シーズン序盤に負った怪我はすっかり癒え、いまは自ら調子の良さを実感している。
6月26日の名古屋グランパス戦で今季初の先発出場を果たすと、続く30日のジュビロ磐田戦でもスタメンに名を連ねた。浦和レッズ3年目のブライアン リンセンは、これまで以上の手応えを感じている。
「コンディションさえ上がれば、チャンスは来ると思っていました。今季のチームスタイルは、自分にとても合っている。前線から思い切り、エネルギーを注げます。昔から攻撃的なサッカーには慣れているので」
トータルフットボールを生んだ母国オランダのエールディヴィジ(1部リーグ)では341試合に出場し、108ゴールを記録。プロ17年目のストライカーは、揺るぎない自信を持っている。
6月15日のセレッソ大阪戦で今季初ゴールをマークして感覚をつかみ、攻撃陣との連係はより深まってきたという。スタートからピッチに立った2試合は自身のゴールこそないが、心穏やかに練習に取り組んでいる。
「チームとしては2試合で4ゴール取れて、いずれも無失点で勝っていますからね。ゴールは誰が取ってもいいんです。試合に勝つことが最も重要なので。ボックス内で攻撃に関与する機会が増えてくれば、ゴールとアシストは自然とついてくるものです」
磐田戦ではチーム最多となる3本のシュートを記録。マーカーの前から力強く振り抜いた一発は強引に見えても、頭は冷静だった。GKのポジショニングを確認し、相手DFの股下を狙っていたという。
「トライしなければ、得点は生まれませんからね」
いまは心身ともに充実している。1年目は怪我に泣き、2年目は思うように出場機会をつかめずに悪戦苦闘。思い悩むこともあったが、苦難を乗り越えて浦和での今がある。33歳を迎えたリンセンは、大きな壁にぶつかるたびに自らに言い聞かせてきた。
“Never give up(あきらめるな)”
人生の教訓にしている言葉だ。口もとに手を当て、しばらく押し黙ると、ゆっくりと口を開いた。
「これはリンセン家の教えでもあるんです。僕ら家族が大事にしているスピリッツ」
まだ物心つかない2歳のころの話である。一家の大黒柱である父が突然、他界。残されたのはブライアンを含め、10歳の兄、12歳の兄、そして母親だった。家族は窮地に立たされたが、母親は下を向かなかった。すぐに顔を上げて、前に進み始めた。遮二無二働き、子どもたちに不自由させることなく、立派に育て上げたという。
リンセンは母親への感謝の気持ちと敬意を忘れたことはない。
「僕の母親は強い人です。あきらめることは絶対にしなかった。だから、僕ら息子たちが苦境に立たされたときには”Never give up“というんです」
ちょうど1年前、浦和で苦しんでいる時期にもオランダに住む母から同じ言葉をかけられた。リンセン家に「あきらめる」という選択肢はないのだ。
家族の絆は強い。ブライアンは少年時代から10歳上の兄の背中を見て、育ってきた。U-15オランダ代表に選ばれるほどの実力を持っていたエドゥインは、大きな怪我をするまでは母国で名の知れたナンバー10だったようだ。
「幼いころから兄はお手本であり、憧れの存在でした。兄のようなプロサッカー選手になりたいと思い、ボールを蹴っていました。その影響でアカデミー時代はMFとしてプレーしたし、プロ契約を結んだときも10番の選手でした」
10代後半から20代半ばにかけてはセカンドトップ、ウイングでプレーすることが多く、仲間のお膳立てをしながらゴールを決めてきた。
エールディヴィジでは47アシストを記録。点取り屋のセンターフォワードとして、本格的に頭角を現したのはフェイエノールト(オランダ)時代だ。徹底した筋力トレーニングで鋼の肉体をつくり、190cmを超える大柄なセンターバックとも堂々と競り合ってきた。リンセンの身長は170cm。それでも、「小柄だから」という言い訳は一切しない。
「オランダにいるころから常に大きなDFたちと闘ってきました。Jリーグでもそう。ほとんどのセンターバックは僕よりも大きいですが、負けるつもりはないですね。むしろ、僕は大きな選手とやり合うのが好きなので」
分厚い胸板をポンと叩いて、ニヤリと笑っていた。レッズ加入後もフィジカルトレーニングは欠かしておらず、「テック」の愛称で親しまれるフィジカルコーチのヴォイテク イグナチュクも目を丸くしていた。
「ブライアンの上半身の筋力は、すごい。相手に肩をつかまれても力強くターンしてシュートまで持っていくパワーがあります」
オランダ時代からボクシング、キックボクシングをトレーニングに取り入れており、格闘家顔負けの力強いパンチを打ち込む。ミットを持つテックコーチの手がしびれるほど。ピッチで拳を振り上げることはないが、上半身を鍛える必要性を口にする。
「肩と腕で相手を押さえる力は役に立ちます。自分の懐に相手を入れさせないようにできるので。トレーニングの一貫でボクシングをしている理由ですか? うーん、それは僕自身、ファイター的な要素が強いからかな(笑)」
スタートが出遅れた9番は、いまパワーがあり余っている。バックアップ体制も万全に整っている。リンセン本来のプレーをよく知る理解者からは、ひんぱんにメールが届く。スペースに走り込むランニングの仕方から飛び出すタイミングまで、細かなアドバイスが送られてくるという。
「プロサッカー選手を引退した兄はいま、オランダで指導者をしています。昨年、UEFAプロライセンス(ヨーロッパでは最高位の指導者資格)を取得したので、レッズの監督だってできますよ(笑)。いまも僕の試合もよく見てくれていて、助言をくれるんです。
ある試合のハーフタイムには『マリウス(ホイブラーテン)がボールを持ったときは裏のスペースを見ろ』とスマートフォンにショートメッセージが入っていました。さすがにその場で返信はしなかったのですけどね」
エールディヴィジで7シーズン、二桁ゴールを挙げてきた実績は本物。2年間、苦労したストライカーの本領発揮はこれから。夏本番を控えて、いまあらためて母の言葉をかみしめる。
“Never give up”
背番号9が見据えるのはJ1リーグ優勝。不屈の精神でゴールを狙い続ける。
(取材・文/杉園昌之)