仕事が終わり、自宅でゆったりと過ごす時間。好きな酒を飲みながら本……が読めない、という人はいませんか。飲酒と読書を両立し、人生を豊かにする方法を探りました。AERA 2021年1月11日号に掲載された記事を紹介する。
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「何とか両立できないのかな」
ビールの空き缶が転がるテーブルの上に「積読」された本。酔うことは至福だが、読みたい本も山ほど。手を伸ばして読んでみる。だめだ、頭に入らない。
ビール党の筆者はほぼ毎晩、飲む。つまみを食べながら、350ミリ缶を3、4本。締めのご飯ものや麺類も必ずとる。しかし私の場合、お酒を少しでも飲むと、文字が追えない。飲んだ後も酔いが抜けるまでの数時間、読めない。つまり1日の4分の1ほどは「起きてるのに読めない」時間なのだ。
作家の佐藤優さんは50代を迎えたとき、人生の残り時間で読める本を考え、お酒をやめる決断をしたと著書で書いている。すごくわかる。しかし、それも何だか悔しい。他の酒飲みたちはどうしているのか。悪あがきしてみたくて、取材を始めた。
「お酒を飲みながら本を読むのは無理、が私の結論です」
いきなり身も蓋もない話をしてくれたのは、フォークシンガーで翻訳家としても知られる中川五郎さん(71)だ。
中川さんは30代の頃から、後に自ら翻訳を手掛ける米国の作家チャールズ・ブコウスキーに影響を受け、グラスを傾けながら読んだり、酒を浴びるように飲みつつ文章を書いたりする「飲んだくれ作家」のスタイルに強い憧れがあった。しかし、何度試してもうまくいかない。
もともと酒に強く、飲むピッチも速い。ワインならグラス3杯目くらいから、お酒だけにどうしても心を奪われてしまう。
「シンガーとして、ステージで自分の中にある物を外に出す場合は、お酒がプラスに働くこともある。でも読書など自分の中に大事なものを取り入れていく作業は、お酒が入るとまったくだめなことに気づいたんです」
いまでもほぼ毎晩、飲む。ワインならボトル1本。しかし、「お酒に手を出すことは、もうその日は本を読んだり書いたりを放棄すること。早めに寝て、翌朝早く起きてやりたいことをやることにしてます」。
■著者と一緒に飲む感覚
一方で、「飲みながら読めますよ」という人もいる。弁護士の山口元一さん(55)は、ひと晩でワインボトル1本半、ウイスキーならボトル半分を空ける。平日は仕事の傍ら打ち込む中距離走のトレーニングに支障が出るので飲むのは金、土、日だが、「大酒飲み」の自覚はある。
「飲むピッチも速いんです。1、2時間で飲んでしまう」
さらに「お酒はほぼ例外なく、本を読みながら飲みます」とも。信じがたいが、ある言葉で腑に落ちる気がした。
「著者と一緒に酒を飲んでる感じなんですよね」
仕事が終わった。そういえばきょうは月の第1金曜日、米国の雇用統計が発表される日だ。コロナで経済めちゃくちゃだけど、リーマン・ショックの時はどうだったか、当時の財務長官ティモシー(F・ガイトナー)さんに聞いてみよう……。そんな感じでたとえば『ガイトナー回顧録』を手に取り、飲み始める。
「著者に教わりながら、グラスを傾ける。これが楽しいんです」
その夜、試してみた。山口さんは「飲まずに読む方がいいに決まってます」と笑うが、「著者と飲む」という意識が「読める」カギかも、と思ったのだ。村上春樹のエッセー『遠い太鼓』を選び、ビールを飲みながら読む。気のせいかもしれないが、いつもより文字が追えた。1時間で3分の1ほど読み進む。飲むとまったく読めない私にとって初めての体験だ。よし。これも両立への小さな一歩かもしれない。
ただ、飲んでも読めるがこのやり方には否定的、な人もいた。
「私は、飲みながら本を読むことはしないですね」
こう話すのは、書評家の豊崎由美さん(59)だ。
「その本の世界にせっかくチューニングが合っているのに、飲む行為でチューニングがずれてしまう。それが嫌なんです」
ほぼ毎日、ソーダ割りでバーボンをボトル3分の1ほど空けるという豊崎さん。では、読書とどう両立させているのか。飲み始めるのは仕事を終えた夜7時ごろ。つまみを食べながらちょびちょびと、23時か24時くらいまで飲み続ける。そのあと寝るまでの間、寝転がって2時間ほど読書。何とまったく問題なく読めるという。なぜそんなことが? の問いには即答だった。
「ゆっくり飲むことです。そこ大事。いろんな人と飲んでいても、飲むピッチが速い人の泥酔率ってすごく高いですよ」
試してみた。いつもは50分ほどで飲み終えていた筆者。3時間ほどかけてゆっくりとビールを飲むと、たしかに酔い方が緩やか。本も少し読めた。なるほど! これも小さな一歩だ。
■チョコと緑茶の効き目
ただバーボンやワインならいいが、ビールを「ゆっくり」はちとつらい。よし、次は専門家だ。相談したのは栗原クリニック東京・日本橋院長で肝臓専門医の栗原毅さん(69)。「なかなか斬新な質問。難題ですね」と当惑しながらも、「秘策」をねり出してくださった。カギは、チョコレートと緑茶だ。
糖質を含むビール、ワイン、日本酒など醸造酒を飲む人はとくに、またウイスキーなど蒸留酒を飲む人でも、飲むと食事でつい糖質を多くとりがち。カカオ成分70%以上のチョコは食物繊維が豊富で糖質の吸収を遅らせ、緑茶のカテキンは血糖値の急上昇を抑えてくれる。飲み始める前にこの二つをとることが「読書との両立」に有効だと栗原医師は言う。
「チョコは一かけ(5グラム)を2枚、緑茶は200ccが目安です」
糖質の吸収が速いと、急激に血糖値が上がって眠くなる。また、肝臓に中性脂肪が過剰にたまる「脂肪肝」は酒飲みにリスクが高いが、実はアルコールより糖質が大きな原因だ。肝機能が低下すればアルコールを分解する力が落ち、読書との両立どころではなくなってしまう。
つまみはたんぱく質をしっかり。たんぱく質には脂肪を燃やして内臓脂肪を落とす働きがあり、糖質の吸収を遅らせる。「食べて飲む」ことでアルコールの吸収を遅らせることもできる。麺類など締めの糖質はとらないに越したことはないが、どうしても食べたければいつもの3分の2ほどで。そしてここで再び登場、チョコだ。
「食べる前に、糖質の吸収を遅らせるためにチョコを2枚食べましょう。そのあと、ゆっくりよく噛んで締めのラーメンやご飯を」(栗原医師)
飲み終えたら、読書の前にまたチョコを1枚と緑茶だ。緑茶にはカフェインも入っているので、睡眠への影響も考え、ここは100ccでOKだ。
■それって「酒に失礼?」
3晩続けて試してみた。栗原医師によると「ビールは1缶飲んだら、糖質を含まない焼酎やジンなどに変えるのが理想」とのことだったが、変化を見るためにいつも通りビール3缶で。他は忠実に守った。
わずか3日の「実験」ではある。ただ、体はいつも通り酔っているのに、頭だけさえている不思議な感覚があった。本もいつもより読めた、気がする。効果のある方法だと思いたい。継続して試してみよう。よし、これで何とか光が見えてきたゾ。
と、ここで原稿を終えるのが本当はいいのかもしれない。が、どうしても心に引っかかる言葉がある。「何か工夫できないですかね?」。取材でそうしつこく繰り返す私に、前出の中川さんはこう話してくれた。
「僕としては、読書のために何とか酔いを減らそうと考えることは、お酒に失礼な行為。そういう方法があっても、選択したくないですかね」
中川さんにとって、お酒も読書もかけがえのないもの。どちらかをどちらかのために抑制するという発想はしない。自分なりに、それぞれの時間を最大限楽しみたい。そう言うのだ。
これも刺さった。中川さんはチョコレート、試さないだろうな。うーむ、どうすべきか思案のしどころだ……って結局、今年も悩みの無限ループかよ。(編集部・小長光哲郎)
※AERA 2021年1月11日号
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