高級バターが静かなブームだ。なめらかな口溶け、豊かな香りと深いコク、そして広がるミルク感。おうち時間に幸せを運ぶ、高級バター18種を紹介する。
* * *
コロナ禍では、スーパーの店頭からさまざまなものが姿を消した。ステイホームで、時短ならぬ、手間も時間もかかる「時長調理」がブームとなり、家でパンやお菓子を焼く人が激増。小麦粉と一緒にバターのコーナーも、あっという間にガランとなった。
金融機関に勤める50代のシングル男性の朝食の楽しみは、トーストにバターをしたたるほど塗って食べること。だが、切らしたバターを買いに行ったいつものスーパーで待っていたのは、ぽっかり空いたバターの棚と、「入荷の予定はありません」という無情の案内。青くなってほかのスーパーやコンビニを回ったものの見つからず、最後にたどり着いた高級スーパーで、フランス産のお高い発酵バターを、しぶしぶ購入したという。だが、これが美味しかった。
「量を考えると、5~6倍はする値段にひるんだものの、初めて経験した高級バターの繊細な味わいのトリコに。もう元のスーパーのバターには戻れない体になりました」
実は高級バター人気は、数年前からジワジワ広がっている。パンやお菓子作りの材料や器具などを扱う「TOMIZ(富澤商店)」で通販サイトを担当する長尾絢乃さんはこう話す。
「品不足になるほどの本格的なブームは巣ごもり需要が始まった今年に入ってからですが、1~2年前から高級バターの人気は高まっていました。弊社でも30~50点のバターを揃えていますが、ほかにも高級バターを買える食材店やサイトが増えています」
実は長尾さんは、2018年にバラエティー番組「マツコの知らない世界」の「バターの世界」にも登場したバターマニア。畜産系大学を卒業後、就職した観光牧場で手作りバター体験のコーナーを担当。もともと大の乳製品好きだったが、そこでバター愛が爆発。今では日本屈指のバターマニアとして知られるようになった。
そんな長尾さんに、まずは高級バタービギナー向けのバター基礎知識を伝授してもらった。種類は大きく2種類。発酵バターと非発酵バターだ。
「簡単に言うと、生クリームを攪拌することで乳脂肪が固まってできるのがバター。その工程で乳酸菌を加えて発酵させるのが、発酵バターです。フランス産のバターのほとんどは発酵バター。一方、日本で一般的にバターと呼ばれるものは、非発酵バターです」(長尾さん)
クセのない味わいの非発酵バターに比べて、発酵バターの特徴は、発酵というひと手間が生む、独特なコクと香り。
「焼きたてのクロワッサンからフワ~と立ちのぼるバターの香り。あの奥行きのある香りが、発酵バターの香りと言いますか……表現が上手じゃなくてすみません(笑)」(同)
いえいえ、長尾さんのお言葉に、ダイエットで断っていたクロワッサンのことで頭がいっぱいに。パン屋に走る準備を始めたところです。その前に、とにかく話を先に進めねば。
もうひとつ、バターは「有塩」「無塩」に分けられる。パンに塗るなどしてそのまま食べるときは有塩を、料理やパン作りなどに使うときは無塩を選ぶのがいいそうだ。
ほかにも、バターの味わいは「乳」を出す牛の生活によっても大きく変わるらしい。例えば、寒いところで育った牛は脂肪を蓄えるため、脂肪分の高い牛乳となり、脂肪分の高いバターが生まれるという。
中でも牛がユニークな育ち方をしていることで生まれたバターが、最近よく聞く「グラスフェッドバター」だ。grass=草、fed=えさ(を与えられた)という名の通り、自然に近い環境で、草だけを食べて育った牛の乳から作られたバターのこと。不飽和脂肪酸の多いヘルシー系のバターとして知られ、数年前からブームになっている米国発の「バターコーヒーダイエット」に使う人も多いという。
「グラスフェッドバターは日本でもごくわずかですが作られていて、例えば岩手県のなかほら牧場は、牛が野山を自由に歩き回って生活していることで知られます。その牛乳のバターは、野草のカロテンを多く含み、色も驚くほど黄色いんですよ」
さらに牛が食べる牧草の種類や牧草の育ちぶりによっても、バターの味わいは微妙に変わるという。テロワール(土壌)はワインの味を決める重要な要素として知られるが、バターについても同じことがいえるのだ。
まだ品薄が続くバターのなかでも、比較的手に入れやすいものを片っ端から購入して、試してみた。いわゆる「高級バター」というくくりで集めたが、なかにはそれほど高くないものもある。富澤商店、デパ地下の食品売り場、また紀ノ国屋や成城石井のような高級系スーパー、カルディコーヒーファームなどの輸入食材を多く扱う店でも購入可能だ。
ネットショップでも国内外の高級バターは充実している。長尾さんが担当する富澤商店のネットショップのほか、フランス直輸入をうたうネットショップも。今の時期、リアル店舗でのバターの購入は、ダッシュで帰宅が原則となるので、値段は上がるが、クール便での宅配がいいかも。
長尾さんが、高級バターの入門編としておすすめするのは、最近はスーパーなどでも手軽に入手できるようになったというよつ葉乳業のバター。また「素材と伝統的な作り方にこだわったバターで、パンにのせたときにもミルクの香りを感じる」というフランス産のラヴィエットや、「寒冷地で作られるバターが多いなか、九州で作られた独特の味わいをぜひ」と、高千穂発酵バターなどもお好みだという。
バターの世界は、意外にディープな沼。必ずやハマる世界へ、ようこそ!
(ライター・福光恵)
※AERA 2020年7月27日号
外部リンク