「ごめん。僕はたえちゃんを幸せにしてあげられない」。車の中で彼はそう言うと、子どものように泣きじゃくった。「無精子症」と診断され、子どもが好きな君に赤ちゃんを抱かせてあげられない、と。
でも、自分にとって一番大事なのは、彼と一緒に暮らすことだ、と彼女は思った。「私の幸せを、勝手に決めないで」。2人は1年の交際を経て、夫婦となった。今は9歳と6歳の息子がいる。2人が選んだのは、夫の実の父親から精子を提供してもらい、受精させた卵子を体に戻す体外受精だ。
彼らはどうして、夫の父からの精子提供を望んだのか。精子の提供者「ドナー」不足が社会問題になる中で、2人が選んだ道はいま、日本という国をも動かしつつある。
中学1年で白血病に、結婚を意識した時にわかった「無精子症」
盛田大介さん(41)は、信州大学病院の小児科医だ。妻で看護師の妙子さん(41)とは、新人研修医時代に埼玉県の病院で知り合った。
いつも明るい大介さんが、中学1年の時に白血病を患っていたと知ったのは偶然だ。妙子さんが、がん患者や遺族への接し方に悩んでいた時に、「患者の気持ちはわからない。でも、わかろうとしてくれる人がいるだけで救われる人がいるんだよ」と自分の体験からアドバイスをくれた。
互いにひかれあい、2人の時は「だいちゃん」「たえちゃん」と呼び合う仲になった。
結婚を意識したころ、白血病の経験が大介さんに重くのしかかってきた。治療の副作用で無精子症になる場合がある。彼女と先に進んでいいのか。迷いを断ち切るために、医療機関で精液検査を受けた結果は、精巣に精子がない「無精子症」で、治療のすべもないという残酷な診断だった。
不妊の原因は男性が半分、家族になる方法は一つじゃない
不妊というと、女性が原因と思われがちだが、不妊の半数近くに男性が関係しているという統計がある。大介さんのような男性の無精子症も100人に1人と決して少なくない。
わずかでも精子があれば、たえちゃんに結婚を申し込んだのに。悔しくて車の中で涙が止まらなかった。妙子さんはどう言葉をかけていいかわからなかった。あきらめよう。そう決めた大介さんは、よそよそしい態度を取った。
妙子さんは考えた。家族を作る方法は、一つじゃない。特別養子縁組で子を迎えることだって、精子提供を受けることだってできる。だから1か月後に大介さんを呼び出した。私の幸せは私が決める。「大好きなあなたとずっと一緒にいる」
親族の精子の方が「しっくりきた」
子どもを持つなら、大介さん以外の男性から精子の提供を受ける必要がある。日本では、慶応大学病院を中心に、戦後まもなくのころから医学生らが精子をアルバイトで提供する不妊治療が行われてきた。
妙子さんは、不妊治療のクリニックで、親族から精子を提供してもらう方法もあると告げられた。知らない誰かの精子より、親族から提供してもらう方が妙子さんには「しっくりきた」。
2人で話し合った時に、「それなら、お父さんからの精子提供だよね」と大介さんに言った。「そりゃ、おやじからの精子提供だよね」と大介さんも応じ、二人とも同じ気持ちだったことがうれしかった。
「何でも協力する」応じた父親
息子夫婦から精子のドナーになってほしいと頼まれた大介さんの父・博さん(73)は、「何でも協力するよ」と返事をした。息子が白血病と診断され、「体中が痛い」と泣き叫んだ時、国鉄の整備士だった自分は、ただそばにいることしかできなかった。
家族の中で唯一、血液の型が適合した長女の骨髄移植を受けて、息子は生還して医師になった。無精子症とわかった上で結婚してくれた妙子さんには感謝の思いしかない。「2人が幸せになるのであれば反対する気持ちはありませんでした」
大介さんの母の豊子さん(64)も「大介には子どもができないと覚悟していた。たえちゃん、本当にありがとね」。妙子さんの両親も「2人の望む方法が一番だと思う」と2人の選択を尊重してくれた。
親族提供は「指針」違反という現実
しかし、親族からの精子の提供で不妊治療を行う医療機関は少ない。日本に精子提供に関する法律はなく、1997年に「日本産科婦人科学会」が作った指針で、精子のドナーは「匿名の第三者に限る」となっているからだ。
第三者の精子提供で不妊治療が長く行われた歴史を追認した形で、「家族関係が複雑になる」という立場だ。生まれてきた子が自らのルーツを知ることはできず、「夫に似た子を育てたい」という思いには耳を傾けないままルール違反となってしまった。
親族提供を受け入れてくれる医療機関は、大介さんら夫婦も依頼した「諏訪マタニティークリニック」(長野県)など一部に限られている。公表せずこっそりと実施しているところもある。「いったいなぜ」と大介さんは不思議に思った。
同クリニックでは、1996年以降、大介さんたち夫妻のように、父がドナーとなる精子提供で300人以上が生まれている。事前に独自の審査で実施するかどうかを決めるといい、夫婦や博さん、家族の意志も確認した。博さんは「ジージ(祖父)として孫とつきあうのは当たり前のこと。その心構えがあればまったく問題ないよ」と話した。
博さんから提供を受けた精子を妙子さんの卵子と受精させた上で、体内に戻す「体外受精」を行い、2人の息子が生まれた。
「ジージのタマゴ」で生まれたと告げた
祖父から精子提供を受けた事実を子どもたちにどう伝えるか。大介さん夫婦はずっと考えてきた。祖父母を含めた家族みんなから望まれて生まれてきたことを知ってほしいと思う。一方で、子どもたちがどう反応をするか、受け入れてくれるか不安もあった。
「トット(父)からお話ししたいことがあるんだ」。長男が幼稚園を卒園した2020年3月、自宅のリビングで長男と向かい合って、切り出した。トットは子どものころの病気でタマゴがなくなってしまった、でも、カッカ(母)と結婚して君たちの父親になりたかった、ジージからタマゴをもらって君たちが生まれた…。話すうちに、胸の鼓動が速くなった。
じっと聞き入っていた長男は、「ジージとお話しする」と言った。離れて暮らす博さんに電話をかけると、長男は電話口で「ジージ、トットを助けてくれてありがとう。おかげで僕は生まれてこれたよ」
「お父さんにしてくれてありがとう」
大介さんは現在、留学のため、家族と一緒にアメリカに滞在中だ。この春に9歳になった長男の誕生日パーティーで、大介さんはケーキのろうそくを吹き消した長男を抱きしめて言った。「生まれてきてくれてありがとう。お父さんにしてくれてありがとう」
長男は「ジージからたまごをもらって良かった。トットと僕は忘れん坊なとことか、サルみたいな耳とかが似てるよね」。大介さんが「トットと似ていてうれしい?」と尋ねると、6歳の次男と2人で「めっちゃうれしい」と口をそろえた。
知らない人からタマゴをもらう方法もあると大介さんが伝えると、「おじいちゃんの性格が嫌いな人もいると思うし、おじいちゃんが病気の場合だってあると思う。いろんな方法が選べた方がいい」。
自分たち夫婦が思うよりずっと素直に、子どもたちは事実を受け止めて、成長していると思う。
「出自を知る権利」で精子の提供者が激減
盛田さんたちが、子どもたちに事実を伝えたのは、子どもの「出自を知る権利」を保障するためでもある。国連の「子どもの権利条約」にも明記されているが、イギリスやドイツなど欧州とは違い、日本では法制化されていない。
ただ、この権利が注目され、日本での第三者による精子提供は曲がり角に来ている。
匿名だった精子の提供者の情報が、子どもの求めに応じて将来開示される動きがあると病院が候補者に説明をしたところ、提供者が減っている。プライバシーが守られなくなることを危惧したためとみられる。そのため、SNSを使った危険な個人間での精子取引も広がってきた。
不妊治療に詳しい医師らでつくる「日本生殖医学会」は20年に親族提供を選択肢に含める提言を発表した。親族提供に慎重な姿勢だった日本産科婦人科学会も今年の6月、出自が明確にわかる「親」を提供者に加えた方がいいとする考え方を発表した。
今年の春、ある国会議員から大介さんに、「これまでの家族の歩みを話してもらえませんか」と依頼があった。国会の超党派の議員連盟が、親族からの精子提供を認める法律を作ろうとしている。その法案作りのための勉強会の講師に招かれたのだ。
オンラインでの講演だったが、実名で初めて親族からの提供を公にした大介さんの話を聞こうと議員や官僚が集まった。盛田さん夫婦の思いに「家族のリアリティーを聞くことができた」と、会場から大きな拍手が巻き起こった。法案は秋の臨時国会にも提出される可能性が出ている。
盛田さん夫婦はいう。「僕らにはこれが最も幸せな形でした。もちろん、誰にでもあてはまるわけじゃない。こんな家族の形があってもよくないですか」(読売新聞医療部・加納昭彦)
【一番上の写真】次男が産まれた時の記念写真
※この記事は、読売新聞オンラインによるLINE NEWS向け特別企画です。
【身内からの精子提供をどう思いますか?】読売新聞が運営する掲示板「発言小町」で皆さんのご意見を掲載しています。