大規模な院内感染が相次いで報じられている。背景には、努力では防ぎようのない事情がある。AERA 2020年12月21日号で、8月にクラスターが発生した東京・青梅市立総合病院の院長が語った。
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新型コロナウイルスが猛威を振るう北海道で、院内感染が相次いでいる。旭川市の旭川厚生病院で250人を超える国内最大の院内感染が起きた。同市の吉田病院では200人を超え、自衛隊の看護師が支援に入った。
冬は気温や湿度が下がり、夏より感染リスクが高いとされる。
道内の病院へアドバイスしている感染症コンサルタントの岸田直樹医師(北海道科学大学客員教授)はこう話す。
「コロナ患者でないと思われていた複数の患者の感染が一気に判明したり、職員がウイルスを院内に持ち込んだり、さまざまな要因が絡み、院内感染がメガクラスター化しています」
新型コロナを警戒し、感染症対策を徹底しているはずの病院で、なぜ感染が起こるのか。
「感染症の専門知識を持つ医師も認定看護師もいます。新型コロナが入り込んだとしても、院内感染は防げると思っていました」
今年8月末に院内感染に見舞われた東京都青梅市の青梅市立総合病院の大友建一郎院長(59)はこう振り返った。
多摩地域と西東京の医療を担う同病院は、感染症指定病院でもある。新型コロナ感染患者も受け入れてきた。大友院長は、取材に応じた理由をこう話す。
「院内感染について、地域の基幹病院として住民からお叱りを受けることもありました。職員たちの不安の声も聞きました。何が起こったのかをお話しすべきと考えました」
■入院時のPCRで陰性
院内感染クラスターは、予想外のところからはじまった。
「最初に感染がわかったのは、免疫抑制剤や抗がん剤を使用する内科の入院患者でした。8月26日でした」(大友院長)
多くの病院では、病院に新型コロナを入れることを防ぐため、患者の入院前にPCR検査を行う。同病院も入院時にPCR検査を実施しており、この患者も陰性だった。
「発熱があり、当初はCT検査の結果から熱中症と誤嚥性(ごえんせい)肺炎と診断しました。コロナ感染を疑っていませんでした」
だが、入院1週間後、患者が新型コロナ感染者の濃厚接触者だったことが判明。再度PCR検査を行ったところ、3回目でようやく陽性が判明した。
「問題はそれからでした。患者は自分ではベッドから動けない方で、4人部屋でしたがベッドの距離から考えても患者間の飛沫感染は考えづらい。感染した恐れがあるのは、それまでに患者と接触した看護師や医師ら職員数十人と考え、彼らにPCR検査を行い、14日間自宅待機の措置にしたのです」(同)
適正な対応のはずだった。職員たちは手指消毒を行い、手袋やサージカルマスク、エプロンなど個人防護具をつけて働いていた。患者への感染は考えられないはずだった。
■病棟をまたいで感染
その後、接触した職員のうち1人の陽性が判明。念のため、その職員が接触した同じ病棟の患者を調べると、1人目の患者の同室とその隣の部屋で、合わせて4人の患者の陽性が判明した。9月6日、病院はクラスターを公表した。最初の患者が出て、2週間近くが経っていた。
悪夢はそれでは終わらなかった。隣室で陽性が判明した患者のうち1人は、検査前から断続的に発熱していた。発熱することの珍しくない疾患だったため、コロナとは思わなかったのだ。呼吸困難に陥り、気管挿管も行っていた。
「その際、ウイルスを含んだエアロゾルが周辺に飛び散ったと考えられます。作業にあたった職員たちは、N95マスクまでは身に着けていませんでした」
結局、この病棟では、患者9人、職員15人の計24人が感染した。最初に感染がわかった患者に接触した数十人の職員のうち、感染者はたった1人だったにもかかわらず、だ。
感染は病棟をまたいで広がっていった。9月15日には二つ目の病棟で、10月7日には三つ目の病棟で、同9日には四つ目の病棟でコロナ陽性者が確認され、計69人が感染した。11月6日の緊急事態措置の解除まで、終息に2カ月を要した。
東京都が院内感染者のウイルスのゲノムを調べたところ、元はほぼ同じ株と考えられるという。つまり、たった1人の感染者から広がったということだ。
院内感染の影響は大きかった。一時は救急や予定入院、新規患者も断り、外来は6割に、入院は3割に激減した。
大友院長は、特に想定外だった要因を指摘する。
「無症状感染は確かに怖い。けれども実は、職員が感染していないにも関わらず、衣服や接触などを介してウイルスが広がった可能性は否定できない」
■消毒漏れ起こり得る
第1波最大の院内感染があった永寿総合病院(東京都)でも、厚生労働省のクラスター対策班が職員を通じて院内感染が広がった可能性を指摘している。
なぜ、職員を通じ感染が広がるのか。医療スタッフは、患者に触れるタイミングごとに手指消毒し、患者ごとに手袋を替える。感染症予防のための鉄則だ。
だが、理想を徹底するのは「難しい」と大友院長は話す。
「自力で動けない患者が4人いる病室で、食事の介助をすると、手袋の届かない腕まで患者に触れることもある。患者ごとに手袋を替え、消毒することにはなっていますが、忙しい食事時に腕まで完全に消毒できていたかどうかはわからない」
前出の岸田医師も言う。
「現実はマニュアル通りにはいかない。日本の病院は大部屋が多い。手指衛生の順守率は、優れた病院でも60%程度といわれています」
消毒漏れは起こり得る。職員に疲弊や不安があればなおさらだ。10月に始動した東京iCDC(東京感染症対策センター)は、前述の青梅市立総合病院のほか、これまでクラスターが出た都内の病院10軒ほどに入り、感染経路などを調べている。担当する東京都疫学情報担当課の中坪直樹課長は、こう話す。
「感染が広がり職員にも不安が広がると、適切な防護ができなくなります。防護具の使用法の指導などを丁寧に行っています」
実際、感染を恐れて患者ごとの手袋の着脱ができなくなっているケースもあったが、指導によって改善したという。
一般には、飛沫感染が最も多く、接触感染の可能性は高くないとされている。だが、病院は例外だ。岸田医師は解説する。
「免疫が低下した患者が多くいて、患者と医療スタッフの接触も多い。患者が感染した際の重症化リスクもあがります」
実際、前出の永寿総合病院では、血液内科で感染した患者のうち23人が亡くなった。岸田医師はこう警鐘を鳴らす。
「総合病院のような急性期患者を診る医療機関は、ベッドの回転が早い分、患者の入れ替わりが激しい。無症状者が来る確率も上がります。感染拡大地域での院内感染は必ずしも医療機関の気の緩みというわけではなく、もう個々の努力では対応が難しいということです」
新型コロナウイルス対策の基本は、感染初期から変わらない。早期発見、早期隔離、早期治療の徹底が改めて問われている。(ライター・井上由紀子)
※AERA 2020年12月21日号