現役高校生が休校による学習遅れを取り戻そうとする中、各大学が「配慮」を公表。個別試験中止を早々に決めた大学もある。コロナ禍の受験対策で、いま何が起こっているのか。 「現役進学に強い高校」を特集したAERA 2020年8月31日号から。
目次
- 大学の「配慮」バラつき
- 横国大「苦渋の決断」
- 早慶などは狙い目か
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8月半ば、酷暑の昼下がり。東京都立目黒高校ではマスク姿の3年生が過去問と格闘していた。教師が生徒たちの解答を覗き込みながら声をかける。
「おっと、問3にはみんな引っかかってるな。典型的な引っかけ問題だから、今日のうちにしっかり頭に叩き込んでね」
コロナ禍による休校の影響で、同校の夏休みは例年より3週間短くなった。2週間の休みの間も3年生のほとんどは毎日補習を受け、最後の週末は模試というハードスケジュールだ。進路指導部主任の鎌田邦広主幹教諭は「今年の3年生は特に大変。もう開き直るしかない」と苦笑し、こう続ける。
「生徒たちには『毎年夏休みでリズムを乱してしまう生徒がいるけれど、君たちは乱れようがないじゃないか』と励ましています」
■大学の「配慮」バラつき
休校中はオンライン授業を実施したが、理解度やモチベーションに差がついてしまったという。いまは遅れ気味な生徒のサポートと、情報提供や声がけで不安払拭に努める毎日だ。
「進度の速い私立校や公立トップ校は大した影響はないでしょうが、当校のような中堅校は、苦慮しています」(鎌田教諭)
そんな中、休校中の学習遅れに対する各大学の「配慮」の内容が、明らかになった。
7月末時点で、学部入試がある国立の全82大学と、規模の大きい公立7大学、私立13大学の計102大学を対象に朝日新聞が調査。
対応には濃淡があり、「発展的内容を出さない」としたのは国立では帯広畜産大や茨城大、岡山大、私立では関西学院大など12大学。「解答する問題を選べるよう選択問題を設ける」のは、いずれも国立の室蘭工業大、山口大だ。「発展的内容を出す場合に補足説明を付ける」としたのは国立の北海道大、名古屋大、九州大、私立では上智大、東京理科大、中央大など31大学。逆に東京大や京都大、早稲田大、慶應義塾大などは「出題範囲に変更なし」とした。
前出の目黒高校3年の女子生徒(18)は、第1志望の埼玉大が「発展問題を出さない」としたことに胸を撫で下ろした。
「過去問も教科書の範囲内だったので驚きはないですが、『出さない』とはっきりしたのでほっとしました」(女子生徒)
河合塾教育情報部長の富沢弘和さんは、各大学の配慮によって次年度の入試が例年と比べて大きく変わるわけではないと指摘する。
「地方の国公立大はもともと発展問題の出題は多くはありませんでしたし、旧帝大クラスの出題も基礎知識をベースに考えれば解答できるものや補足説明などの配慮がありました。文部科学省が今回、配慮を要請したので、各大学も従来の対応を改めて明示し『要請に応えた』という形をとったのでしょう」
■横国大「苦渋の決断」
一方、受験関係者に衝撃が走ったのが横浜国立大の「受験生を会場に集めての個別学力検査は実施しない」という決定だ。同大によれば、例年約7500人の出願者のうち5千人が県外から出願してくる。県を越える移動によって受験生本人だけでなく地元の家族にも感染を広げる危険を回避するための「苦渋の決断だった」という。
具体的には経済学部、経営学部、理工学部、都市科学部では個別試験で予定していた科目を共通テストの成績で代替する。例えば経済学部の前期試験の場合、共通テスト900点、個別試験は数学と外国語それぞれ400点ずつで合否を決める予定だったが、共通テストの数学と外国語各200点満点を各600点満点に換算し、個別試験の代わりとする。
集団面接や小論文、実技などを予定していた教育学部の個別試験は、レポートや実技の写真・動画の提出などで代替する。
東日本大震災が起きた2011年や、新型コロナウイルス感染が拡大していた今年3月の北海道で、急遽、後期試験を取りやめセンター試験の結果のみで合否判定するケースはあった。しかし、今回の横国大の決定は、入試の半年以上も前。その理由について同大はこう説明する。
「東日本大震災の時と違うのは今から準備ができる点。前もって決定することで、受験生は今後コロナの感染状況が変化しようと本学の選抜方法は変更されないという安心感が持てる。その分集中して勉強できることが最も重要だと考えた」(同大学務部入試課)
前出の富沢さんをはじめ、受験関係者からは個別試験で数学IIIまで範囲としていた理工学部でさえ、数学II・数学Bまでしか含まない共通テストで代替することに懸念の声もあがる。その点について同大は「学内でも多くの議論があったが、(数IIIの能力測定のために)受験生の安心・安全を後回しにはできない」と強調。入試で担保できない部分については入学後の補習などで対応する方針だ。
■早慶などは狙い目か
受験生や高校・予備校の現場には動揺も広がる。
「横国のボーダーラインはまず上がると考えられます」
そう話すのは同大に進学する生徒が多い神奈川県立横浜翠嵐高校の進路指導担当、青木健総括教諭だ。
「横国が第1志望の生徒は、共通テスト対策に専念したいでしょうが、併願する私大や共通テストをしくじった時の他大への乗り換えを考えると悩ましい」
同校では例年、東大や東工大、一橋大を狙いながらセンター試験で思うように得点できなかった場合の次善策として、同大に志望を変える生徒もいた。
「今回、横国がそうした生徒たちの受け皿になり得ないかもしれない。問題はボーダーラインがどのくらい上がるかですが、秋以降の模試で受験者全体の動向を見極めないとなんとも言えません」(青木教諭)
感染状況いかんによっては、横国に追随する大学が出てこないとも限らない。その場合、志望動向全体を予測するのは極めて難しくなるだろう。
今回の受験は感染リスクや将来の経済不安から、地方の受験生の地元志向が強まっていると言われる。前出の目黒高校の鎌田教諭は、首都圏の感染者が今後増えるようなことになれば、地元志向に拍車がかかり、早慶MARCHクラスの志望者は減るのではないかと見る。
「だとすれば逆に狙い目になる。生徒にはちょっとでも可能性があるならチャレンジするよう勧めています」(鎌田教諭)
(編集部・石臥薫子)
※AERA 2020年8月31日号より抜粋
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