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──全日本はパーフェクト演技での優勝。世界選手権に向けてプランはありましたか?
基本的には、全日本選手権までと同じ練習を積み重ねて、という話をしていました。その練習計画が上手くいったわけですし、結弦が自分でペースを掴んでいましたから。
──ストックホルムで、1年ぶりの再会。羽生選手の仕上がりをどう感じましたか?
みなさんが見ていたように、練習はとてもいい調子でした。今回8度目の世界選手権になりますが、これまでと変わらず、日ごとに試合に向けて調子を整えていくというステップを踏みました。そして26歳の結弦は、これまでで一番成熟し、安定感があり、ちょっとしたことに動じない自信が溢れていました。独りで練習して自分との対話を続けてきたでしょうから、今まで以上にベテランらしい調整をしていると感じました。旅に出した子が大人になった、というような感慨さえありました。
■この条件下でメダル
──1年ぶりに羽生選手が滑る姿を見て、感じたことは?
結弦は本当に落ち着いていて、ネイサン・チェン(21)や他の選手を意識して焦るようなこともありませんでした。対抗意識が強い時は、得意の4回転を「どうだ!」って跳びあったりするものですが、そんな雰囲気の練習にはなりませんでした。ショートは、結弦が得意な4回転サルコーとトーループでしたから、朝の練習も、6分間練習も、本番も、すべてがいつも通りにオーガナイズされていました。練習が素晴らしかったので私は「オーマイゴッド」を繰り返していただけ。クマのティッシュケースを手すりのいつもの場所に置くことが、私の唯一の準備だった、というくらいです。
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──フリーの演技は予想外でしたか。
細かい技術的なことや、当日の調子という分析は、結弦自身がよくわかっていて取り組むでしょうから、それを指摘するつもりはありません。むしろ私からすると、本当によくやった、よくこのシーズンを耐え抜いた、とたたえたい演技でした。もし1年間一緒に練習をし、いくつもの試合をこなし、この試合に準備してきていたなら、「このミスの原因は……」とか、違う気持ちで見ていたかもしれません。でも彼は、1年間コーチなしで、独りで戦ってきたんです。そして試合だって全日本選手権の1試合しかなかった。それでもファンのため、来季の枠取りのため、彼は滑りましたよね。そして七つ目の世界選手権のメダルを手にした。残念な結果だなんて言わないでください。この条件下でメダルを取るなんて、結弦にしかできません。
──ネイサン・チェンは珍しくショートでミスをし、フリーはパーフェクトでした。
ネイサンは、結弦とは真逆の条件下でした。コロナのために大学はリモートになり、カリフォルニアに滞在してコーチと毎日一緒に練習できるようになりました。むしろこれまでのシーズンよりも、練習環境としては改善されていたわけです。試合もスケートアメリカと全米選手権がありました。もちろんネイサンの技術は素晴らしいです。フリーで巻き返してくることは、予想の範囲でした。
■心理戦勝ち抜いてきた
──来季、羽生選手は、4回転アクセルの成功を目指します。
昨季は一緒に練習してきましたが、この1年はどんな練習内容で、どんな完成度まできているか、私はわかりません。結弦にとって4回転半は、大きな意味を持つ技です。数々のインタビューで、跳びたいと宣言を繰り返してきているのを見ていますしね。私にもいくつかのアイデアがありますが、いまそれが必要なタイミングなのかは、結弦が決めることです。彼にとってはどう自分自身と向き合うか、アプローチを大切にしているんだと思います。もちろん、いつでも助けられるよう心の準備はしています。
──北京五輪に向けた展望は?
五輪というのは、「前年の世界王者」というタイトルが、必ず心理に影響してくるものです。私は1987年の世界王者として88年カルガリー五輪に金メダル最有力候補として臨みました。「有力」と「最有力」のプレッシャーは全然違います。結弦は、ソチ五輪では「前年王者」のタイトルを持たずに臨みました。逆に平昌五輪は、「前年王者」でした。来年2月に何が起こるのか。結弦はどちらのパターンの心理戦も勝ち抜いてきた人物であることを忘れてはなりません。
──練習拠点を含め、来季の計画はありますか?
まだカナダは入国さえできない状況です。なので、具体的な練習や計画はまったく考えることができません。ただ一つ言えるのは、結弦はコロナ禍の影響を最も受けた状況で1年やってきた選手であり、誰にも言い訳をせず、メダルを手にしました。彼は強くなりました。逆境のなかで結弦が劇的に成長する姿を、私たちは何度も目撃してきました。彼を信じてあげてください。それが今言える、来季のプランです。
(構成・ライター/野口美恵)
【羽生結弦選手3月の世界選手権へ 「4回転半のための体づくりをする」】
※AERA 2021年4月12日号より抜粋