米大統領候補の第1回テレビ討論会の評価は低調だ。さらにトランプ大統領に新型コロナ陽性反応が出た。投開票日を含め、米国内は混乱に陥る可能性もある。AERA 2020年10月12日号では、前代未聞となったテレビ討論会を取り上げた。
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「こんなに暗い時代なのに、米国にとってなんという無駄だ」
政治ジャーナリスト、エロール・ルイス氏はニューヨークのニュース専門局「NY1」に出演し、こう嘆いた。9月29日に開かれた大統領候補によるテレビ討論会を見た直後だ。
90分にわたる討論会は、最初のわずか10分で異常さを帯びた。共和党候補のトランプ大統領が、民主党候補のジョー・バイデン前副大統領を「ジョー」と呼び捨てにし、バイデン氏の発言中も割り込んだためだ。トランプ支持者に「大統領らしい」と思わせる強い態度を貫く戦略であることは、明らかだった。
バイデン氏は、政治家として失言があることで有名で、予備選挙の討論会では攻撃されると言葉が出てこなくなる場面が目立ったのが懸念材料だった。しかし、失言や吃音(きつおん)はなかったものの、トランプ氏の攻撃に対し、「道化師」「うそつき」と、現職大統領に言い返し、「泥仕合」となった。
つまり、本来は政策の違いなどを有権者に訴えるための討論会が、「言い合い」に終わってしまった。「討論」が不可能な状況をトランプ氏が作ったのは明らかだった。
■「くそったれショー」
米国人は、これをどう見たのか。トランプ氏の「討論」での振る舞いを表す言葉は「いじめ」「子どもっぽい」「無礼」と厳しい。バイデン氏については「弱々しい」「大統領らしい」「かわいそう」と反応は分かれた。討論会全体については「大混乱」「くそったれショー(転じて最低の出来事)」などの言葉が挙がった。政治ニュース専門サイト「アクシオス」と調査会社サーベイモンキーが討論会後に、米成人2618人に対して行った調査結果だ。
トランプ氏の言動が期待より悪かったと答えた人が39%だったのに対し、バイデン氏は13%。また、37%の民主党員が怒って途中で討論会を見るのをやめたと答えた。無党派層では24%だったが、共和党員は9%にとどまった。トランプ氏の常軌を逸した言動にかかわらず、共和党員の多くが最後まで討論会を見たことが分かる。
■白人至上主義を拒まず
米メディアは、混乱ぶりをこき下ろした。
「民主党員も共和党員も、それぞれの候補が勝つと納得できる内容ではなかった。あと2回ある討論会を多くの米国人が熱心に見るとは信じがたい」(アクシオス)
「トランプの妨害が1回目の討論を混乱に」(米紙ニューヨーク・タイムズ1面)
「ひどい!」(保守系タブロイド紙ニューヨーク・ポスト1面)
その上、内容が前代未聞だったにもかかわらず、トランプ氏の二つの発言が、全米の市民や選挙関係者、警察などに不安と恐怖を引き起こした。第1に白人至上主義を否定しなかったことと、第2にトランプ氏が敗北したとしても選挙結果を受け入れないと表明したことだ。以下はそのやりとりだ。
司会者「(極右の)白人至上主義者と武装グループを批判するお気持ちはありますか」
トランプ氏「私が見る限りほぼ全ての(暴力)行為は、左派からだ。右派からではない。私に誰を非難しろというんだ」
バイデン氏「プラウド・ボーイズ(注:米国で最もよく知られた、ヘイトグループ)では」
トランプ氏「プラウド・ボーイズ、一歩下がって、待機せよ。なぜなら誰かがアンティファ(注:反ファシズムのグループ)など左派に対抗しないといけないからだ」
プラウド・ボーイズは2016年創立の「西部の熱狂的愛国主義者」を自称する男性組織。米名誉毀損防止同盟(ADL)によると、女性・イスラム教徒・移民・LGBTへの差別を容認する。関係者は性的暴行を支持し、暴力犯罪で有罪判決を受けたメンバーもいる。
プラウド・ボーイズや一部のトランプ支持者は、「下がって、待機せよ」というトランプ氏の発言がグループへの支持を示したものだと捉えた。アクシオスによると、プラウド・ボーイズ幹部のジョー・ビッグズ氏は、保守系ブログにこう書いた。
「トランプ大統領は、誰かが左派グループ、アンティファに対応しなければならないため、プラウド・ボーイズに待機せよと命令した……はい、サー! 私たちは準備ができています。トランプ氏は基本的に彼らを消せと命令した。うれしくてなりません」
もう一つのトランプ氏の問題発言は以下だ。
「何カ月も(大統領選挙の)結果が判明しないかもしれない。なぜなら投票用紙があちこちに散らばっているからだ……詐欺だし、恥ずべきことだ……八百長の選挙だからだ」
■投票の再集計を意図か
この「何カ月」という部分に米メディアが反応した。トランプ氏は、新型コロナウイルスの感染を恐れる有権者が行う郵便投票の用紙を民主党がだまし取ると繰り返し主張している。米メディアは、11月3日の投開票日の結果でたとえ大敗しても、トランプ氏が激戦州で投票用紙の再集計を実施させる意図があると捉えた。
米大統領選は近年、大半が投票締め切りから数時間後の開票結果に基づき、メディアが「当確」を打ち、敗北した候補者は、敗北を認める演説をするのが常だった。それが今年は実現しない可能性が浮上してきた。
犯罪や国家安全保障の専門家らは一斉に、投開票日の投票所の安全と、投開票日後の暴動を含む治安の悪化を懸念する発言を始めた。
八百長選挙というトランプ氏のメッセージを受けたトランプ支持者や右派グループが自主的に投票所の「監視」を行う可能性が出てきたためだ。投票所ごとに配置された公式な共和・民主党の監視員とは別の市民であり、特に銃の持ち歩きが許されている州で、銃器を持ち込んでくるのは容易に予測できる。「監視」だけにとどまらず、銃保有の反対派や、白人以外のマイノリティーに対し、投票妨害さえ起こしかねない。
各地の警察は、すでに投開票日後の選挙結果をめぐる右派と左派の対立や暴動に備え、警官の訓練などを進めている。しかし、投開票日当日の投票所の警備は予定されていなかった。(ジャーナリスト・津山恵子(ニューヨーク))
※AERA 2020年10月12日号より抜粋
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