夏の夕暮れ。陽が落ちる前には、いつも家路についていた。浦和レッズの小泉佳穂は、半袖短パンで走り回っていた少年時代を懐かしむ。
「うちは親が厳しくて、夏でも17時半には自宅に戻らないといけなくて。冬は17時くらいでした。門限どころか、小学校のチャイムが鳴ったらすぐに帰っていましたよ」
それでも、夏のある日は特別だった。いまでも楽しい思い出として残っている。東京都練馬区で育った小泉少年は、光が丘公園で行われるイベントを心待ちにしていた。
「夏祭りだけは、特例で夜間の外出を許されたんです。人がごった返す広場を歩けば、夜なのに学校の友だちたちとたくさん会えて、楽しかったなあ」
屋台がずらりと立ち並ぶなか、美味しそうに見えたタコ焼きを買って、食べたこともうっすら記憶にある。
「非日常的な感じが大好きでした。大学以降、すっかり人混みが苦手になって、お祭りにも行かなくなりましたけどね。いまとなっては、昔のいい思い出です」
ただ、夏休みといえば、頭に浮かぶのは、やはりサッカーボールを追いかけた日々。小学校1年生の頃、長野県に住む曾祖母(ひいおばあさん)の家を訪れたときのことは、よく覚えている。
「近くの神社で名前も知らないお兄さんと一緒にボールを蹴ったんです。その辺のイスをゴールにして、時間も忘れて遊んでいました。僕は純粋にサッカーを楽しんだ思い出って、それほどなくて……。
学年が上がるにつれて、少しでもうまくなりたい、という思いで競技と向き合っていました。あの日のように、無邪気にボールを追いかけることは、ほとんどなかったと思います」
真剣にサッカーに打ち込むようになってからも、夏休みは決まって長野に出向いた。少年チーム『光が丘キッドSC』の一員として、北信州の木島平で開催されるサッカー大会に参加するためだ。このときはまだ、2年おきに予期せぬ事態に見舞われるとは思ってもいなかった――。
小学校2年時は兄の応援で訪れたものの、まさかの大ケガ。きれいな芝生のある公園で父親とサッカーをしていると、地中に偶然埋まっていた大きなネジに足を切り裂かれたのだ。
4年生のときには、低いネットに足がひっかかり、コンクリートで顔面を強打。口から血を流し、永久歯を失うことになった。
「大人の歯が折れて、神経がむき出しになっていました。めちゃくちゃ痛かったです」
二度あることは三度ある。小学生最後の夏は高熱にうなされた。思い出の神社で罰当たりなことはしていないが、事件はすべて同じ長野で起きた。
「夏といえば、いろいろあったことを思い出してしまうんですよ」
冗談交じりに話し、白い歯をのぞかせた。小泉にとって木島平の夏が、忘れられない理由はあえて聞くまでもないだろう。
(取材・文/杉園昌之)
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