浦和レッズが3年計画をスタートさせた2020年。クラブ内部では、減少傾向にある入場者数に歯止めをかける一案として、別の計画も動き出していた。
『埼スタ女子トイレ向上プロジェクト』
企画の立案者は当時、競技運営担当を務めていた柳紫乃さん。埼玉スタジアムのホスピタリティ改善に取り組む一環として、女性の視点で着目したのがトイレだった。
建設から約20年が経過し、最新の設備が整っているとは言い難かった。
「決して汚くはないのですが、人気の商業施設、遊興施設などに比べると……。非日常のエンターテインメント空間だからこそ、トイレで現実に戻ってほしくないなって。女性の立場からすると、トイレ設備が新しく快適だとうれしいですから」
さっそく、各部署の担当者が集まる社内企画会議で議題に上げた。
当初、多数を占めた男性陣からは「優先順位として、ほかにもやることがあるのではないか」という声も出たものの、柳さんの熱意が勝った。
そして、プロジェクトが立ち上がると、20年12月19日、北海道コンサドーレ戦で一部のトイレでデモストレーションを実施し、試験的にハンドソープ、アロマディフューザー、照明、グリーン等を設置。実際に利用した人たちの声を拾うと、予想を超えて、さまざまな意見が集まった。
「便座が冷たいので、温かい便座がいい」
「入り口と出口の導線が分かりにいく」
「生理用品の自動販売機を設置してほしい」
「着替え等に使う台(チェンジングボード)がほしい」
「化粧場所(洗面台との区分け)がほしい」
アンケートの結果に目を通したコーポレート本部スタジアム運営担当の早川拓海さんは、新たに気付くことばかりだったという。男性目線では分からない部分も多かった。
手探りでスタートした計画は、ここから一気に歯車が回り始める。
21年2月には埼玉県、共同指定管理者である緑地協会、浦和レッズの三者で話し合いの場が持たれた。利用者の声を埼玉県に届けると、賛同を得ることができた。
同年12月には提案した多くの要望が受け入れられ、改修工事が決定。最終的にはファン・サポーターの男女比を考慮し、男性トイレも改修することになる。
あらためて、『埼スタトイレ向上プロジェクト』として本格的に動き出した。22年4月6日の清水エスパルス戦には、新生『パイロットトイレ』が完成し、以下の箇所でお披露目となった。
・メインスタンド2階コンコース 男子トイレ(201入口付近)
・メインスタンド2階コンコース 女子トイレ(201入口付近)
・バックスタンド2階コンコース 男子トイレ(217入口付近)
・バックスタンド2階コンコース 女子トイレ(214入口付近)
柳さんとともに会議の中心となって案件を進めてきた早川さんは言う。
「個人的に思うのは、ファン・サポーター、埼玉県民、埼スタを使っている人たちと一緒にゴールをみつけていくプロジェクトだと思います。これからも試行錯誤して進めていきます。できることとできないことはありますが、小さいところから変えていきたいです」
まだ、プロジェクトは発展途上中である。
発案者である柳さんは今年の4月1日付けでレッズレディース本部へ異動になったものの、トイレへの思いは変わっていない。
リカルド ロドリゲス監督が成長するための必要な要素として、よく口にする“野心”を持っている。
「次は歴史ある浦和駒場スタジアムでさまざまな改善に取り組んでいきたい」
社内では冗談まじりに昔のヒットソングになぞられ、『トイレの神様』と呼ばれることもあると快活に笑う。
十数年前に流行った曲の歌詞をふと思い出した人もいるのではないか。
《トイレにはそれはそれはキレイな女神様がいるんやで》
もしかすると、そこに勝利の女神もいるのかもしれない。
(取材・文/杉園昌之)