FUJIFILM SUPER CUP 2022で川崎フロンターレに完勝し、今季のリーグ優勝に向けて素晴らしいスタートを切った浦和レッズに、思わぬ落とし穴が待ち受けていた。
京都サンガF.C.との開幕戦を0-1で落とすと、ヴィッセル神戸戦では終了間際に追いつかれ、ガンバ大阪戦では残り10分を切ったところで決勝ゴールを許してしまった。
3試合を終えた時点で1分2敗の未勝利――。
しかし、前線で起用されている江坂任は、決して悲観していなかった。
「いずれも勝てる内容で、決め切れれば、という試合でした。後ろからしっかり攻撃を組み立てることも、裏のスペースを狙っていくこともできていた。相手の立ち位置を見ながら、相手の嫌なところを突くこともできていた。退場者が出たり、不運な面もあって、もったいない結果になりましたが、内容は悪くなかったと思います」
とはいえ、京都戦、G大阪戦と0-1での敗戦がすでに2試合。攻撃の核として期待されてピッチに立つ以上、責任とは無縁ではない。
「自分が決められなかったというより、チームを勝たせられなかったことに悔しさを感じます。もちろん、自分がもっと決めにいくシーンを作れれば良かったですけど、もっとチャンスを作りたかった。誰が決めた、誰が外したではなく、純粋に自分がチームを勝たせられなかったことに責任を感じています」
自分が決める、ではなく、自分がチームを勝たせる――。
この考えは近年、江坂が大事にしているものだ。それは決してゴールのプレッシャーから逃れるためではない。むしろ、勝敗の責任を負う覚悟があるからこその思いだ。
2015年のプロ入り後、江坂にはストライカーのイメージがあった。J2のザスパクサツ群馬時代には13ゴールを奪い、J1の大宮アルディージャでの2シーズンには8ゴール、7ゴールとコンスタントに得点を重ねた。
この頃の江坂は、得点への飢えを感じさせる選手だった。
そんな江坂のプレーに幅が生まれたのは、柏レイソル時代のことだ。
クリスティアーノやマイケル オルンガといったゴールハンターとコンビを組むことで、周りを生かすプレーに磨きが掛かっていく。
「群馬時代はチームがカウンタースタイルで、自分ひとりで行かなければならなかったし、自分も上を目指すために結果を残さなければならなかった。
大宮でもアキさん(家長昭博)という、ゲームメイクができて決定的なパスを出せる選手がいたので、自分はゴールを奪うことに専念したほうがいいなと」
一方で、自分は純粋なストライカーではない、という思いも抱えていた。
「もともと僕は、相手に捕まらないようなポジションを取りながら、ボールをさばいてゴール前に飛び出していくタイプ。レイソルでストライカーと組んだことで、本来のプレースタイルがより整理されていったというか」
高校時代はトップ下を本職としていた。ある時期、好きな選手として挙げていた選手の名前を見れば、江坂の理想像がうかがえるだろう。
元スペイン代表MFの グティ。
天才MF として名を馳せ、ラウール、ロナウド、ルイス フィーゴ、ジネディーヌ ジダン 、デイビッド ベッカムらを擁する銀河系軍団にあって、クリエイティビティでは最も優れていると評価された選手だ。
「相手に体をぶつけられることなくボールを受けて、いい体勢で運んで、スマートに味方を生かす。ボールの持ち方とか、そういうところが好きでしたね」
プレースタイルが変化していく一方で、チームが勝たなければ意味がないと痛切に感じさせられる経験も重ねた。
群馬時代、自身は大宮への個人昇格を決めたものの、チームは残留争いに巻き込まれ、18位に終わった。
大宮でもコンスタントに得点を記録したが、2年目の17シーズン、チームはJ2に降格してしまう。
柏での1年目も9ゴールを奪ったにもかかわらず、チームのJ2降格を阻止することができなかった。
「自分が点を取って評価されても、降格したらなんの意味もないなって感じるようになりました。今は自分が点を取れなくてもチームが勝てば嬉しいし、自分が点を取っても負けたら悔しい。
フロンターレに移籍したアキさんが18シーズン、MVPに輝いた。得点王でもアシスト王でもなかったですが、チームを勝たせられる存在だった。そういう姿を見ていても、自分もチームを勝たせられる存在になりたいなって」
今季のレッズはもともとFWの選手が少ないうえに、キャスパー ユンカーが負傷のために出遅れ、ストライカー不足の状態だ。
しかし、その危機的状況が逆に強みにもなると考えている。
「チームとしてどこからでも点を取れるほうが相手にとって嫌だと思うし、自分がマークを引きつければ、アキ(明本考浩)や関根(貴大)、松崎(快)のところが空く。神戸戦では入らなかったですけど、松崎がフリーになった場面は狙いどおり。自分に相手が食いつけば、ほかの3人がフリーになりやすい。
逆に、アキが裏を狙ってくれることで、僕がフリーになれたりする。周りの選手を生かしながら、自分も生かされてゴールに向かっていくことが大事。ストライカーが不在のなかでも、最善を尽くしたいと思います」
昨年12月には、嬉しい出来事がふたつあった。
ひとつは天皇杯制覇である。
J2からキャリアを積み上げてきた江坂にとって、3大タイトルを獲得したのは初めてのことだ。
「やっと獲れたなって思いました。それによく言われるように、優勝の味を一度知ったら何度でも味わいたくなった。だからこそ、今年はリーグ優勝を経験したいと思っています」
もうひとつは日本代表への復帰である。
前回選ばれたのは、レッズ加入前の21年3月だったから、6月に加入したレッズでのプレーが日本代表の森保一監督から評価されたことになる。
22年1月21日に予定されていたウズベキスタンとの親善試合は残念ながら中止となってしまったが、国内組の合宿に参加し、刺激を受けている。
「レッズに来てレベルアップしたと自分でも感じています。相手を見てプレーするところ、判断のスピード、切り替えのスピードが上がったかなと。そういうところを評価してもらえたんじゃないかと思います」
これまでレッズを牽引してきたベテラン選手たちが今オフ、一気にチームを離れ、江坂よりも年上の選手は、西川周作、岩尾憲、酒井宏樹の3人しかいなくなった。自然体を強調しながらも、年長者に課せられた役割を自覚している。
「まだ30歳なんですけどね(笑)。チームがグッと若返ったので、こんなに上になったんだっていうのは感じます。やることは変わらないですけど、試合経験の少ない選手が増えたので、試合の進め方や締め方、流れを読むところはもっとやっていきたい。
若い選手にも声をかけながら、僕からも要求して、彼らにも要求してもらって、関係性を深めていきたいです」
ベテランの入り口に立ち、同級生の存在が江坂を駆り立ててもいる。
幼馴染みの小川慶治朗は昨秋、横浜FCからオーストラリアのウェスタン シドニー ワンダラーズに期限付き移籍を果たした。
柏時代にチームメイトだった伊東純也は、ベルギーのKRCヘンクで主力として活躍するばかりか、今や日本代表のエースとしてチームをワールドカップに導くべく奮闘している。
「慶治朗は昔から海外に行きたいと言っていたので、夢を実現させてチャレンジしている姿に刺激を受けますね。純也も代表での活躍は本当にすごいと思います。ただ、だから自分も海外で、代表で、というのではなく、自分はレッズを勝たせて優勝させたいという思いが強いんです」
昨夏、レッズに加入し、リカルド ロドリゲス監督のサッカーに触れたとき、これこそ、やりたかったサッカーだと感じられた。
「ボールをしっかり保持して、主導権を握る。やっている選手たちも楽しいし、観ている人たちも楽しい。それでいて勝てるサッカーだなって。自分自身、すごく良い感覚でやれましたし、成長も感じられた。だからこそ、今年は絶対に優勝するんだというところをブラさずにやっていきたい」
負傷していた小泉佳穂が復帰し、出場停止だった明本も戻ってきた。松崎も徐々にJ1でのプレーに慣れ、そして、3月2日の川崎フロンターレ戦ではユンカーも帰ってきた。
その川崎戦でも特に前半は主導権を握って、リーグ2連覇中の王者を押し込み続けた。
どこからでも点が取れる陣容の完成は決して夢物語ではない。そして、江坂は思い描いている。その攻撃陣の中心に自分がいて、勝利へと導くことを――。
(取材・文/飯尾篤史)