もし、新型コロナウイルスに感染したら─―。世界中で猛威をふるい続けるこの病気に、朝日新聞国際報道部の記者、今村優莉さん(38)がかかった。小中学生向けのニュース月刊誌「ジュニアエラ」9月号では、今村さんがそのときの経験についてつづった。
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新型コロナの感染が世界で最初に広がったのは、中国の武漢という街です。朝日新聞記者の私は1月から、東京から国際電話などを使ってそこに住む人たちに取材していました。それもあってウイルスの怖さを強く感じ、2月ごろから直接人に会う取材や、大人数でごはんを食べることは避けていました。外に出るときはマスクをし、手もひんぱんに洗っていました。
それでも、感染しました。どこでうつったのか、今もわかりません。
最初におかしいと思ったのは3月28日。コーヒーを「お湯っぽい」と感じ、エッセンシャルオイルのラベンダーの香りもわかりませんでした。熱やせきはなく、東京都の新型コロナの相談窓口からは「感染の疑いは低い」と言われました。しかし、3日後から倦怠感が始まり、体に力が入らず、立ちあがるのもつらく、歩くと少し息切れしました。続いて、体の内側からたくさんの針に刺されているような痛みに襲われました。横になっていても痛く、ゆっくり寝ることもできませんでした。頭痛と下痢もありました。
保健所に相談すると「病院でみてもらって」と言われましたが、三つの病院から受診を断られました。再び保健所に訴え、ようやくPCR検査を受けることができました。保健所への電話はなかなかつながらず、100回以上かけたこともありました。
●息子の小さな指を「うつっちゃうから」とひじで押し戻した
でも、自分の症状より大変だったのは、家族にうつさないように「隔離」することでした。当時、夫は職場から出勤しないように言われ、3歳と1歳の子どもも保育園に預けないようにしました。私は家の中の一室にこもりましたが、子どもたちはわけがわからず、突然姿を見せなくなった私をずっと捜し続けました。私がトイレに行こうと部屋を出ると、2人は「見つけた!」と抱きつこうとし、パパが大急ぎでおさえました。
部屋に戻ってドアを閉めようとすると、次男は自分の指をドアの隙間に挟んできました。「うつっちゃうからダメ」と言って、その小さな指をひじで押し戻しました。「ママは病気なんだよ」とパパから聞いた長男は、ドア越しに「キスしていいよ」とせがみました。風邪をひいた子どもに母親がキスをする、ユーチューブの動画を覚えていたのです。
新型コロナにかかると、目の前で母を求める我が子に、キスどころか触ることもできないのです。私は申し訳ない気持ちで、ドアを内側から押さえました。
みなさんは「エルボーバンプ」を知っていますか。握手やハグの代わりに、ひじをコツンと突き合わせるあいさつです。長男に教え、部屋から出るときに繰り返しました。数日たつと長男は「今日はママとエルボーバンプしたから大丈夫」と言うようになりましたが、次男は意味がわからず、泣きっぱなしでした。
●子どものウンチのにおいがわからない後遺症
PCR検査で陽性が確認されても、「ベッドがいっぱい」との理由で最初は入院できず、自宅での隔離生活は10日続きました。 入院してからも、感染を防ぐため、誰とも面会できませんでした。4人部屋だったので、家族や友人と電話で話すこともできず、寂しかったです。味覚をなくしたので食事もおいしくありませんでした。入院3日目に突然、おみそ汁の味がわかりました。冷たくなっていましたが、本当においしかったです。 入院の2週間後に退院して家に帰ったあとも、次男は私の姿が見えなくなると、パニックになったように泣きました。長男は「チック症」で目をパチパチするようになっていました。医者から「ママが突然いなくなった不安の表れ」と言われ、私は「もう大丈夫だよ」と何度も抱きしめました。
実は、退院から3カ月以上過ぎても、後遺症が続いています。子どものウンチのにおいがわからないのです。次男が泣いている理由がわからず、オムツからはみ出たウンチを見てびっくりしました。でも、いつか完治すると信じ、毎日を楽しく過ごそうと思っています。 みなさんも不安を抱えながら生活していると思います。一日も早く、安心して過ごせる日がくることを、祈っています。
(朝日新聞国際報道部・今村優莉)
※月刊ジュニアエラ 2020年9月号より
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