息吹を放つ侍たちの姿を、驚くべき緻密さで表現
誇り高く勇猛果敢なイメージとともに、今や世界が知るところとなった日本の侍。その象徴といえば何といっても鎧(よろい)武者ですが、現代風にアレンジされた時代劇やハリウッド映画などの出で立ちを見て「何かが違う」「時代考証がおかしい」と違和感を覚える方も多いはず。
このように日本の武士たちといえば、他の古典的な話題と比較しても世間一般の関心がずば抜けて高く、その人気や想い入れ故に、生半可な覚悟では扱うことが難しい題材です。
その中で、樹脂やプラスチックなどの現代的な素材を駆使して古びた風合いを表現しつつ、虚構とも現実ともつかない唯一無二の人物像を創り出し、大きな話題を集めるアーティストがいます。
“シャネル印の鎧武者”で一躍、スターダムへ
野口哲哉、1980年生まれ。大学在学中から樹脂粘土を用いた武人像の制作をスタートし、2007年に東京・銀座のシャネル・ネクサス・ホールで開催された『現代アーティストたちによるLe Monde de Coco-ココの世界』への作品出展で一躍、脚光を集めました。
その作品とは……なんと、シャネルのロゴマークを記した鎧を身に着けて佇む侍の姿! それ以来、野口さんは実物の鎧兜かと見まごうばかりの精巧さで、私たち人間の数分の一サイズの人物像を次々に発表してきました。
その特徴を一言で表すなら、武具の専門家も舌を巻く正確な造形と、実際に使い込まれたかのような風合いを醸し出す完成度の高さ。そして何よりも、それら甲冑を身に着けた武士たち自身の佇まいです。
時に笑い、時に悲しむ人間そのものの姿
例えば、兜の前立てと鎧の胴に「よろしく」という言葉を記し、意外なほど華奢な体でファッションモデルのようにポーズを取った立ち姿(前ページ)。
あるいは、鎧の上からショルダーバッグを背負い、スニーカーを履いて、現代の若者を思わせる無気力感を漂わせる猫背姿。はたまた、目の前の犬に向かって何かを打ち明けているのか、どこか切なさを感じさせる日常の一コマ…。
そこにあるのは、私たち現代人と同じく、時に笑い、時に悲しみ、世間体を取り繕い、組織社会に疲れ、その合間に穏やかな表情を垣間見せる人間そのものの姿でした。
ステレオタイプな“サムライ像”を覆すアート表現
彼らの姿に、どことなく微笑ましさや悲哀を覚えてしまうのは、一体なぜか。もしかしたらそれは、私たちがこれまで「かくあるべし」と思い込んできた、剛胆にして高潔、唇を真一文字に結び、全身に気をみなぎらせた“サムライ像”とのギャップがもたらす感覚かもしれません。
でも、実際の彼らは私たちと同じ人間に他ならない。果たしてどちらが現実で、どちらが虚構なのか…。
そう考えればこそ、さらに小さな体に甲冑をまとい、標本箱の中に収められた者たちや、日本画の伝統技法で描かれた「小兵」の図(平成20年に相模国で捕獲されるも忽然と姿を消したという設定)などの意表を突く作品群が、より知的な愉悦を帯びて見えてきます。
そしてその奥行きこそが野口さんの作品に、歴史物のフィギュアやサブカルチャー的なフィクション世界とは次元の異なる重層的なコンテクスト--即ち美術、芸術としての批評性と価値を与えているのです。
そんな野口さんの最新個展『ANTIQUE HUMAN』展が、12月15日(木)から24日(土)まで、東京・南青山のギャラリー玉英で開催されます。果たして、その見どころは? 以下、アーティスト自らの言葉を手がかりに、野口ワールドに息づく“アンティークな人間たち”の奥深き生態をぜひ、見つめてみましょう。
今からほんの数世紀前、過酷な環境から生き残りたいと願った人間達は
まるで怪物のような恐ろしい甲冑姿で戦っていました。
時に美しく、時に滑稽にも見えるその姿は、今も見る者の知的好奇心を掻き立てます。
でも、現代人がその姿を笑ったり、茶化したりする事は禁物です。
僕たちが人間である以上、条件さえ整えば、再びあの姿で戦う事だってあり得るのですから。
アンティーク・ヒューマンとは過去の人間です。
でもそれは、過去のルールに適合しただけの、同じ人間です。
その姿に垣間見る文明としての奥行きをアートの観点から見つめてみたいと思います。
場所は青山骨董通り、ギャラリー玉英
立体作品、平面作品、それぞれ数点による小規模な展覧会です。
年の瀬のお忙しい時期ではありますが、お手隙の際には
お立ち寄りください。
野口哲哉
■お問い合わせ
野口哲哉展「ANTIQUE HUMAN」
日時:12月15日(木)~24日(土)
10:30~18:30(日・祝休み)
場所:ギャラリー玉英 東京都港区南青山6-8-3
http://gallerygyokuei.com/contents/top.html
電話:03-6410-4478
文/深沢慶太(提供:プレミアムジャパン)