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子どものウンチのにおいが今もわからない 新型コロナに3月に感染した記者が語る

2020年8月21日 15:00 AERA/photo・gettyimages

 もし、新型コロナウイルスに感染したら─―。世界中で猛威をふるい続けるこの病気に、朝日新聞国際報道部の記者、今村優莉さん(38)がかかった。小中学生向けのニュース月刊誌「ジュニアエラ」9月号では、今村さんがそのときの経験についてつづった。

*  *  *
 新型コロナの感染が世界で最初に広がったのは、中国の武漢という街です。朝日新聞記者の私は1月から、東京から国際電話などを使ってそこに住む人たちに取材していました。それもあってウイルスの怖さを強く感じ、2月ごろから直接人に会う取材や、大人数でごはんを食べることは避けていました。外に出るときはマスクをし、手もひんぱんに洗っていました。

 それでも、感染しました。どこでうつったのか、今もわかりません。

 最初におかしいと思ったのは3月28日。コーヒーを「お湯っぽい」と感じ、エッセンシャルオイルのラベンダーの香りもわかりませんでした。熱やせきはなく、東京都の新型コロナの相談窓口からは「感染の疑いは低い」と言われました。しかし、3日後から倦怠感が始まり、体に力が入らず、立ちあがるのもつらく、歩くと少し息切れしました。続いて、体の内側からたくさんの針に刺されているような痛みに襲われました。横になっていても痛く、ゆっくり寝ることもできませんでした。頭痛と下痢もありました。

 保健所に相談すると「病院でみてもらって」と言われましたが、三つの病院から受診を断られました。再び保健所に訴え、ようやくPCR検査を受けることができました。保健所への電話はなかなかつながらず、100回以上かけたこともありました。

●息子の小さな指を「うつっちゃうから」とひじで押し戻した


 でも、自分の症状より大変だったのは、家族にうつさないように「隔離」することでした。当時、夫は職場から出勤しないように言われ、3歳と1歳の子どもも保育園に預けないようにしました。私は家の中の一室にこもりましたが、子どもたちはわけがわからず、突然姿を見せなくなった私をずっと捜し続けました。私がトイレに行こうと部屋を出ると、2人は「見つけた!」と抱きつこうとし、パパが大急ぎでおさえました。

 部屋に戻ってドアを閉めようとすると、次男は自分の指をドアの隙間に挟んできました。「うつっちゃうからダメ」と言って、その小さな指をひじで押し戻しました。「ママは病気なんだよ」とパパから聞いた長男は、ドア越しに「キスしていいよ」とせがみました。風邪をひいた子どもに母親がキスをする、ユーチューブの動画を覚えていたのです。

 新型コロナにかかると、目の前で母を求める我が子に、キスどころか触ることもできないのです。私は申し訳ない気持ちで、ドアを内側から押さえました。

 みなさんは「エルボーバンプ」を知っていますか。握手やハグの代わりに、ひじをコツンと突き合わせるあいさつです。長男に教え、部屋から出るときに繰り返しました。数日たつと長男は「今日はママとエルボーバンプしたから大丈夫」と言うようになりましたが、次男は意味がわからず、泣きっぱなしでした。

●子どものウンチのにおいがわからない後遺症


 PCR検査で陽性が確認されても、「ベッドがいっぱい」との理由で最初は入院できず、自宅での隔離生活は10日続きました。  入院してからも、感染を防ぐため、誰とも面会できませんでした。4人部屋だったので、家族や友人と電話で話すこともできず、寂しかったです。味覚をなくしたので食事もおいしくありませんでした。入院3日目に突然、おみそ汁の味がわかりました。冷たくなっていましたが、本当においしかったです。  入院の2週間後に退院して家に帰ったあとも、次男は私の姿が見えなくなると、パニックになったように泣きました。長男は「チック症」で目をパチパチするようになっていました。医者から「ママが突然いなくなった不安の表れ」と言われ、私は「もう大丈夫だよ」と何度も抱きしめました。

 実は、退院から3カ月以上過ぎても、後遺症が続いています。子どものウンチのにおいがわからないのです。次男が泣いている理由がわからず、オムツからはみ出たウンチを見てびっくりしました。でも、いつか完治すると信じ、毎日を楽しく過ごそうと思っています。  みなさんも不安を抱えながら生活していると思います。一日も早く、安心して過ごせる日がくることを、祈っています。

(朝日新聞国際報道部・今村優莉)

※月刊ジュニアエラ 2020年9月号より

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「冬には医療崩壊が起きる」 現場の医師が危惧する重症者が「たらい回し」になる日

2020年8月21日 15:00 AERA/photo・東川哲也

 新型コロナウイルスと最前線で対峙して数カ月。医療機関のほとんどがその影響を受け、疲弊している医療者も多い。AERAが実施した医師1335人への緊急アンケートや専門家、現場医師らへの取材から、苦境や課題が見えてきた。AERA 2020年8月24日号から。

*  *  *
 新型コロナウイルスの感染者が、7月から全国で増え続けている。医療現場は、第1波とされる緊急事態宣言前後から現在にいたるまで、対応に追われるようになり、はや4カ月が経つ。

 AERAでは、7月下旬、医師専用のコミュニティーサイトを運営するメドピアの協力のもと、現役の医師1335人を対象にアンケートを実施した。内訳は、(1)感染患者を受け入れている医療機関の医師が約40%、(2)発熱外来などを設けている医療機関の医師が約28%、(3)非対応の医療機関の医師が約32%。新型コロナウイルスによる影響があったかとの問いには、全体の90%が「ある」と回答した。新型コロナウイルスに対応する(1)(2)の医師は、働き方や待遇・収入面での影響も、(3)の医師より多くあったと回答した。

 医療体制に危機感を抱く医師も少なくない。埼玉医科大学総合医療センター(埼玉県川越市)では、4月中旬にコロナ専用病棟を新設した。感染症専門10人を含む医師12人体制で10床ほど、いざという時に備え32床を確保。7月中旬には3割から半分ほど埋まる状況だったが、県内では8月3日までの1週間に新規感染者が419人確認され、前週より110人増えた。連日の入院で満床に近いこともある。同センター感染症科教授の岡秀昭医師(45)はこう語る。

「少し前まで、確かに重症化リスクの低い、夜の仕事などに従事する20代の若い人が多かった。けれども最近は、重症化リスクのある40代・50代へとシフトしてきた印象です」

 国や自治体はこれまで幾度か、「医療体制は逼迫していない」とアナウンスしてきたが、それはそろそろ怪しくなってきた。

 新型コロナは一般的に1週間から10日で重症化するといわれる。報告される感染者数と重症者数にはタイムラグがある。

「いまは軽症者が多いですが、指定感染症である以上、彼らを病院に収容してただ観察している状態です。今後、軽症者で病床が埋まり、重症者が増えて入院できず、たらい回しになることが心配です」

 浜松医療センター(静岡県浜松市)の院長補佐で感染症内科部長の矢野邦夫医師(64)も、軽症者の入院の多さに危機感を持つ。同センターは感染症指定医療機関として感染患者を受け入れている。現在は、市内で7月に発生したクラスターの影響もあり、指定病床数6床を上回る患者を受け入れることもある。

「重症者が増えて本当に逼迫する前に、宿泊施設などに移動させておくべきです。季節が変わり、インフルエンザや寒さによる呼吸器系の患者で病床が埋まれば、コロナに備えてベッドを空けておくことはできなくなる。このままでは、冬には医療崩壊が起きると思います」(矢野医師)

 軽症者や無症状者をホテルや自宅療養にしてほしい、という訴えは医師アンケートでも複数見られた。特措法にのっとり、4月2日から各都道府県は宿泊施設を確保している。東京をはじめ首都圏、愛知、大阪などでは数百~数千室を確保するが、他の自治体では、感染者数の推移や病床を押さえているなどの理由で、確保にばらつきがある。

 新型コロナに対応することは、業務の負担増も意味する。医師アンケートでは、「休めない」「長時間労働が多くなった」などの声があがった。

 埼玉協同病院(埼玉県川口市)は、第1波のときは発熱外来と同時に、軽症者を中心として入院患者も6月上旬まで受け入れた。現在、入院業務は休止中だ。

 発熱外来では、4月と5月は週に数人の陽性者が出た。診察室のほか、屋外の陰圧テントで医師数人と看護師で回した。増田剛院長(59)は振り返る。

「保健所の紹介で、朝から夕方まで、感染疑いのある患者が断続的に来ました。中には『陰性証明を書いてくれ』『もしコロナだったら責任を取ってくれるのか』とすごむ人もいて、現場の大きなストレスでした」

 内科副部長の守谷能和医師(44)は言う。

「6月下旬に局面が変わり、夜の街の関係者や家族単位の感染疑いで外来に来るようになり、陽性率も上がりました。コロナ以外の日常の診療もしているので、仕事量は2倍です」

 夏風邪や熱中症など、発熱があり、新型コロナと似た症状のある患者が増えた。感染者増加に伴い、外来の在り方や入院の受け入れ体制といった今後の対応を検討中だ。

 疲弊しているのは医師だけではない。看護師の清水明子さん(51)は、感染患者に対応する都内の大学病院に勤めている。

「コロナ病棟に配属され、負担を強いられるのは、重症化リスクが低いとされる若いナースです。人員不足だから『休めない』と頑張りすぎてしまう」

 前出の埼玉協同病院で看護部長を務める見川葉子さん(57)は、「医師から指示を受け、実際にケアをするのは看護師。軽症者でも大変」と話す。

「毎回、防護服を着て病棟に入ります。患者さんに薬を渡し、食事を運び、売店で買い物をする。食事介助や、体を拭く。看護師が患者さんの一番近くにいて、密接せざるを得ないこともあります」(見川さん)

 患者の不安な気持ちはわかる。だが、自分たちにも感染への不安がある。

「感染を防ぐために数分しかそばにいられない。『もう行っちゃうの』と言う患者さんもいます」(同)

(編集部・小長光哲郎、ライター・井上有紀子)

※AERA 2020年8月24日号より抜粋

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医師1335人アンケートで見えた いま医師が望む「医療崩壊防止」「新型コロナ対応」策

2020年8月21日 15:00 AERA(photo・東川哲也)

 医師たちが医療崩壊への危機感を募らせている。崩壊を防ぐ鍵となるのは、軽症者や無症状者への対応だ。A「医療崩壊」を特集したAERA 2020年8月24日号では、1335人への大規模アンケートを実施。専門家、現場取材では苦境や課題が浮かび上がってきた。

*  *  *
 医療崩壊に警鐘を鳴らす医師は少なくない。どうすれば、苦境を乗り越えられるのか。

 医師1335人へのアンケートによると、発熱外来のある医療機関の医師からは、PCR検査の拡充やPCRセンター設立を希望する声が多くあがった。PCR検査拡充の是非は、国内では議論が続いている。7月16日、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会が、無症状者にPCR検査を公費で行わない方針で合意、政府に提言した。

 医療ガバナンス研究所理事長の上昌広医師は「世界の潮流から外れている」と指摘する。

「PCR検査は、陽性を見つける感度は感染初期は確かに低いといわれていますが、誤って陽性と判定する特異度はほとんどありません。科学誌『ネイチャー』は7月、『コロナの検査は感度より頻度』という記事を掲載しました。世界の専門家の間では、定期的にPCR検査を行うことが常識になりつつあります」(上医師)

 第1波では、6月末までに都内で新型コロナで亡くなった人の半数超が、病院内や福祉施設で感染していた反省もある。

「医師や看護師ら医療関係者にPCR検査をし、院内感染を抑止すべきです。警察官や自治体職員などエッセンシャルワーカーにも必要だと思います」(同)

 東京都杉並区の河北総合病院は、4月から都の要請で入院患者を受け入れている。同院を運営する河北医療財団の河北博文理事長(70)は、「感染者数の増減に一喜一憂せず、重症者や死亡者に的を絞るべき」と語る。

「そのためにも軽症者や無症状の陽性者は一定期間、病院ではなくホテルなどでの隔離を徹底すべきです。それを徹底する法律を、国会を開いて早急に決めてほしい」

 医師アンケートでも、軽症者や無症状者に対して自宅やホテルで療養を求める声が目立った。

 埼玉医科大学総合医療センターの岡秀昭医師は、軽症者の健康観察こそ重要と考える。

「新型コロナは、確かに軽症から急に重症化するケースがあり、健康観察支援が求められています。電話やオンラインで開業医などをあて、診療報酬をつけてはどうか」

 国や自治体にしてほしいこととして、医師アンケートで得に多かったのが「金銭的補助・支援」だ。新型コロナ対応や受診控えによる減収に対し、対応を求める切実な声が寄せられた。

 だが、厳しい意見もある。

 都内の大学病院に所属する30代の男性勤務医は言う。

「大学から『収益を上げるために、積極的に患者を入院させろ』と言われています。本来は必要性の低い患者も、病床稼働率を上げるために積極的に入院させるよう指示されている。大学はコロナのせいにしているが、元の経営の問題だと思う」

 前出の上医師は、「患者をフル回転で受け入れているのに経営難という病院に配慮が必要」としたうえで、「患者が来ないのなら、医療機関が変わらなければならない」と話す。

 すでに起こっていたことが加速しただけ、と考えるのは、NPO法人医療制度研究会の本田宏副理事長(66)だ。

「もともと診療報酬は公定価格で、儲けを出しにくい構造でした。医療秘書や病棟クラークの業務が診療報酬にあまり反映されず、医師や看護師の人手不足や過重労働も問題になっていました。赤字ギリギリで現場を回していたところへ、新型コロナ感染拡大が起こり、限界が明らかになっただけのことです」

 大学病院から派遣され、クリニックで在宅医をする40代の男性は、「今までの医療に無駄があった証拠」と指摘する。

「外来待合室で長時間待って数分で診療するシステムは、高齢患者の社交の場としてはよかったかもしれないが、無駄が多すぎた。患者一人の診療報酬が少なく数をこなすしかなかった面もあるが、今後は必要な人に必要な医療を届けるオンライン診療や在宅医に可能性を感じます」

 医療崩壊を防ぐため、私たちにできることはあるのか。アンケートでは、「節度ある受診を」「嘘をつかないで」といったモラルを求める声や、「感染者を差別しないで」「落ち着いて」といった声も目立った。

「極端な情報に振り回されず、地道にできる感染対策をし、適切に受診し、診断されたら淡々と治療を完遂してほしい」

 そんな“当たりまえ”が求められている。(編集部・小長光哲郎、ライター・井上有紀子)

※AERA 2020年8月24日号

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キンプリ永瀬廉 「めっちゃ気持ちよかった」自粛生活中に見つけた新たなリラックス法を明かす

2020年8月21日 15:00 AERA/photo・gettyimages

 King & Princeのセカンドアルバム「L&(ランド)」が9月2日にリリース。その制作の裏側や外出自粛期間の過ごし方について、メンバーの永瀬廉さんがAERA本誌インタビューで語った。

*  *  *
 アルバムとかを作るときは、(メンバーの)神宮寺(勇太)とか(平野)紫耀とか(高橋)海人が積極的に意見を出してくれるのですが、今回のアルバムにはメンバーそれぞれがプロデュースした曲を入れることになりまして。思ったより苦労しましたね。悩みました。

 他のメンバーとあまりかぶらないかっこいい系の曲を作りたいと思ってコンセプトを決めたんですが、そうしたら音源とか歌詞とかがどんどん届くんです。どれもかっこよくて……。僕が決断して選択しなくちゃいけない。思った以上に難しかったです。でも、悩んだ分、満足いくものができました。プロデュース曲は個性の違いがすごく出てると思うから、楽しんで聴いてほしいです。

 外出自粛期間ですか? 僕は友だちと遊ぶのがストレス解消法であり、リラックス方法なんですよ。なので、なかなか人と会えない期間はしんどかったですね。でも、その代わりに発見したことがありまして。今までは家で過ごす時間もそんなになかったですし、仕事場にいる時間のほうが長かったので、ベランダに出ることなんて考えたこともなかったんです。でも家にいすぎて、外に出たい、外の空気を吸いたいと思ったとき、ベランダの存在の大きさに気づいたんです。いざ出てみたら、湿度も低いし、ちょうど快適な時期で、めっちゃ気持ちよかった。そこからベランダに椅子を出して、イヤホンで音楽を聴きながら過ごす、新しいリラックス方法を発見しました。これはいい発見でした。日常の小さな喜びを今後も大事にしていきたいです。

(ライター・大道絵里子)

※AERA 2020年8月24日号より抜粋

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マスクつけたまま分娩室へ、夫は汗だくで15分だけ面会…コロナ禍での出産を記者が語る

2020年8月21日 15:00 AERA

 記者が、コロナ禍のなか7月中旬に第2子を出産した。35歳で経験した、第1子のときとは様相が異なる出産。どんな不安があったのか、AERA 2020年8月24日号で話を聞いた。

*  *  *
 初めて新型コロナウイルスを自分事として感じたのは2月25日。職場が近い電通で感染者が出たというニュースをネットで見たときだった。その前日には電通が入るビルでランチを食べたばかり。「外出はリスクなんだ」と身震いした。

 妊娠中に感染したら飲める薬は限られるし、おなかの赤ちゃんにどんな影響があるかもわかっていない。通勤電車では換気のいいドア近くに立ち、つり革や手すりには触れなくなった。乗車中に両足を開いて、転ばないように力を入れながら、「妊婦なのにこんなに踏ん張って大丈夫なの!?」と、これまた不安になった。

 当時は会社に在宅勤務の制度はなく、3月の妊婦健診で出勤の不安について相談すると、主治医は「健康状態に異常はないけど、母健連絡カードに『配慮が必要』とは書けますよ」と言ってくれた。でも会社に特別扱いを求めるようで気が進まない。そんな中、3月26日に会社から全社員の在宅勤務を認める通知が出された。上司から勧められ、翌日から在宅勤務を始めた。

 4月13日。4歳の長男が通う認可保育園が臨時休園になった。在宅勤務の夫と交代で面倒を見るが、日中は仕事に集中できず、子どもが寝た夜や早朝に残った仕事をするのは身重の体には負担が大きい。悩んだ結果、産前休暇に有給休暇をつけて5月の大型連休明けから休みに入ることにした。感染が拡大する緊急事態に仕事を投げ出すのは記者としてどうなのかと散々悩んだ。感染リスクにおびえながら現場で働き続ける妊婦の実態も発信したかった。でも今は、生まれてくる赤ちゃんや家族の健康を優先しようと決めた。

 その後も悩むことは多かった。妊娠中はむし歯になりやすく、歯周病は早産のリスクもあるため、区内の歯科医院で妊婦歯科検診を無料で受けられるが、コロナ禍で行っていいものかと悩んだ。保育園が再開した後は、登園自粛を続けるべきかも悩みの種だった。感染のリスクを少しでも下げるために登園を控えたが、臨月が近づくと自分の体がしんどくなって長男の遊び相手ができなくなり、週に数回保育園に通わせることにした。長男の出産のときと比べると早めに産休入りし、体は楽だったはずなのに、次々に湧き上がる答えのない問いと向き合うことが精神的にこたえた。横になっている時間も長かった。

 外出自粛で体力の衰えも感じた。気づけば、ゆっくりしたペースでも10分も歩けば息が上がってしまう。前回の妊娠中は仕事帰りに2、3時間歩いて帰ることもできたのに、「これでは自然分娩なんて無理じゃないか」と、お産への恐怖が募った。

 出産のもう一つの不安は、一人で臨まなければいけないことだった。4月16日の健診のときに、クリニックで立ち会い出産や入院中の家族の面会不可と書かれた貼り紙を見つけた。

 前回の出産では出血が多く、産後数日間起き上がれなくなり、夫が仕事を休んで病室に泊まり込んで身の回りのことをやってくれて乗り切った。だが、今回は一人。産後も前回は沖縄に住む母親が上京し、食事の用意や家事をしてくれたが、今回は東京に来てとはお願いできない。「産後のことを考えても体への負担が少ない出産方法がいい」と思い、妊娠9カ月のときに主治医に無痛分娩にしたいと申し出た。出産費用が18万円プラスになるが、夫も「不安を少しでも取り除くことができるのなら」と賛成してくれた。

 お産の日は突然決まった。妊娠10カ月目に入った健診で、医師から「準備ができているんだったら、今日産もうか」と提案された。

 2日前の健診で子宮口が3センチまで開いていたことに加え、入院グッズを持っていたことも決め手だったかもしれない。陣痛が起きたときに痛みにもだえながら一人で運ぶのはつらすぎると思って、事前にクリニックに預けようと持ってきた。

 在宅勤務中の夫に連絡を入れ、マスクをつけたまま分娩室に入った。背中の下あたりに硬膜外麻酔を打つ。途中お産を進めるために15分ほど麻酔を弱め、その間は痛みがあったが、それ以外は医師や助産師と談笑しながらの出産だった。5カ月間コロナの感染に神経をとがらせて過ごし、ようやく会えたわが子の顔を見て、とにかくほっとしたのを覚えている。夫も産後15分だけ面会が許された。夫はマスクを着用し、さらに雨がっぱのような服を着て入室、汗だくになりながらもうれしそうに赤ちゃんの顔を見つめていた。(構成/編集部・深澤友紀)

※AERA 2020年8月24日号より抜粋

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白石麻衣、自粛期間中にお風呂で乃木坂の曲をヘビロテ 卒業後のチャレンジとは

2020年8月21日 15:00 AERA

 今年1月に、乃木坂46からの卒業を発表した白石麻衣。トップアイドルとして駆け抜けた9年間を振り返り、卒業を控えたいまの心境とグループへの思いを語った。AERA 2020年8月24日号から。

*  *  *
 今年3月25日に発売された25thシングル「しあわせの保護色」の活動をもって、乃木坂46を卒業すると発表した白石麻衣。5月には東京ドームで卒業コンサートを開催予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大の影響を受け延期。それに伴い、卒業の延期も発表された。

白石麻衣(以下、白石):ここ数カ月間は家にいる時間も増えて、いろいろなことを考えました。卒業のタイミングについてもそうですし、いつ卒業ライブができるのかな、とか。グループの活動にしても、今までのようにライブや握手会ができない状況の中で、どうすればファンの方たちを元気づけたり喜んだりしてもらえるんだろうと、自分にできることを模索していました。

 卒業コンサートを待ち望むファンは多い。

白石:何とも言えないのが正直なところですが、卒業コンサートは、どんな形であれ、できたらいいなとは思っています。全国にいる乃木坂ファンの一人ひとりに、最後にちゃんと感謝の言葉を伝えたいですね。それもやはり新型コロナの状況次第なので、今は一刻も早く収束してくれるように願うばかりです。

 外出自粛期間中は、「これまでやれなかったことをやる余裕ができて、貴重な時間になった」。自宅では料理をして過ごすことが多く、レパートリーも増えた。

白石:私、お肉が好きなので、普段はハンバーグとか角煮とか、肉系の料理をよく作るんですけど、最近は魚料理にもチャレンジするようになりました。魚は旬があるので、その時々で調理法を変えたりして楽しんでいます。

 この2カ月くらいはライブで歌ったり踊ったりする機会がめっきり減ってしまったので、自宅で乃木坂の曲をずっと聴いていました。初期の曲から順番に、お風呂に入っているときもずっと流していました。客観的に聴いてみると、曲に込められている色々なストーリーやメッセージが見えてきて、「秋元(康)さんはやっぱりすごいな」って(笑)。あと、純粋にいい曲が多いです!

 2011年8月21日に乃木坂46が結成されてから、間もなく丸9年を迎える。加入当初は、「人見知りで自信が持てないことのほうが多かった」が、9年間、アイドルを続けることができた原動力は何だろうか。

白石:いちばんは、やっぱりファンでいてくれる皆さんの存在です。ファンの皆さんが応援してくれたから、ここまで頑張れたのは間違いありません。

 そして、メンバーにもすごく助けられています。いつもみんなで一つの目標に向かっていくので、私にとってはライバルというか、家族みたいな存在です。2期生や3期生、4期生と後輩が増えていく度に、先輩としていい意味でお手本になる存在でいたいなという自覚も強くなっていきました。

 34人いた1期生も、今では半数以上が卒業した。グループの世代交代が進む中で、自然と卒業のタイミングを考えるようになった。

白石:乃木坂が結成して間もないころは、個人のお仕事をしていても、「グループのために」という気持ちが強かったのですが、最近は後輩たちが成長して、本当に頼もしくなりました。同時に、個人としてもっと成長したいという気持ちが強くなって、グループに頼らず、自分の道を進んでみようと決めました。

 乃木坂46の中心メンバーとしてだけでなく、ソロでもファッションモデルや俳優業を務め、大きな成功を収めてきた。そんな彼女が考える「アイドルに必要な資質」は、意外にもシンプルだ。

白石:以前の私は、思っていることを口に出せないタイプだったんです。でも、乃木坂に入ってから、やりたいことや挑戦したいことがあれば、思い切って口に出したほうが夢に近づけることを実感しました。だから、「やりたいことを言葉にする勇気」ですね。

 その結果、失敗してもいいと私は思うんです。だめなところがあれば反省して直せばいいし、最初からうまくいくのも面白くない。続ける上では「成長の過程も楽しむ気持ち」が大切かなと思います。そうやって自分も成長させてもらいましたから。

 卒業後は乃木坂の看板が外れ、白石麻衣個人として活動することになる。

白石:自分を囲む環境は、今までとは全く違うものになるだろうなと思います。卒業したメンバーと会って話したときも、みんな「最初は楽屋が一人ぼっちで寂しいよ!」と言っていて……(笑)。今まではメンバーが同じ楽屋で会話できていたから、何事にも安心感を持てた部分はあると思うんです。個人になったらメンバーに頼らず、自分で解決していかないといけないので、そこはチャレンジですね。

 逆にこれまでと変わらない部分もあると思います。それは……あまり考え過ぎないところでしょうか(笑)。

 俳優業のほか、モデルや音楽の仕事にも意欲を見せる。

白石:まだ、自分で「これ!」と決めるような段階ではないのかなと思います。可能性を狭めずに、まだまだいろいろな仕事に挑戦していきたいですね。

 人間的には、今月で28歳の誕生日を迎えるので、与えられたことをこなすだけではなくて、ちゃんと意思のある女性になることが目標です。

(ライター・澤田憲)

※AERA 2020年8月24日号

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「あつ森」で嫌われ者のあの魚のヒミツ 実は京都の料亭で珍重される高級魚だった!

2020年8月21日 13:26 AERA/photo・WEB魚図鑑

 毎日暑いですね~。筆者は暑いのは結構好きなんですが、さすがにここまで暑いと「好き」とは言っていられません。

 ところで皆さんは、魚へんに「暑」と書く魚をご存じですか? 1年ほど前にもこのコラムでも書いたので、覚えている方もいらっしゃるかもしれません。
 
 答えは「シイラ」なんですが、最近、若い人たちと話していると、どうみても魚には詳しくはなさそうな人が「シイラ」を知っていて驚くことが何度かありました。

「なんで知ってるの?」と聞くと、「『あつ森』で釣ったことがあるから」とのこと。

「あつ森」とは、今年3月に発売された、Nintendo Switchの人気ゲーム「あつまれ どうぶつの森」のことです。

 発売されて半年もたたないのに、日本国内だけで累計500万本以上を販売し、あの「スーパーマリオブラザース」を抜いて、歴代のゲームソフトの国内販売記録を塗り替える可能性があるといわれている超人気ソフトです。

 筆者は「あつ森」をしていないのでよくは知りませんが、そのゲームの中でシイラが釣れるらしいんです。しかも結構いい値段で買い取ってくれるとか……。
 
 実際のシイラは、鹿児島から高知、紀伊半島あたりの黒潮が流れる地域を中心に取れる魚ですが、身が傷むのが早いのと、黄色と緑に頭でっかちという少々いびつな魚体をしていることから、国内ではあまり市場に出回らない、どちらかというと知る人ぞ知る魚なんです。ハワイでは「マヒマヒ」と呼ばれて人気のある高級魚ですが。
 
「あつ森」の制作者がどういう経緯でシイラをゲームに登場させているのかはわかりませんが、魚を愛する筆者からすると、とてもありがたいことです♪

 一方で、「あつ森」のせいでいわれのない冷遇を受けている魚もいます。それは「スズキ」です。

 スズキもシイラと同じく夏が旬の魚で、この時期は上品な白身にほどよい脂が乗って、例年だと京都の風物詩として、祇園祭の時期には高級料亭でも出される高級魚なんです。

そんな「スズキ」が、「あつ森」プレーヤーの間では嫌われ者になっているようなんです。

 理由を聞いてみると、「スズキは魚影が大きいので、レアなシーラカンスやカジキかもと思って釣り上げてみると、大抵はスズキ……。売りに行っても、買い取り価格がイワシ2匹程度ととても安いから、『なんだ、またスズキかよ~』ってなってしまう」とのこと。
 
 確かにスズキは、北海道から九州まで、日本のほぼどこにでもいる肉食性の魚で、シーラカンスやカジキに比べると決してレアではありませんが、イワシ2匹と同じ価値というのは、あまりにスズキが可哀想すぎる気がします。シイラと比べると10分の1以下とか。

 古事記にも登場するほど古代から我々日本人には親しまれていた魚で、江戸時代にはその白く上品な身が人気で、真鯛に次ぐ高級魚でした。
成長につれて「セイゴ」「フッコ(ハネ)」「スズキ」と呼び名が変わる代表的な出世魚のひとつでもあります。
 
 ただ、非常に上品な白身のため、生育環境や処理の仕方によって影響を受けやすく、都市近郊の河口で取れたものなどは、臭みがあるとして敬遠される方もいるようです。
 
 一方で、きれいな水質で育ち、水揚げ時にもきちんとした処理をした旬のスズキは、透き通るような真っ白な身に程よい脂が乗って、暑い夏にぴったりのさわやかな味わいです。
 
 くら寿司では、京都の料亭向けに3年かけて丁寧に育てられたものの、新型コロナの影響で需要が激減して余剰となった養殖のスズキを買い取って、「絆スズキ」の名前で、関西と四国のお店限定で今週金曜日から販売します。

 また、時期によってはシイラのお寿司も販売していますので、ぜひ探してみてください。

 筆者個人としては、いつの日か、「あつ森」の中にくら寿司を作って、他の住人から買い取った魚でお寿司を販売できないものかと思っています。

 その際には、スズキも適正な価格で買い取ることで、スズキの名誉回復にも努めたいと思います。

 こんなことができるのかどうかは知りませんが……。

○岡本浩之(おかもと・ひろゆき)
1962年岡山県倉敷市生まれ。大阪大学文学部卒業後、電機メーカー、食品メーカーの広報部長などを経て、2018年12月から「くら寿司株式会社」広報担当、2019年11月から、執行役員 広報宣伝IR本部 本部長

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