厚生労働省も推奨する「1日1万歩歩行」。ところが、普通に1万歩歩いただけでは、筋力・持久力の向上において家にいた人と大差がない、というデータがある。歩くことで得られるメリットは山のようにある。しかしそれを受け取るには速度と姿勢の見直しが必要だ。AERA 2020年10月12日号は「歩き方」を特集。
【150日で30キロ減の医療記者が明かす「必ず結果が出るダイエットの考え方」】
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3階まで階段を上っても、息切れしない。地面に座ったとき、手を使わずに立ち上がれる。
ウォーキングを始めて約1年半、北海道在住の会社員・長沼秀直さん(54)は、確実に体力がついたことを実感している。
開始当初の体重は90キロ、体脂肪率は32%。高血糖や高血圧にも悩まされ、通勤の際に1駅ほど余分に歩いたり、週に1度プールで泳いだりしていたが、効果は感じられなかった。
だが昨年4月、職場が変わり定時に帰宅できるようになったのをきっかけに、インターネットで見つけたウォーキング法を始めた。それは1日8千歩を歩き、そのうち20分を速歩きにするというもの。
通勤時に遠回りをするなどして約1時間、3キロを毎日歩いた。速歩きではスポーツウォッチで心拍数をチェック、120くらいを目指す。ちょっときついが、息が上がらないくらいの速さだ。1カ月経ち、2カ月経っても体重に変化が見られず心が折れそうになったが、4カ月目、ついに体重が減少し始めた。
「後で計算してわかったのですが、最初の3カ月にも脂肪はちゃんと減っていて、同じだけ筋肉量が増えていたんです」
現在、体重は約10キロ減。体脂肪率は28%に。生活習慣病関連の数値はすべて正常の範囲内に改善した。
「歩くことは体によい」。多くの人がそう信じている。だが、実はただ普通に歩くだけでは減量や筋力アップなど、体に対する効果はほとんど期待できないことがわかってきた。
信州大学医学部特任教授の能勢博さん(67)はこう指摘する。
「運動療法の国際基準では、体力向上には体力の上限60%以上の強度の運動を1日30分以上、週3日以上やることが必要とされています。ところが、普通歩きでは40%程度の体力しか使えていないのです」
これをデータで証明したのが、能勢さんらのグループの研究だ。1日1万歩の普通歩きをしたグループの5カ月後の筋力・持久力のアップ率は、何もしなかったグループとほとんど変わらなかった。ところが、1日約52分、速歩きとゆっくり歩きを交互に行ったグループは、ハムストリングの筋力が約17%、大腿四頭筋の筋力が約13%、持久力の指標である最高酸素消費量が約10%向上した。体力年齢でいうと10歳若返ったことになるという。
なぜ、速歩きとゆっくり歩きなのか。実は当初は被験者に「30分連続の速歩き」をリクエストした。ところがほとんどの人が「きつい」「面白くない」という理由で、実行してくれなかったのだという。
「きつい運動をすると筋肉に乳酸がたまって息切れや筋肉痛を引き起こします。しかしそこに2~3分のゆっくりとした運動を挟むことで乳酸が代謝され、再びきつい運動が可能になるのです」(能勢さん)
この歩き方は持久力を鍛える有酸素運動と、筋力をアップさせる無酸素運動の両方の効果があるとされ、「インターバル速歩」として注目を浴びている。速歩き3分、普通歩き3分を交互に繰り返すだけの簡単な方法だ。速歩きの目安となるのは歩行の場合、「ちょっときつい」と感じるが、隣に人がいたら会話ができる程度。より正確に知りたい場合は、心拍数を目安にするとよい。
まずはこれを1日30分以上、週に4日以上続けることが目標となる。約9千人のエビデンスに基づく研究報告では、1週間で「汗をかきやすくなる」、2週間で「肥満傾向の人が体重の減少を自覚」、5カ月で「高血圧・高血糖・肥満の症状が20%改善」といった効果が報告されているという。
多くの効果が得られるのには理由がある。鍵は細胞に存在し、エネルギーを生み出す源となるミトコンドリアという小器官だ。
体力は20代早々にピークを迎え、30歳以降は10歳ごとに5~10%ずつ落ちていくが、同時にミトコンドリアも減少し、その機能も低下する。ミトコンドリアの機能が低下すると、組織を傷害する活性酸素が産生され、それに反応して、「炎症性サイトカイン」という物質が分泌されて、体内のさまざまな場所で炎症反応が引き起こされる。これが血管内皮細胞で起きると動脈硬化や高血圧に、脳細胞で起きると認知症やうつ病に、免疫細胞で起きるとがんになると、最近の研究で指摘されている。筋力や持久力が上がるとミトコンドリアの量が増え、活性化することがわかっている。
「つまりインターバル速歩など、最大体力の70%程度の運動をすることで、病気の根本原因を除去することができるのです」(同)
都内在住の大学教授・佐藤達郎さん(61)も、以前は1日1万歩を目標に歩いていたが、ほとんど効果を感じられず、3年ほど前にやめてしまった。しかし1年前、フェイスブックで「インターバル速歩がいい」と書いてあるのを見つけ、仕事の合間や移動などを利用して挑戦してみた。すると、目に見えて体調がよくなったという。
「以前は夜中に目がさめてしばらく眠れないということがあったのですが、今は毎日7~8時間ぐっすりです。僕は高血糖ですが、インターバル速歩を始めてから血糖コントロールができています。1日1万歩に比べれば心理的にすごく楽なんですが、足腰の筋力もアップして疲れにくくなりました」(佐藤さん)
速歩きをする際の速度は人によって異なるが、目標を持つ場合、「時速7キロ」が一つの目安になる。そう指摘するのは、アシックススポーツ工学研究所主席研究員の市川将さんだ。
「ウォーキングから徐々に速度を上げていき、自然と走り出すのは時速7~8キロ。時速7キロは、ギリギリ走り出さないくらいの速度です」(市川さん)
一般的に、ウォーキングよりランニングのほうが、運動効果は高いとされている。しかし時速8キロ以上の速度では、ウォーキングのエネルギー消費量はランニングを上回る。時速7キロ歩行はランニングに近いエネルギー消費量がありながら、故障のリスクが低い究極の運動法ともいえる。ランニングは蹴り出しの際に体重の2~3倍の力が足にかかるが、ウォーキングであれば、足にかかる最大負荷は1.2~1.6倍程度。スポーツ初心者でも安全に取り組める。とはいえ、普通歩行の時速は4~5キロと言われ、時速7キロ歩行はそう簡単ではない。
「そもそも正しい姿勢ができていないと、速く歩くことはできません。たとえば、すり足のようにペタペタと足裏全体をつく歩きでは歩幅が小さくなる。速く歩けるということは、基本的な歩行姿勢はできているともいえます」(同)
(編集部・藤井直樹、ライター・井上有紀子)
※AERA 2020年10月12日号より抜粋
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