は、医療体制の整備を進め、医療機関を休ませるための大切な期間だったという。

「その大事な時期を再拡大で奪われてしまった。いま、医療機関は本当に疲弊しています。この夏を何とか乗り切っても、秋以降の流行に耐えられないかもしれません」(濱田教授)

 感染の再拡大が始まった当初、流行の中心地は「夜の街」だった。東京を例にとると、7月中旬ごろまでは、ホストクラブやキャバクラなど、接待を伴う店での感染が多数を占めていた。

■自主隔離したい人急増


 一方、いまキーワードとなっているのが「家庭内感染」だ。

 東京都が発表する速報によると、7月29日から8月4日までの1週間で「夜の街」関連の感染者は175人。対して、家庭内感染は239人にのぼる。5人家族や4人家族全員が感染した例も確認された。

 自主隔離のための宿泊施設を紹介するウェブサービス「自主隔離ドットコム」には、家庭内感染の増加が報じられるようになって以降、問い合わせが急増している。運営するマツリテクノロジーズの担当者は言う。

「感染拡大が始まった当初と比べると、3割ほど問い合わせが増えています。職場などで陽性者が出ていて、家族にうつすのが怖いので念のため自主隔離したいという人がほとんどです」

 家庭内にウイルスが持ち込まれると、家族間の感染を防ぐのは難しい。感染症に詳しい内科医で、ナビタスクリニック理事長の久住英二医師はこう話す。

「若い人は感染しても発症しないことが多く、発症した人が最初の感染者とは限りません。例えばおばあちゃんが最初に発症しても、調べてみると無症状の子や孫が感染源だったという例は珍しくないんです。誰にも症状がないのに、家のなかで厳しい感染対策をするのは現実的ではありません。気が付いたら広がってしまっているんです」

 さらに、濃厚接触者や陽性とわかった人も、数日は家の中に留まることになる。検査結果の判明、入院先の確定までにタイムラグがあるからだ。

 神奈川県に住む20代の女性は7月中旬、夫の職場で陽性者が出て夫も濃厚接触者になったと知らされた。夫は翌日に発症。しかし、PCR検査を受けるまでに3日、陽性がわかって収容先へ移動するのにさらに2日かかり、濃厚接触者となってから5日間を自宅で共に過ごした。

「検査にも隔離にも時間がかかり、もどかしいと同時にすごく不安でした。9カ月の娘が感染してしまったらとか、夫が重症化したらとか……」

 夫が濃厚接触者となってから、対策を進めた。家の中を感染ゾーンと非感染ゾーンに分け、夫は極力感染ゾーンから出ずに過ごした。入浴などでゾーンを出る際は、歩いた場所を毎回消毒。食事は部屋の前に置き、ひとりで食べてもらう。食器はすべて使い捨てにした。入浴は夫が最後。夫が掃除したあと、女性が再度消毒する。洗濯ものは入浴の際に直接洗濯機へ入れてもらい、女性は触れないようにした。

■娘まで陽性だったら


 夫が隔離先へ移動した日、女性と長女もPCR検査を受けた。結果は陰性。家庭内感染は防ぐことができた。

「対策がうまくいったからか、単なる運かはわかりません。ただ、もし何もせずに娘まで陽性になっていたらずっと後悔したと思います」(女性)

 そして、実際に濃厚接触者となったり、感染がわかったりする前に夫婦間で意識をすり合わせておくことが重要だと感じた。

「幸い夫とぎくしゃくすることはありませんでしたが、いきなり消毒だ、隔離だとなるとケンカになるかもしれません。実際、感染対策をSNSに投稿すると、“大げさだ”とか、“こんな家に帰りたくない”といったコメントが多数付きました。感染したらどうするか、家族で話し合っておくといいと思います」

 家庭内感染の拡大と同時に懸念されるのが、中高年への広がりだ。現在の流行では今のところ、若年層の感染が多数を占める。東京都内の感染者は7月中旬ごろまで、20~30代が7~8割を占める日が続いた。若年層は多くが無症状で、発症しても重症化しづらいこともあり、東京都の入院患者のうち「重症」とされるのは集計を始めた4月下旬の5分の1程度に収まっている。だが、7月中旬以降、中高年の感染もジワジワと増え始めた。このまま高齢者に感染が広がると、何が起きるのか。先出の久住医師はこう指摘する。

「いったん高齢者に広がれば、一気に重症者が増えて医療はあっという間に逼迫します。お盆の帰省や旅行でウイルスはさらに拡散されるはず。潜伏期間が2週間、発症から1週間程度で重症化する人が多いので、9月に入るころには全く違う状況になっているかもしれません」

■お盆休みに先駆け帰省


 8月に入り、危機感を抱いた各県の知事が相次いで帰省や旅行の是非を慎重に検討するよう求める声明を出した。

 だが、「時すでに遅し」の感もある。

 アエラでは、位置情報ビッグデータを扱うアグープからデータの提供を受け、観光地への人出をゴールデンウィークと7月の4連休で比較した。その結果、1日あたりの他県からの訪問者数は軽井沢で26倍、新千歳空港で28倍など各地で大きく増えていた。既に帰省した人もいる。東京都の会社員女性(33)は8月上旬、お盆休みに先駆けて山形県の実家に帰省した。

「在宅勤務なので、どこで働いていても変わらないと思って。地方に実家がある同僚も、半分ほどは既に帰省しています」

 インフルエンザが1月末にピークを迎えるのは、年末年始の帰省や旅行でウイルスが広まるからだとされる。7月の4連休とお盆休みで同じことが起こりかねない。久住医師は、「9月危機」についてこう懸念する。

「このまま高齢者も含めた広い世代に感染が広がれば、限りある医療資源を誰に振り向けるかというトリアージが必要になる可能性があります。要介護認定を受けているような高齢者はもともと肺炎の予後がよくない。トリアージでいう“黒タグ”をつけざるを得なくなります」

 トリアージとは、災害や大事故で多数の患者が出た際に、緊急度に従って付ける手当ての優先順位のことだ。黒タグが意味するのは「救命不能」。つまり、医療提供されないということだ。

 医療を受けられる人を、社会的に選抜しなければいけなくなる未来を見ないためにも、直ちに明確な方策を示すことが必要だ。(編集部・川口穣)

※AERA 2020年8月24日号

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子どものウンチのにおいが今もわからない 新型コロナに3月に感染した記者が語る

2020年8月21日 15:00 AERA/photo・gettyimages

 もし、新型コロナウイルスに感染したら─―。世界中で猛威をふるい続けるこの病気に、朝日新聞国際報道部の記者、今村優莉さん(38)がかかった。小中学生向けのニュース月刊誌「ジュニアエラ」9月号では、今村さんがそのときの経験についてつづった。

*  *  *
 新型コロナの感染が世界で最初に広がったのは、中国の武漢という街です。朝日新聞記者の私は1月から、東京から国際電話などを使ってそこに住む人たちに取材していました。それもあってウイルスの怖さを強く感じ、2月ごろから直接人に会う取材や、大人数でごはんを食べることは避けていました。外に出るときはマスクをし、手もひんぱんに洗っていました。

 それでも、感染しました。どこでうつったのか、今もわかりません。

 最初におかしいと思ったのは3月28日。コーヒーを「お湯っぽい」と感じ、エッセンシャルオイルのラベンダーの香りもわかりませんでした。熱やせきはなく、東京都の新型コロナの相談窓口からは「感染の疑いは低い」と言われました。しかし、3日後から倦怠感が始まり、体に力が入らず、立ちあがるのもつらく、歩くと少し息切れしました。続いて、体の内側からたくさんの針に刺されているような痛みに襲われました。横になっていても痛く、ゆっくり寝ることもできませんでした。頭痛と下痢もありました。

 保健所に相談すると「病院でみてもらって」と言われましたが、三つの病院から受診を断られました。再び保健所に訴え、ようやくPCR検査を受けることができました。保健所への電話はなかなかつながらず、100回以上かけたこともありました。

●息子の小さな指を「うつっちゃうから」とひじで押し戻した


 でも、自分の症状より大変だったのは、家族にうつさないように「隔離」することでした。当時、夫は職場から出勤しないように言われ、3歳と1歳の子どもも保育園に預けないようにしました。私は家の中の一室にこもりましたが、子どもたちはわけがわからず、突然姿を見せなくなった私をずっと捜し続けました。私がトイレに行こうと部屋を出ると、2人は「見つけた!」と抱きつこうとし、パパが大急ぎでおさえました。

 部屋に戻ってドアを閉めようとすると、次男は自分の指をドアの隙間に挟んできました。「うつっちゃうからダメ」と言って、その小さな指をひじで押し戻しました。「ママは病気なんだよ」とパパから聞いた長男は、ドア越しに「キスしていいよ」とせがみました。風邪をひいた子どもに母親がキスをする、ユーチューブの動画を覚えていたのです。

 新型コロナにかかると、目の前で母を求める我が子に、キスどころか触ることもできないのです。私は申し訳ない気持ちで、ドアを内側から押さえました。

 みなさんは「エルボーバンプ」を知っていますか。握手やハグの代わりに、ひじをコツンと突き合わせるあいさつです。長男に教え、部屋から出るときに繰り返しました。数日たつと長男は「今日はママとエルボーバンプしたから大丈夫」と言うようになりましたが、次男は意味がわからず、泣きっぱなしでした。

●子どものウンチのにおいがわからない後遺症


 PCR検査で陽性が確認されても、「ベッドがいっぱい」との理由で最初は入院できず、自宅での隔離生活は10日続きました。  入院してからも、感染を防ぐため、誰とも面会できませんでした。4人部屋だったので、家族や友人と電話で話すこともできず、寂しかったです。味覚をなくしたので食事もおいしくありませんでした。入院3日目に突然、おみそ汁の味がわかりました。冷たくなっていましたが、本当においしかったです。  入院の2週間後に退院して家に帰ったあとも、次男は私の姿が見えなくなると、パニックになったように泣きました。長男は「チック症」で目をパチパチするようになっていました。医者から「ママが突然いなくなった不安の表れ」と言われ、私は「もう大丈夫だよ」と何度も抱きしめました。

 実は、退院から3カ月以上過ぎても、後遺症が続いています。子どものウンチのにおいがわからないのです。次男が泣いている理由がわからず、オムツからはみ出たウンチを見てびっくりしました。でも、いつか完治すると信じ、毎日を楽しく過ごそうと思っています。  みなさんも不安を抱えながら生活していると思います。一日も早く、安心して過ごせる日がくることを、祈っています。

(朝日新聞国際報道部・今村優莉)

※月刊ジュニアエラ 2020年9月号より

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「冬には医療崩壊が起きる」 現場の医師が危惧する重症者が「たらい回し」になる日

2020年8月21日 15:00 AERA/photo・東川哲也

 新型コロナウイルスと最前線で対峙して数カ月。医療機関のほとんどがその影響を受け、疲弊している医療者も多い。AERAが実施した医師1335人への緊急アンケートや専門家、現場医師らへの取材から、苦境や課題が見えてきた。AERA 2020年8月24日号から。

*  *  *
 新型コロナウイルスの感染者が、7月から全国で増え続けている。医療現場は、第1波とされる緊急事態宣言前後から現在にいたるまで、対応に追われるようになり、はや4カ月が経つ。

 AERAでは、7月下旬、医師専用のコミュニティーサイトを運営するメドピアの協力のもと、現役の医師1335人を対象にアンケートを実施した。内訳は、(1)感染患者を受け入れている医療機関の医師が約40%、(2)発熱外来などを設けている医療機関の医師が約28%、(3)非対応の医療機関の医師が約32%。新型コロナウイルスによる影響があったかとの問いには、全体の90%が「ある」と回答した。新型コロナウイルスに対応する(1)(2)の医師は、働き方や待遇・収入面での影響も、(3)の医師より多くあったと回答した。

 医療体制に危機感を抱く医師も少なくない。埼玉医科大学総合医療センター(埼玉県川越市)では、4月中旬にコロナ専用病棟を新設した。感染症専門10人を含む医師12人体制で10床ほど、いざという時に備え32床を確保。7月中旬には3割から半分ほど埋まる状況だったが、県内では8月3日までの1週間に新規感染者が419人確認され、前週より110人増えた。連日の入院で満床に近いこともある。同センター感染症科教授の岡秀昭医師(45)はこう語る。

「少し前まで、確かに重症化リスクの低い、夜の仕事などに従事する20代の若い人が多かった。けれども最近は、重症化リスクのある40代・50代へとシフトしてきた印象です」

 国や自治体はこれまで幾度か、「医療体制は逼迫していない」とアナウンスしてきたが、それはそろそろ怪しくなってきた。

 新型コロナは一般的に1週間から10日で重症化するといわれる。報告される感染者数と重症者数にはタイムラグがある。

「いまは軽症者が多いですが、指定感染症である以上、彼らを病院に収容してただ観察している状態です。今後、軽症者で病床が埋まり、重症者が増えて入院できず、たらい回しになることが心配です」

 浜松医療センター(静岡県浜松市)の院長補佐で感染症内科部長の矢野邦夫医師(64)も、軽症者の入院の多さに危機感を持つ。同センターは感染症指定医療機関として感染患者を受け入れている。現在は、市内で7月に発生したクラスターの影響もあり、指定病床数6床を上回る患者を受け入れることもある。

「重症者が増えて本当に逼迫する前に、宿泊施設などに移動させておくべきです。季節が変わり、インフルエンザや寒さによる呼吸器系の患者で病床が埋まれば、コロナに備えてベッドを空けておくことはできなくなる。このままでは、冬には医療崩壊が起きると思います」(矢野医師)

 軽症者や無症状者をホテルや自宅療養にしてほしい、という訴えは医師アンケートでも複数見られた。特措法にのっとり、4月2日から各都道府県は宿泊施設を確保している。東京をはじめ首都圏、愛知、大阪などでは数百~数千室を確保するが、他の自治体では、感染者数の推移や病床を押さえているなどの理由で、確保にばらつきがある。

 新型コロナに対応することは、業務の負担増も意味する。医師アンケートでは、「休めない」「長時間労働が多くなった」などの声があがった。

 埼玉協同病院(埼玉県川口市)は、第1波のときは発熱外来と同時に、軽症者を中心として入院患者も6月上旬まで受け入れた。現在、入院業務は休止中だ。

 発熱外来では、4月と5月は週に数人の陽性者が出た。診察室のほか、屋外の陰圧テントで医師数人と看護師で回した。増田剛院長(59)は振り返る。

「保健所の紹介で、朝から夕方まで、感染疑いのある患者が断続的に来ました。中には『陰性証明を書いてくれ』『もしコロナだったら責任を取ってくれるのか』とすごむ人もいて、現場の大きなストレスでした」

 内科副部長の守谷能和医師(44)は言う。

「6月下旬に局面が変わり、夜の街の関係者や家族単位の感染疑いで外来に来るようになり、陽性率も上がりました。コロナ以外の日常の診療もしているので、仕事量は2倍です」

 夏風邪や熱中症など、発熱があり、新型コロナと似た症状のある患者が増えた。感染者増加に伴い、外来の在り方や入院の受け入れ体制といった今後の対応を検討中だ。

 疲弊しているのは医師だけではない。看護師の清水明子さん(51)は、感染患者に対応する都内の大学病院に勤めている。

「コロナ病棟に配属され、負担を強いられるのは、重症化リスクが低いとされる若いナースです。人員不足だから『休めない』と頑張りすぎてしまう」

 前出の埼玉協同病院で看護部長を務める見川葉子さん(57)は、「医師から指示を受け、実際にケアをするのは看護師。軽症者でも大変」と話す。

「毎回、防護服を着て病棟に入ります。患者さんに薬を渡し、食事を運び、売店で買い物をする。食事介助や、体を拭く。看護師が患者さんの一番近くにいて、密接せざるを得ないこともあります」(見川さん)

 患者の不安な気持ちはわかる。だが、自分たちにも感染への不安がある。

「感染を防ぐために数分しかそばにいられない。『もう行っちゃうの』と言う患者さんもいます」(同)

(編集部・小長光哲郎、ライター・井上有紀子)

※AERA 2020年8月24日号より抜粋

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医師1335人アンケートで見えた いま医師が望む「医療崩壊防止」「新型コロナ対応」策

2020年8月21日 15:00 AERA(photo・東川哲也)

 医師たちが医療崩壊への危機感を募らせている。崩壊を防ぐ鍵となるのは、軽症者や無症状者への対応だ。A「医療崩壊」を特集したAERA 2020年8月24日号では、1335人への大規模アンケートを実施。専門家、現場取材では苦境や課題が浮かび上がってきた。

*  *  *
 医療崩壊に警鐘を鳴らす医師は少なくない。どうすれば、苦境を乗り越えられるのか。

 医師1335人へのアンケートによると、発熱外来のある医療機関の医師からは、PCR検査の拡充やPCRセンター設立を希望する声が多くあがった。PCR検査拡充の是非は、国内では議論が続いている。7月16日、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会が、無症状者にPCR検査を公費で行わない方針で合意、政府に提言した。

 医療ガバナンス研究所理事長の上昌広医師は「世界の潮流から外れている」と指摘する。

「PCR検査は、陽性を見つける感度は感染初期は確かに低いといわれていますが、誤って陽性と判定する特異度はほとんどありません。科学誌『ネイチャー』は7月、『コロナの検査は感度より頻度』という記事を掲載しました。世界の専門家の間では、定期的にPCR検査を行うことが常識になりつつあります」(上医師)

 第1波では、6月末までに都内で新型コロナで亡くなった人の半数超が、病院内や福祉施設で感染していた反省もある。

「医師や看護師ら医療関係者にPCR検査をし、院内感染を抑止すべきです。警察官や自治体職員などエッセンシャルワーカーにも必要だと思います」(同)

 東京都杉並区の河北総合病院は、4月から都の要請で入院患者を受け入れている。同院を運営する河北医療財団の河北博文理事長(70)は、「感染者数の増減に一喜一憂せず、重症者や死亡者に的を絞るべき」と語る。

「そのためにも軽症者や無症状の陽性者は一定期間、病院ではなくホテルなどでの隔離を徹底すべきです。それを徹底する法律を、国会を開いて早急に決めてほしい」

 医師アンケートでも、軽症者や無症状者に対して自宅やホテルで療養を求める声が目立った。

 埼玉医科大学総合医療センターの岡秀昭医師は、軽症者の健康観察こそ重要と考える。

「新型コロナは、確かに軽症から急に重症化するケースがあり、健康観察支援が求められています。電話やオンラインで開業医などをあて、診療報酬をつけてはどうか」

 国や自治体にしてほしいこととして、医師アンケートで得に多かったのが「金銭的補助・支援」だ。新型コロナ対応や受診控えによる減収に対し、対応を求める切実な声が寄せられた。

 だが、厳しい意見もある。

 都内の大学病院に所属する30代の男性勤務医は言う。

「大学から『収益を上げるために、積極的に患者を入院させろ』と言われています。本来は必要性の低い患者も、病床稼働率を上げるために積極的に入院させるよう指示されている。大学はコロナのせいにしているが、元の経営の問題だと思う」

 前出の上医師は、「患者をフル回転で受け入れているのに経営難という病院に配慮が必要」としたうえで、「患者が来ないのなら、医療機関が変わらなければならない」と話す。

 すでに起こっていたことが加速しただけ、と考えるのは、NPO法人医療制度研究会の本田宏副理事長(66)だ。

「もともと診療報酬は公定価格で、儲けを出しにくい構造でした。医療秘書や病棟クラークの業務が診療報酬にあまり反映されず、医師や看護師の人手不足や過重労働も問題になっていました。赤字ギリギリで現場を回していたところへ、新型コロナ感染拡大が起こり、限界が明らかになっただけのことです」

 大学病院から派遣され、クリニックで在宅医をする40代の男性は、「今までの医療に無駄があった証拠」と指摘する。

「外来待合室で長時間待って数分で診療するシステムは、高齢患者の社交の場としてはよかったかもしれないが、無駄が多すぎた。患者一人の診療報酬が少なく数をこなすしかなかった面もあるが、今後は必要な人に必要な医療を届けるオンライン診療や在宅医に可能性を感じます」

 医療崩壊を防ぐため、私たちにできることはあるのか。アンケートでは、「節度ある受診を」「嘘をつかないで」といったモラルを求める声や、「感染者を差別しないで」「落ち着いて」といった声も目立った。

「極端な情報に振り回されず、地道にできる感染対策をし、適切に受診し、診断されたら淡々と治療を完遂してほしい」

 そんな“当たりまえ”が求められている。(編集部・小長光哲郎、ライター・井上有紀子)

※AERA 2020年8月24日号

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キンプリ永瀬廉 「めっちゃ気持ちよかった」自粛生活中に見つけた新たなリラックス法を明かす

2020年8月21日 15:00 AERA/photo・gettyimages

 King & Princeのセカンドアルバム「L&(ランド)」が9月2日にリリース。その制作の裏側や外出自粛期間の過ごし方について、メンバーの永瀬廉さんがAERA本誌インタビューで語った。

*  *  *
 アルバムとかを作るときは、(メンバーの)神宮寺(勇太)とか(平野)紫耀とか(高橋)海人が積極的に意見を出してくれるのですが、今回のアルバムにはメンバーそれぞれがプロデュースした曲を入れることになりまして。思ったより苦労しましたね。悩みました。

 他のメンバーとあまりかぶらないかっこいい系の曲を作りたいと思ってコンセプトを決めたんですが、そうしたら音源とか歌詞とかがどんどん届くんです。どれもかっこよくて……。僕が決断して選択しなくちゃいけない。思った以上に難しかったです。でも、悩んだ分、満足いくものができました。プロデュース曲は個性の違いがすごく出てると思うから、楽しんで聴いてほしいです。

 外出自粛期間ですか? 僕は友だちと遊ぶのがストレス解消法であり、リラックス方法なんですよ。なので、なかなか人と会えない期間はしんどかったですね。でも、その代わりに発見したことがありまして。今までは家で過ごす時間もそんなになかったですし、仕事場にいる時間のほうが長かったので、ベランダに出ることなんて考えたこともなかったんです。でも家にいすぎて、外に出たい、外の空気を吸いたいと思ったとき、ベランダの存在の大きさに気づいたんです。いざ出てみたら、湿度も低いし、ちょうど快適な時期で、めっちゃ気持ちよかった。そこからベランダに椅子を出して、イヤホンで音楽を聴きながら過ごす、新しいリラックス方法を発見しました。これはいい発見でした。日常の小さな喜びを今後も大事にしていきたいです。

(ライター・大道絵里子)

※AERA 2020年8月24日号より抜粋

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マスクつけたまま分娩室へ、夫は汗だくで15分だけ面会…コロナ禍での出産を記者が語る

2020年8月21日 15:00 AERA

 記者が、コロナ禍のなか7月中旬に第2子を出産した。35歳で経験した、第1子のときとは様相が異なる出産。どんな不安があったのか、AERA 2020年8月24日号で話を聞いた。

*  *  *
 初めて新型コロナウイルスを自分事として感じたのは2月25日。職場が近い電通で感染者が出たというニュースをネットで見たときだった。その前日には電通が入るビルでランチを食べたばかり。「外出はリスクなんだ」と身震いした。

 妊娠中に感染したら飲める薬は限られるし、おなかの赤ちゃんにどんな影響があるかもわかっていない。通勤電車では換気のいいドア近くに立ち、つり革や手すりには触れなくなった。乗車中に両足を開いて、転ばないように力を入れながら、「妊婦なのにこんなに踏ん張って大丈夫なの!?」と、これまた不安になった。

 当時は会社に在宅勤務の制度はなく、3月の妊婦健診で出勤の不安について相談すると、主治医は「健康状態に異常はないけど、母健連絡カードに『配慮が必要』とは書けますよ」と言ってくれた。でも会社に特別扱いを求めるようで気が進まない。そんな中、3月26日に会社から全社員の在宅勤務を認める通知が出された。上司から勧められ、翌日から在宅勤務を始めた。

 4月13日。4歳の長男が通う認可保育園が臨時休園になった。在宅勤務の夫と交代で面倒を見るが、日中は仕事に集中できず、子どもが寝た夜や早朝に残った仕事をするのは身重の体には負担が大きい。悩んだ結果、産前休暇に有給休暇をつけて5月の大型連休明けから休みに入ることにした。感染が拡大する緊急事態に仕事を投げ出すのは記者としてどうなのかと散々悩んだ。感染リスクにおびえながら現場で働き続ける妊婦の実態も発信したかった。でも今は、生まれてくる赤ちゃんや家族の健康を優先しようと決めた。

 その後も悩むことは多かった。妊娠中はむし歯になりやすく、歯周病は早産のリスクもあるため、区内の歯科医院で妊婦歯科検診を無料で受けられるが、コロナ禍で行っていいものかと悩んだ。保育園が再開した後は、登園自粛を続けるべきかも悩みの種だった。感染のリスクを少しでも下げるために登園を控えたが、臨月が近づくと自分の体がしんどくなって長男の遊び相手ができなくなり、週に数回保育園に通わせることにした。長男の出産のときと比べると早めに産休入りし、体は楽だったはずなのに、次々に湧き上がる答えのない問いと向き合うことが精神的にこたえた。横になっている時間も長かった。

 外出自粛で体力の衰えも感じた。気づけば、ゆっくりしたペースでも10分も歩けば息が上がってしまう。前回の妊娠中は仕事帰りに2、3時間歩いて帰ることもできたのに、「これでは自然分娩なんて無理じゃないか」と、お産への恐怖が募った。

 出産のもう一つの不安は、一人で臨まなければいけないことだった。4月16日の健診のときに、クリニックで立ち会い出産や入院中の家族の面会不可と書かれた貼り紙を見つけた。

 前回の出産では出血が多く、産後数日間起き上がれなくなり、夫が仕事を休んで病室に泊まり込んで身の回りのことをやってくれて乗り切った。だが、今回は一人。産後も前回は沖縄に住む母親が上京し、食事の用意や家事をしてくれたが、今回は東京に来てとはお願いできない。「産後のことを考えても体への負担が少ない出産方法がいい」と思い、妊娠9カ月のときに主治医に無痛分娩にしたいと申し出た。出産費用が18万円プラスになるが、夫も「不安を少しでも取り除くことができるのなら」と賛成してくれた。

 お産の日は突然決まった。妊娠10カ月目に入った健診で、医師から「準備ができているんだったら、今日産もうか」と提案された。

 2日前の健診で子宮口が3センチまで開いていたことに加え、入院グッズを持っていたことも決め手だったかもしれない。陣痛が起きたときに痛みにもだえながら一人で運ぶのはつらすぎると思って、事前にクリニックに預けようと持ってきた。

 在宅勤務中の夫に連絡を入れ、マスクをつけたまま分娩室に入った。背中の下あたりに硬膜外麻酔を打つ。途中お産を進めるために15分ほど麻酔を弱め、その間は痛みがあったが、それ以外は医師や助産師と談笑しながらの出産だった。5カ月間コロナの感染に神経をとがらせて過ごし、ようやく会えたわが子の顔を見て、とにかくほっとしたのを覚えている。夫も産後15分だけ面会が許された。夫はマスクを着用し、さらに雨がっぱのような服を着て入室、汗だくになりながらもうれしそうに赤ちゃんの顔を見つめていた。(構成/編集部・深澤友紀)

※AERA 2020年8月24日号より抜粋

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