福岡遠征から埼玉に戻った5月28日の夜、ひとりで風呂の湯船に浸かりながら、ふと4カ月前のことを思い返した。
東京都内で流通経済大学が主催したJリーグ内定者の記者会見場で、宮本優太ははっきりと口にしていた。
《夏までに酒井宏樹さんと対等にポジションを争い、右サイドバックのレギュラーになりたい》
発言に一切の後悔はない。改めて決意の言葉を反芻し、自らに言い聞かせた。
「ここで結果を出さないと、目標は達成できないぞって。このままではダメだと。センタリングを何本上げてもゴールにつながっていませんし、ペナルティエリア近辺でのプレーの質をもっと上げないといけない」
大卒1年目の22歳は、いま正念場を迎えている――。
シーズン序盤は予想以上に苦しんだ。2月26日のガンバ大阪戦でJ1デビューを飾り、4月6日の清水エスパルス戦でも途中出場したが、戦力の1人としてカウントされている認識はなかった。
「正直、自分を見失いかけた時期はありましたが、そこで自身を見つめ直しました。以前の僕はただ外側のレーンをアップダウンしていただけなので。リカルド ロドリゲス監督が求めていることに応えていなかったと思います。それに気づいて、練習から相手の立ち位置を見て、内側のレーンでもプレーすることを意識するようになりました」
ひとりで思い悩んでいたわけではない。チームスタッフ、チームメイトに助言を請うことをいとわなかった。
特に平川忠亮コーチにはしつこいくらいに聞いた。紅白戦の前にポジショニングを確認し、練習後にも駆け寄った。
タッチライン沿いからタイミングを見計らい、「高い位置を取れ」という指示が飛ぶときは必ず聞き逃さないようにした。
全体のトレーニングが終わると、毎日のように居残り練習に付き合ってもらっている。
「ヒラさんの言葉を信じてやれば、間違いないと思っています。長年、浦和でプロとして活躍してきた人ですから。『試合に出られない時期も腐らずにやることが大事だ』とよく言われていました。練習で徐々に感覚をつかみ、いいポジショニングを取れるようになってきたのもヒラさんのおかげです」
そして、アジアの舞台でチャンスが巡ってきた。
4月15日から30日まで、タイのブリーラムで集中開催されたAFCチャンピオンズリーグ2022(ACL)のグループステージでは、2試合の先発フル出場を含む、計3試合でプレー。ゲーム勘の鈍りを心配していたが、杞憂に終わった。格下相手の試合だったとはいえ、確かな手応えを得た。
「リカルド ロドリゲス監督のサッカーを表現できたのかなと。試合の中でサイドハーフ、ボランチとコミュニケーションを取り、コンビネーションを使ってサイドから崩せたことは自信になりました。持ち味の運動量を生かし、90分間走り続けることもできました。僕にとっては、いいきっかけになったと思います」
5月21日、埼玉スタジアムに上位の鹿島アントラーズを迎えた一戦では、先発メンバーに名を連ねて堂々とプレー。3万7144人が詰めかけ、熱気が充満するピッチに立った時間は何物にも代え難い。両クラブの意地と意地がぶつかり合うなか、球際で激しく戦い、1対1の守備でも負けなかった。
「1年分くらいの経験を積んだ気がします。やはり、鹿島戦の緊張感は違いました。あのピッチでプレーしないと体感できないものがあります。すごく楽しかったです」
ただ、レベルの高いゲームだったからこそ、新たな課題も明確になった。
チームスタッフ、チームメイトからは「もっと積極的に仕掛けろ」と指摘を受けた。思い返せば、リスク回避を優先するあまり、チャレンジできる場面で躊躇していた。
4日後のセレッソ大阪戦まで、問題を修正する時間は限られていたが、大阪遠征に出る前にケガで離脱中の酒井宏樹に声をかけられた。
「ミヤ(宮本)、ここでチャンスをつかんでこいよ。そうしたら、俺とローテーションでできるんだからな」
目標であり、尊敬すべき先輩の言葉は心に響いた。
浦和に加入してから間近でずっと見てきた存在である。
宮本はベンチからもスタンドからも、右サイドを駆け上がる背番号2を目で追い続けてきた。勘所を見極めたオーバーラップ、ピンチで体を張る守備、どれもこれも見習うべきだという。
「宏樹さんは攻守両面の大事なところで破壊力のあるプレーを見せます。きっと、ピンチとチャンスの匂いをかぎ分ける能力があるのでしょうね。僕は恵まれていますよ。現日本代表のサイドバックから直接アドバイスをもらえて、一緒に練習できているんですから。
すごく貴重な経験。宏樹さんに比べると、僕はまだまだですけど、もっと学んで吸収していきたい。いまの時間を大切にしないといけません」
失敗を恐れていては、高い壁を越えることはできない。C大阪戦に続き、5月28日のアビスパ福岡戦でも先発出場し、クロスだけではなく、果敢にゴールも狙った。
後半65分、練習から取り組んでいるカットインからの左足シュート。枠こそ捉えられなかったものの、可能性を感じさせる一発だった。
「ずっと取り組んでいる形なんです。練習のときはボール2個分くらい外れることが多くて、みんなに笑われたりもするのですが、それでもやり続けています。少しずつよくなっていると思います。シュートを打てば、何かが起こるかもしれないので」
福岡遠征から浦和に戻り、居残り組の先輩とばったり顔を合わせると、開口一番に言われたことがある。
「ミヤ、練習のときより近づいているよ。もうすぐだから、点も取れるんじゃない」
酒井の心遣いに、さらに意欲を駆り立てられた。苦しいチーム状況は理解している。リーグでは9戦勝ちなし。大阪、福岡のアウェーまで駆けつけてくれたファン・サポーターの姿をじっと見て、浦和を背負う責任を痛感した。
「怖がらずに自分を出すことで勝利に貢献したい。もっと声を出して、もっと走って、仲間を鼓舞していきます」
ルーキーに下を向いている暇はない。前だけを向いて、突き進んでいる。自らの殻を破り、チームに勢いをもたらすつもりだ。
(取材・文/杉園昌之)