80代の親がひきこもる50代の子どもを支える「8050問題」。その背景には、「毒親問題」が潜んでいることがある。AERA 2020年10月19日号では、いままであまり語られてこなかった母と息子の問題について、ノンフィクション作家・黒川祥子氏が迫った。
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取材に現れた男性(38)は真夏にもかかわらず、長袖のカッターシャツ姿。対面するや、「母親が過保護・過干渉。物心がついた時から、母親がずっとそばにいて、先回りして何でもやっていた」と口火を切った。
大企業に勤める父と専業主婦の母、3歳上の姉との4人家族。母親の過干渉は、息子のみに向けられた。自分の中でやりたい欲求が生まれても、「お母さんはあなたを愛しているから、やってあげたいの」と遮られる。されるがままでいると「いい子ね」と褒められた。その結果、何もできない人間になった。
「幼稚園の頃から人と話すとか、何かをするのがすごく怖くて基本、何もしない子でした。それでいじめを受けたことも……」
父親は家庭に無関心。助けを求めても「黙って、母親の言うことを聞いていればいい」。
母親は気分次第で、いきなり叱責してくることも多々あった。
「おまえはいつまでも、なんで、自分でできないの!」
「じゃ、自分でやるよ」
「お母さんはしてあげたいの! お母さんの愛情をわかってくれない、なんてダメな子なの!」
矛盾したメッセージに子どもは振り回される。問答の挙句に行き着くのは、人格の全面否定。
「おまえはバカで、恥ずかしい子だから、親の言うことを聞いてればいいの。私が恥をかくから、何もやらせない」
思春期、日記だろうがなんだろうが、母親が気に入らないものは勝手に捨てられた。洋服も、母親の好みが押し付けられ、着ないと言えば、「せっかく、買ってきたのに」と泣き落とし。
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■バカにすんじゃねえ
「全部、親がレールを敷いていた感じ。でも、どんなレールかは言わない。『黙って、親の言うことを聞いていればいいんだ』ってだけ。訳がわからない」
男性は22歳の時、ひきこもりの支援施設へ入所した。
「生きる知恵がない。コミュニケーション能力もない。こんな人間がどう社会で生きていけるかと、自分で入所しました」
面会のたびに母親は手作り弁当を持参し、洋服を買ってきた。拒否すれば、激昂した。
「おまえは、親の心がわからないダメ人間だ! 親の言うことを聞け! 黙って、言われた通りにすればいいんだ!」
敷かれたレールが何かもわからぬまま、「親の言うことを聞かないから」と35歳で突然、実家への立ち入りを禁止された。
以降、男性は運送業や警備員など「人と関わらずに済む」仕事をして一人で生きている。今、はっきりと思うことがある。
「ああ、オレは、親に潰(つぶ)されてきたんだ。すべてを否定されて」
不意にフラッシュバックが起こり、怒りがこみ上げる。
「オレをバカにすんじゃねえ!」
度し難い感情を抑えるため、腕を噛む。袖をまくり見せてくれた両腕には、5センチ四方ほどの真っ黒な傷痕。これこそ、母親に全否定され、歪められた人生への怒りそのものだった。
この国の水面下に、「毒母」に苦しむ男性が相当いることは間違いない。(ノンフィクション作家・黒川祥子)
※AERA 2020年10月19日号より抜粋
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