復帰戦となった東京ヴェルディ戦でフェイスガードを装着して試合に臨んだマリウス ホイブラーテンは、当たり前のように相手と激しく競り合っていた。
怪我明けでも不安や怖さは一切ないという。「私の感覚は普通じゃないかも」と冗談交じりに話すが、思考は驚くほど整理されている。
いま、マリウスが考えを巡らせているのは、チーム状況の改善だ。
東京V戦に敗れて、2019シーズン以来の4連敗。10月23日、柏レイソル戦の無失点勝利で悪い流れを止めたが、まだ苦境から完全に脱したとは言えない状況である。
ノルウェーで多くのキャリアを重ねてきた29歳は、過去を思い返していた。
プロキャリアをスタートした母国では、いくつもの困難に直面した。所属するチームの成績が振るわず、良い方向に進まないこともあった。それでも、チームとともに壁を乗り越えながらステップアップしてきた。苦しい時期には、いつも自分の胸に手を当てて考える。
「いまできないことを挙げるのは簡単です。重要なのは、選手一人ひとりが自身に矢印を向けること。試合でベストパフォーマンスを発揮できているか。チームのために働けているかどうかを考えないといけない。大きな変化は必要ないと思っています」
次節、マリウスは累積警告で出場停止になるが、現状を冷静に分析している。負けた試合で反省し、問題点の修正に取り組むことも大事。ただ、すべてのプレーが悪いわけではない。
逆転負けを喫した東京V戦でも、プラス材料はあった。敵陣でボールを奪い、ショートカウンターからゴールも決めている。数こそ少ないが、ビルドアップからチャンスをつくり出したシーンもある。セットプレーから2失点を喫したが、流れの中からはゴールを許していない。
「攻守両面で良い時間帯をもっと長くする必要はありますが、レッズ全体のクオリティーが高いのは間違いない。一つひとつの積み重ねが重要。選手個人それぞれのパフォーマンスを上げていかないと」
敗戦の重圧からミスを恐れて、消極的な姿勢でプレーすれば、悪循環に陥るという。恐怖心を一度覚えてしまうと、トライも難しくなってしまう。「サッカーはメンタルゲームなので」としみじみと話す。
「絶対に勝たないといけないと思えば、どうしても肩に力が入ります。みんな試合に勝つためにプレーしていますが、まずは怖がらずにベストを出すこと。うまく行く日もあれば、うまくいかない日もある。サッカーに限らず、他の仕事でも同じ。毎回、完璧にミッションをこなせる人なんていません。それが人間です」
どこまでも心は落ち着いている。16歳からプロの世界でもまれてきたこともあるが、よりメンタルが安定してきたのは5年前くらいからだ。当時、所属していたノルウェーのサンデフォードというクラブには、メンタルトレーナーの役割を果たすパフォーマンスコーチがいたという。そこで精神面を鍛えられ、考え方をあらためた。
「若いころはすべての試合で最高のプレーを見せようとしていましたが、実際はそうもいきません。疲労が抜けてなくて、体が重い日もあります。そんなときに、今日はパフォーマンスが落ちるかもしれないと思うのではなく、悪い状態なりにどうベストを尽くすのかを考えるようになったんです。
意識するだけでも、プレーは変わってきます。いま自分ができることに集中しないと。結果だけを追ってしまうと、それができなくなります」
29歳のセンターバックは自らのプレーにフォーカスしつつ、全体にも目を向けていた。
チームの雰囲気をつくるのは監督、コーチだけの仕事ではない。環境づくりは全員で行うもの。チーム内に絶対にミスは許さないという空気が漂っていれば、積極的なプレーは生まれにくくなる。
当然、誰もがミスは犯したくないが、チャレンジしなくなれば、成長もなくなる。苦しい状況を打開することもできないという。
「チーム、監督に求められることにトライしないといけない。そこで、誰かがミスしたときの周りのリアクションは大事です。『問題ないよ』と言えるかどうか。仮に10回中3回ミスしても7回成功すれば、それはポジティブに働きます。失うものよりも得るもののほうが大きいと思います」
ディフェンスリーダーの自覚を持つ男は、周囲の選手たちとコミュニケーションを図り、自らの経験と考えを伝えている。「もっと責任を負わないといけないと思っている」と言葉に力を込める。
選手が入れ替わるなかでも、丁寧に信頼関係を築いている。今季の成績は決して芳しいとは言えないが、バラバラにはなっていないことを強調する。
「どの世界でも、壊すことは簡単。人を信用するのと同じです。一度、嘘をつけば、信頼はゼロになります。少しずつでも積み上げていかないと。レッズの強みはチーム力。ひとり、ふたりの選手に頼り始めると良い方向には向かわない。チームスピリッツに勝るものはないです」
熱狂的なファン・サポーターの厳しい声にも理解を示す。アウェイ、ホームのスタジアムでたとえブーイングが鳴り響いても、真摯に受け止めている。
「応援してくれるファン・サポーターは、どんなときも大事に思っています。可能なかぎり、彼らの思いには応えたい。私自身、チームを助ける責任を果たしたいと思っています」
浦和レッズ加入2年目。本人に在籍年数について水を向けると、大きく首を横に振った。
「1年目でも5年目でも気持ちは変わらない。レッズというクラブは野心を持っているし、自分も同じ思いを持っている。これからも、チームの背中を押していくのが私の役割」
最後まで落ち着いた口ぶりで話していたが、静かな闘志は言葉の端々ににじみ出ていた。
(取材・文/杉園昌之)