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31歳の会社員、みつ子(のん)は、おひとりさまライフを満喫中。楽しく生きられるのは、脳内に頼れる相談相手、Aがいるからだ。
綿矢りさ(以下、綿矢):Aのような存在は、私のなかにもいるのですが、みつ子のAは少し違って、彼女の「理性」のような存在。みつ子を叱咤激励するような気持ちで描いていました。
大九明子(以下、大九):小説を読んだときに、みつ子がAのことを他人事のように語っているのが面白くて、そこは丁寧に描きたいと思いました。Aはみつ子の理性ではもちろんあるのですが、みつ子が認めている別人格として描いていこう、と。とくにお互いを傷つけ合うシーンは、徹底して、普段は他人には言えない言葉をぶつけ合おうと思っていました。
「本当は言いたかったけれど、そのときは言えなかった言葉」というものが、私のなかにもあって、雨露のようにたまっている。そうした言葉は作品のなかに忍ばせています。特に綿矢文学には、それを忍ばせやすい。洗練された切れ味のいい言葉は、読者の誰もが自分の言葉のように感じられるもので、そこに感情をのせることで、気持ちを吐き出せるようになるんです。なので、綿矢さんの作品を映画化するときは、主人公が小説よりもちょっと乱暴になってしまっているかもしれないですね。
■価値観は譲れない
綿矢:確かに、威勢がよくなっているかもしれないですね。今回はのんさんが演じてくださったことで、そこにイノセントな雰囲気が加わり、みつ子がより魅力的になった気がします。
のん:みつ子を演じるにあたり、監督にいくつか質問をしてみたんです。そのなかで、一つ手がかりになったのが年齢に関するものでした。みつ子は30歳になる前は焦っていたけれど、いざ超えてみるとなんてことなくて、なんてことのない境地でぬるま湯につかって楽しんでいたら、久しぶりの恋で慌てている、といったことを監督がおっしゃっていて。その言葉を聞いて、「そういうことなんだ」と。
一方で、みつ子にとって深刻な“心の闇”も描かれる。一人旅の途中に立ち寄った温泉施設で、ある女性芸人の姿を見て胸が苦しくなり、感情を爆発させる。大九監督が映画化するにあたり、新たに加えたシーンだ。
綿矢:他人から見れば、簡単に乗り越えられそうなことも、みつ子にとっては本当に難しいんだな、というのが伝わってきました。自分が大切にする価値観は譲れない、というのはみつ子のいいところでもあるけれど、同時に弱さでもある。観ていて、「頑張れ、頑張れ」と。
のん:涙を流さなければいけなかったのですが、涙を流すのがあまり得意ではないので、気合を入れて演じました。温泉施設でのシーンは共感できる部分が多く、絶対にいいシーンにしたいな、と思っていました。
大九:みつ子が抱える闇の部分を描くうえで、小説とは違う、自分なりのアプローチはなんだろうと考え、思い出したのが“女性芸人に向けられる周囲の視線”です。芸人は人を笑わせるのが仕事なのに、そこに「女性」とつくだけで、見えない重しがのってしまう。私自身、鬱々とした思いがあったので、吐き出したいと思いました。
のん:私は、「怒り」が一番素直な感情で、喜びを見せたり、楽しそうにしているのを見せたりするよりも演じやすい、と感じています。“扱いにくい怒り”というのももちろんあるのですが、怒りはガソリンにしやすい。即効性があって、燃料にしやすい感情なんです。
■気合入れて「行けー!」
綿矢の小説には、日常ではなかなか口に出すことのない言葉が多く登場する。「私をくいとめて」という表現もそうだ。
のん:せりふ自体が力強いですし、小説のなかで成立しているすてきな言葉なので、口にするには勇気がいりました。なので、「そこまで持っていくのか」というくらいに、気合を入れ、テンションを上げ、「行けー!」という気持ちで飛び込みました。
綿矢:みつ子の“悲鳴”のような気持ちで書いていた言葉です。とても自然なせりふに聞こえました。確かに「くいとめて」という言葉はなかなか口にしないので、私も文字としては書くけれど、せりふにしていただけるとは思っていなかったです(笑)。大九監督は少し硬いせりふも現代的なやりとりのなかで表現してくださると感じています。
のん:タイトルにもなっている、素晴らしい言葉なので、自分が台無しにしてしまうのではないか、という恐れもありました。あのような“鋭い言葉”は、どのようにして生まれるのですか。
綿矢:最初の段階で書いているのは普段使っているような言葉なのですが、2回、3回と見直すなかで、少しずつ日常の言葉から離れていく。単語を置き換えていくと、元の意味とは一緒だけれど、少し工夫したような言葉になるんです。今回は「助けて」というような言葉を、違う言葉で伝えたいという気持ちがありました。映画でも、もう1、2段階と発想を飛ばしていくために、工夫されていることって、きっとありますよね。
のん:映画でしか観られないものってありますし、演技で何かを残したいという気持ちがあるので、役に対して薄っぺらい解釈をしたくないな、という気持ちはあります。
のん/1993年7月13日生まれ、兵庫県出身。俳優、創作あーちすと。主な出演作に、声の出演となる「この世界の(さらにいくつもの)片隅に」(2019)、「星屑の町」(20)など
綿矢りさ(わたや・りさ)/1984年生まれ、京都府出身。2001年、『インストール』で第38回文藝賞、04年『蹴りたい背中』で第130回芥川賞を受賞。『勝手にふるえてろ』『憤死』など著作多数
大九明子(おおく・あきこ)/横浜市出身。主な作品に、「恋するマドリ」(2007)、第30回東京国際映画祭コンペティション部門・観客賞「勝手にふるえてろ」(17)、「甘いお酒でうがい」(20)など
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(ライター・古谷ゆう子)
※AERA 2020年12月14日号