私たちの肩は、ふだん一体どのように動いているのでしょう?今回はヨガポーズで、肩関節の8方向の動きを解説します。
肩関節の動きって?
私達が腕を上げ下げしたり回したりといった様々な動きは、肩関節で行われています。その肩関節を自由に動かすためには、土台となる肩甲骨の動きが同時に伴うため、肩関節と共に肩甲骨の動きもとても大切です。
しかし、肩関節の動きと、肩甲骨の動きとがごちゃ混ぜになってしまっていませんか?一度ヨガのポーズで肩関節の動きを整理してみましょう。実際に肩に痛みや不安のある人や、脱臼などの怪我をした経験のある人も、きっとヨガをする時の参考になるはずです。
肩関節は、以下の8方向に動きます。
・屈曲(くっきょく)/伸展(しんてん)
・外転(がいてん)/内転(ないてん)
・外旋(がいせん)/内旋(ないせん)
・水平外転/水平内転
一方で肩甲骨は、以下の6方向に動きます。
・挙上(きょじょう)
・下制(かせい)
・外転
・内転
・上方回旋(じょうほうかいせん)
・下方回旋(かほうかいせん)
肩甲骨には他にも、前傾/後傾、前方突出(前進)/後退といった表記もあり文献により異なりますが、肩甲骨の基本はこのイラストの6方向に動くと考えるのが一般的で分かりやすいです。
今回は、肩関節の8方向の動きについて整理していきましょう。
肩関節とは
さて、肩関節は私達の身体の中に一体いくつあるか知っていますか?右肩と左肩を合わせて2つ?いいえ、実は肩関節は一人の身体につき10個あるのです。
肩関節とは、
・肩甲上腕関節(けんこうじょうわんかんせつ)
・胸鎖関節(きょうさかんせつ)
・肩鎖関節(けんさかんせつ)
・肩甲胸郭関節(けんこうきょうかくかんせつ)
・肩峰下関節(けんぽうかかんせつ)
の5種類の関節をまとめた総称です。
片腕に5つずつこれらの関節があるので、両肩合わせて肩関節は10個です。知らなかった方も多いかもしれません。これらすべての関節が協力して関わり合うことで、腕をいろんな方向に動かすことを可能にしています。そして肩関節は、胸骨・鎖骨・肩甲骨・肋骨・上腕骨という5つの骨から構成されており、これらを合わせて「肩複合体」といいます。
一般的に肩関節とは、この5つの関節のうちの「肩甲上腕関節」のことを指します。多くの人が「肩関節」といわれてイメージする部位で間違いないと思います。
肩甲上腕関節(以下、肩関節)は、肩甲骨と上腕骨から構成されています。
肩関節は、上腕骨の大きな凸状をした上腕骨の骨頭と、浅い凹状をした肩甲骨の関節窩で形成されている球関節です。関節窩は上腕骨頭の約1/3を覆うだけの緩い適合となっているため、非常に広い可動性を有しています。
その反面、最も不安定で怪我を起こしやすい構造をした関節でもあります。肩関節脱臼、野球肩、五十肩などの肩関節周囲炎、腱板断裂などが主な肩の障害です。
ヨガポーズで肩関節の動きを考える
肩を壊さないための正しい動かし方のポイントは後ほど説明します。その前に、ヨガのポーズで肩の動きを一度整理してみましょう。
屈曲と伸展
ヴィーラバッドラーサナI(戦士のポーズI)で、バンザイするように正面から腕をあげる動きが肩の「屈曲」、腕をあげたその軌道を戻るように正面から下ろす動きが「伸展」です。
外転と内転
ヴィーラバッドラーサナI(戦士のポーズI)で、円を描くように身体の横から腕を天井方向に回すようにあげると肩の「外転」、そのまま同じ軌道で横から下ろす動きが「内転」です。
腕を下ろした状態から、「屈曲」してバンザイしても、「外転」してバンザイしても、その出発点と終着点は同じです。違いは軌道です。どちらも腕を上げる動作のことを「挙上」といいます。
外旋
「外旋」は腕を外回しにする動きですが、実は腕を挙上した時に「外旋」は必ず起こります。特に外転して挙上した時に、約90°あげた辺りから自然と肩の「外旋」が起こるのです。
肩関節の「外旋」で肩甲骨が内転して、胸椎は伸展します。つまり、腕を外回しにすると、胸が開く方向に肩甲骨が後ろから背中を押すように誘導してくれるのです。肩の「外旋」はヨガのあらゆるポーズで必要な動きです。
内旋
「内旋」は腕を内回しにする動きです。ヨガで両手を背中の後ろに回すようなポーズは、すべて肩の「内旋」が必要です。
背中で両肘をつかんだり、背中で合掌や、バッダパールシュヴァコナーサナ(手を組んだ体側を伸ばすポーズ) や、セツバンダーサナ(橋のポーズ) などです。これらのポーズは同時に「伸展」も起こります。
水平外転と水平内転
「水平外転」は、90°外転位から腕を水平に外側へ、「水平内転」は90°外転位から腕を水平に内側へ動かす動きです。
ウッティターハスタパーダングシュターサナ(足の親指をつかんで伸ばすポーズ)では、身体の正面に持ち上げた脚を掴んだ腕は、「水平外転」させて身体の横へと移動させます。そこから正面に腕と脚とを戻す時は「水平内転」です。
同じく、身体の向きは変わっても、パリヴルッタトリコナーサナ(ねじった三角のポーズ)で、腕を天井に伸ばす動きは「水平外転」、その腕を床に降ろす時は「水平内転」です。
今度は、少し複雑そうなヨガポーズで肩の動きを考えてみましょう。
ゴムカーサナ(牛の顔のポーズ)
上下から後ろに両手を伸ばしてつなぐ、複雑な肩の動きを伴ったポーズです。この両腕の形は「アプレー・スクラッチ・テスト」といって、患者さんのリハビリの際に肩関節の可動域をチェックするテストでも頻繁に用います。
まず上の肩の動きを見てみましょう。これは実は「屈曲」「外旋」「外転」の3つの動きが合わさった複合運動です。そして下の肩の場合は、上の肩とまた違って「伸展」「内旋」「内転」の3つの動きが同時に起こっています。非常にややこしいですよね。
ガルーダーサナ(ワシのポーズ)
両腕と両脚とを絡めてバランスをとるポーズです。腕が見るからに複雑にこんがらがっていますが、このポーズの肩関節の動きは、実はとてもシンプルです。肘や手首の形に惑わされないようにしましょう。今注目しているのは肩関節だけです。肩を90°外転位から水平に両腕を中央に寄せているので、これは肩の「水平内転」のみの動きです。
ヨガで肩を動かす時に気をつけること
肩関節は、可動性が高い反面、安定性に欠けるとてもデリケートな関節です。その肩関節を怪我や故障がないよう安全に動かすために、ヨガのポーズで気をつけてほしいポイントが2つがあります。
肩の「インピンジメント」に注意
1つ目は、肩の「インピンジメント」です。インピンジメント(impingement)とは、「衝突」という意味です。肩は外転90°から自動的に外旋することにより、上腕骨の大結節が後方に回り、大結節と肩甲骨の肩峰との衝突を回避しています。このリズムが崩れると大結節と肩峰がぶつかり、その間にある棘上筋腱や滑液包をはさみ込んで傷つけてしまい炎症が起こり、痛みや故障の原因になります。
インストラクターがヨガの最中に「手のひらを天井に向けながら腕を上げて」や「腕を外回しにして腕を持ち上げて」と言っている場合は、きっとインピンジメントを避けるための安全なガイドだと思います。
肩のインピンジメントは、屈曲よりも外転で腕を上げた際に頻発します。ですので肩を痛めている人や肩に不安のある人は、外転ではなく屈曲で腕を挙上する方が安全です。実際に、肩に痛みを訴える患者さんを評価した場合、屈曲より外転で腕をあげた時に痛みの訴えが圧倒的に多くなります。
「スキャプラプレーン」上を意識
頭上から身体を見下ろした際に、左右の肩甲骨は一直線上ではなく、横長の楕円形をした胸郭の関係で、約35°前方に向いています。それを「肩甲骨面」または「スキャプラプレーン」(scapular plane)といいます。
腕を外転させる時は、身体の真横まで外転させずにこの肩甲骨面上で、もしくはそれよりも内側で腕を挙上することで、インピンジメントを避けることができます。これは肩関節が最も強く安定するポジションでもあります。スキャプラプレーン上に腕を揃えることで、上腕骨頭をよりまっすぐ関節窩に向けて適合させ、棘上筋の起始と停止が一直線上に並び、関節包や腱板のねじれや歪みを防ぎます。
しかしヨガの時に、常に腕をこの斜め35°方向に限定して動かすなんてことはムリですよね?ヨガのポーズでは正面や真横や後ろなどあらゆる方向に腕を動かします。
そこで、肩甲骨を土台として肩を動かせば大丈夫です。肩甲骨と上腕骨とが一直線上に並んでいる状態が、肩への負担を最小限に抑えられるということなので、肩を屈曲して腕を挙上する時は肩甲骨を「外転」させて、肩を外転させて腕を挙上する時は肩甲骨を「内転」させて、というように、肩甲骨と上腕骨とのラインをできるだけ揃えるということを徐々に意識していけると良いです。私がよくヨガの時間に「肩甲骨から腕が伸びているイメージで」と言うのはこのためです。
最後に
肩関節の8方向の動きの整理はできましたか?ヨガのポーズとセットで8方向を考えてみると、意外とスッと理解できたのではないでしょうか?
肩のインピンジメントを起こさない工夫と、スキャプラプレーン上での動き、そして肩関節を動かすためには、肩甲骨の動きが土台となって伴うことを忘れないでください。肩に痛みや不安のある人は特に、そしてそうでない人も今後自分の肩を守るために、今回お伝えしたことを理解した上で安全にアーサナをおこなってみてくださいね。
参考
川島敏生「ぜんぶわかる筋肉・関節の動きとしくみ事典」成美堂出版,2012
中村尚人「体感して学ぶヨガの運動学」BABジャパン,2019
D.A.Neumann「カラー版筋骨格系のキネシオロジー第2版」医歯薬出版,2012
ライター/堀川ゆき
理学療法士。ヨガ・ピラティス講師。抗加齢指導士。モデルやレポーターとして活動中ヨガと出会い、2006年にRYT200を取得。その後、健康や予防医療に関心を持ち、理学療法士国家資格を取得し、慶應義塾大学大学院医学部に進学。現在大学病院やスポーツ整形外科クリニックで、運動機能回復のためのリハビリ治療に携わる。RYT200解剖学講師も務める。