デビュー30周年を迎えた2022年に、30周年は20年先となる50 周年への入り口であることを宣言したMr.Children。ボーカルにしてソングライターの桜井和寿のなかでは、「いくらでもいける」という気持ちのときもあれば、「やっていけんのかな」と考えるときもあるという。コロナ禍では、2021年のツアーが発表前に中止となるなど、バンドがほぼ動けない時期も過ごした。CDからサブスクへという音楽産業の大きな変化も経験した。それでも桜井は、「いい音楽を作りたい」という思いをさらに純化させたという。その境地へ至るまでの道程とは。(撮影:太田好治/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
音楽の価値がすごく下がっている
Mr.Childrenが30周年を迎える過程で、世界は大きな変化に直面した。コロナ禍により、2021年に予定されていたツアーは、発表されることもなく中止になった。
「正直ぼんやりしていました。サッカーゴールがないのにサッカーしているみたいな。だから、どこに向かってドリブルしていっていいのかも、パスを出していいのかもわかんないっていう感じで。曲はできるんですけど、絵で言うと、メモ用紙にデッサンするぐらいで、キャンバスを出して『さあ描くぞ』っていうような作り方にはなかなかならなかったです。でも、30周年にドーム&スタジアムツアーをやるっていうのが決まっていたので、2021年は、そこに向けての準備っていう一年でした。そういう目標が見えているほうが張り合いを感じるんですね」
桜井は自分たちの歴史を振り返るなかで、「ラッキー」という言葉を強調する。
「ほんとにラッキーなんだと思います。今、僕らが新人バンドとしてデビューしたとしても、絶対埋もれてると思うし。CD業界がものすごく全盛期のときにヒット曲を生んでこれたっていうこともものすごくラッキーですし」
桜井は、過去のインタビューで「CDが売れない時代」について幾度も言及してきた。
「CDというよりも、音楽の価値がすごく下がってると思うんです。それを悲しいことだとか言ってるわけではなくて、僕らのときが、あまりにも音楽の価値が持ち上げられすぎてたんだと思うんです。今は無料コンテンツになっちゃってるんで。でも、違和感もそんなになくなってきてるかも。それはもう……仕方のないことというか」
そうした心境に至るまでには、それなりの時間を要した。
「サブスクにすごく違和感があって、抵抗してた時期はありました。でも、どんどんどんどん、自分自身も新しい時代の流れに慣れていくし、それも便利だと感じているし。受け入れるしかないというか。そこに何か悲しみとかもそこまでなく」
サブスクで新旧の音楽をフラットに聴ける状況になったことで、「いい音楽を作りたい」という思いが、さらに純化された部分もあるという。
「古いものから新しいものまで全部、今のシーンとして聴けるじゃないですか。だから、カウンターを打ちたいっていう気持ちはあるんだけど、どれがメインストリートなのか、もはやわかんなくなってきてるので。だから、自分の信じるもの、自分が感情を込めて歌えるものを作っていくっていうことが、今やってることですね」
いつも「やっていけんのかな」と思っている
今もなおJ-POPシーンに君臨するMr.Childrenを、桜井は「もう自分が潰されそうなぐらい、とてつもなく大きな存在」と表現する。そんなMr.Childrenから、逃げたくなるときはなかったのだろうか。穏やかで柔和な表情、フラットなトーンで語っていた桜井が、思わず苦笑する。
「それはもう、いつもいつもです。『やっていけんのかな』とか」
しかし、現在開催されている30周年記念ドームツアーのタイトルは「Mr.Children 30th Anniversary Tour 半世紀へのエントランス」。半世紀、つまりあと20年は活動を続けることを宣言しているのだ。
「ものすごく調子がいい状態のときは、『いくらでもいける』って思うときがあるんですよ。調子がいいときは、もう自信満々なわけです。だけど、自信がなくなってるときは、『この曲は俺には響くけど、世の中の人には響かないかもな』みたいなときもありますよ(笑)」
日本人の心を最もつかんできたソングライターのひとりである桜井でも、そんな波がある。そんなときは、できあがった楽曲をメンバーやスタッフに聴いてもらうという。桜井が重視するのは、Mr.Childrenという巨大な存在のソングライターならではのものだ。
「大衆性があるかどうかっていうことだと思うんです。自信があるときは、『中学生の子が聴いても、同年代のおじさん、おばさんが聴いても、これ感動しちゃうよ』って思えるんです。でも、自信がないときに『大衆性はどうなんだろうな』ってなったら、『これは俺のコンピューターの中に眠らせておこうかな』みたいなときもあります」
大衆性がないとしても、桜井個人の作品として、ソロ名義でリリースすることは考えないのかと問うと、桜井は潔いまでに否定した。桜井は、これまでソロ名義の作品をリリースしたことが一度もない。
「僕が責任を持って監修し、魂を込めて歌える作品はMr.Childrenでいいかなと思ってます。Mr.Childrenというバンドで歌うものと、僕ひとりが歌うものとでは、ほんとに不思議だけど、響き方が全然違うので。それはどういうマジックがあるのか、分析できてないし、分析したくもない。でも、たしかに僕はMr.Childrenとして歌ったほうが伝わると思うし」
売れて一番良かったことは、売れることを気にせず作れること
30周年にリリースされるベスト盤『Mr.Children 2011 - 2015』『Mr.Children 2015 - 2021 & NOW』。その『Mr.Children 2015 - 2021 & NOW』には、新曲2曲を収録している。なかでも「生きろ」は、コロナ禍だからこそ、その曲名とともに鮮烈なインパクトをもたらす。
「歌詞を書いてる時点で『生きろ』っていう言葉が出てきたわけではなくて、歌入れをして、最後の歌詞を歌い終えてから、エンディングで何か叫びたかったんですよね。たぶんいろんなことが呼応して『生きろ』っていう言葉に行き着いていると思うんです。曲が持ってるものや、アレンジが持ってるものの強さもそうだし、コロナ禍だったっていうことも大きく影響してると思うし」
「追いかけろ 問いかけろ」「失くしたものの分まで / 思いきり笑える /その日が来るまで / 生きろ」といった命令形が頻出する歌詞を世に出すことに、迷いはなかったという。
「プロの作家としては、これはすごく強いキャッチをつけられたなっていう気持ちです。デモのエンディングのときに、ほぼアドリブで『生きろ』って叫んだ瞬間の僕は、きっとプロの作家ではないんですよね、でも、この曲に魂が宿った。もうひとりのプロの作家としての僕が、歌い終えた後に『今のはいいキャッチだったな、採用しましょう』って言ってるような。それを行ったり来たりできるから、プロでいられてるんだとは思うんです」
「燃え盛る 湧き上がる / 想いは今も変わらねえ」と言い切る歌詞も、鋭く聴き手の胸に刺さる。
「できるだけ邪念を捨て去ったところで音楽を作っていきたい、歌っていきたいっていう気持ちはずっとあると思いますね」
その「邪念」とは、他のミュージシャンがそうそう成就できないものだ。
「『売れたい』とか。売れて一番良かったことは、売れることを気にせず作れることですね」
もう一曲の新曲である「永遠」には、50代を迎えた桜井が、これほどみずみずしいラブソングを書けることに驚かされる。Netflixの映画「桜のような僕の恋人」の主題歌であり、作品に大きな刺激を受けたという。
「みずみずしい恋愛というのは、僕の中ではもう相当遠いものなので、映画の物語に出てくる若い男女の気持ちを、これでもかってぐらい酌んで、今回は曲を作ってみたいと思いました」
SNSも見るが、それで精神的に左右されることはないという。その冷静さが、桜井を桜井たらしめている。
「自分のことだけではなく、いろんなことを見ますけど、ひとつの情報として見てるので、何かを見て、ぐあーっと心を動かされるっていうよりかは、雑誌を見て情報収集するような気持ちとほとんど変わらないです。いろんなことにアンテナを張り巡らせてるというよりも、いい音楽を作ることぐらいしか、あんまり興味がないんです」
大きな事件があれば、音楽の表現も言葉も変わっていく
Mr.Childrenは、2001年のアメリカ同時多発テロ事件の発生を受けて、「さよなら2001年」という楽曲を発表したことがある。
「毎月決まった日 振り込まれてくるサラリーのように
平和はもう僕等の前に 当たり前に存在はしてくれないけど」
この歌詞を書いた桜井和寿は、ロシアによるウクライナへの侵攻も、Mr.Childrenの作品に何らかの影響を及ぼすだろうと語る。
「世界的に大きいエピソードだけが作品に影響を及ぼすわけでもなくて、本当に小さい、誰かが言った一言が自分に引っ掛かってくることもあります。でも、今回のウクライナのことは、今、世界が変わってる大きな出来事なので、当然影響はあると思いますね。2001年もそうだったし。大きい事件では、世の中の感じ方や受け止め方、価値観も変わってくるから、当然音楽の表現も言葉も変わっていくと思うんですよね。響く言葉が変わってくるっていうか」
そして桜井は、30年を歩んできたMr.Childrenというバンドについて振り返り、「テクニカルなバンドじゃない」とも言い切る。驚くほどあっさりと言うので、真意を確認したほどだ。
「いや、僕らはテクニカルなバンドじゃないです。自分たちは底辺だっていうような意識はすごくあると思う。それがいい意味で謙虚さにもなってると思うし。でも、『音楽で人の心を動かすのにテクニックは一番大事な要素じゃないじゃん』っていうことを、直感的に気づいたのかもしれないし、だとしたら、それはそれですごい才能だとも思うし。そこに対して劣等感みたいなものもあまりないし、『それより大事なことを知ってるよ』っていう自信みたいなものは、メンバーみんなあると思います」
客観的に自分たちを見ながら、聴く者の心を動かすことを目指して、音楽を純化させてきたMr.Children。デビュー50周年の頃には、メンバーは70代だが、変化への覚悟はできているという。自然と出てきた「死」という単語が、桜井が本気であることを突きつける。
「60代までは想像できるんで、70代も想像できなくはないですね。どんどん変わっていくだろうし、それを受け入れてもいきたいし。老いていくこと、死んでいくことが見苦しいことだとも思いたくもないし。自分の中でできるだけ正当に受け入れて評価して、変わっていけたらなと思いますね。4人の健康に関しては心配ではありますけど、気を使うとまたそれがストレスで不健康になったりもしそうなんで、ほどほどにですね(笑)」
桜井和寿(さくらい・かずとし)
1970年生まれ。Mr.Childrenのボーカル。1992年ミニアルバム『EVERYTHING』でデビュー。1994年シングル「innocent world」、2004年シングル「Sign」で日本レコード大賞を受賞。「Tomorrow never knows」「名もなき詩」「HANABI」など数々の大ヒットシングルを世に送り出す。2022年4月から全国ツアー「Mr.Children 30th Anniversary Tour 半世紀へのエントランス」 を開催中。5月10日にデビュー30周年を迎える。5月11日に『Mr.Children 2011 ー 2015』『Mr.Children 2015 ー 2021 & NOW』をリリース。
(取材・文/宗像明将)