J1リーグ残留が懸かった11月10日のサンフレッチェ広島戦は特別だった。
埼玉スタジアムでは、初めてのスタメン出場。階段をゆっくり上り、ピッチに出ると、今夏、サガン鳥栖から加入したばかりの長沼洋一はあらためて驚嘆した。熱気あふれるファン・サポーターがつくり出す試合前の雰囲気は格別だった。
「やっぱり、すごいなって。アウェイチームの選手として、何度か足を運んでいましたが、今は自分のチームを後押ししてくれるわけですから。以前とはまったく違う感情を覚えました」
圧倒的な応援を肌で感じつつも、耳にはあまり入って来ていなかった。ロッカールームから気持ちを高め、目の前の試合だけに集中していたのだ。
一瞬たりとも気は抜けない。序盤から広島の猛攻を受け、必死にしのいだ。アウトオブプレーで中断するたびに、選手同士で声を掛け合っていたという。
「とにかく今は耐えようって。だからこそ、より守備に集中できたと思っています」
もちろん、理想的な展開ではない。雨あられのように打たれたシュートは前半だけで14本。後半は少し修正できたが、攻守両面において「改善点はあります」と素直に認めている。
持ち場は左サイドバック。無失点に抑えて胸をなでおろしながら、苦い顔ものぞかせた。先発メンバー入りを知らされたときから自らに言い聞かせていた。
「自分の良さを出すんだ。それがチームのプラスになる」
当初、イメージしていたのは、攻撃面での貢献だった。サイドハーフがタッチライン沿いに張れば、中央にポジションを取り、組み立てに加わることもできる。臨機応変に外側からオーバーラップを仕掛ける形、ビルドアップで積極的にボールを運ぶ形、あらゆるパターンを想定した。
いざ本番では戦況を見極め、左サイドハーフに入った松尾佑介のサポートを優先。1対1に強いチームメートの個性を生かすために攻撃参加も自重した。それでも、状況が落ち着いた後半には持ち味を垣間見せる。50分、サミュエル グスタフソンのパスを受けると、中央からドリブルで持ち上がり、右足でシュートを放った。
「真ん中のスペースが空いたので、スルスルと行けました。普通のサイドバックであれば、あのように立ち位置を取って中央のスペースに入っていくのは難しいと思いますが、僕にはそれができると思っています。でも、シュートはちょっと焦ってしまいましたね。ドカーンと打ってしまって……」
“6度目の正直”で古巣に初めて勝てたことはうれしかったものの、振り返れば、ふと苦笑が漏れる。
広島アカデミー時代からの旧友である日本代表GK大迫敬介には試合後、「洋一君、枠、枠」と冗談交じりに声をかけられ、「本当だよな」と返すしかなかった。
「あんな良い形で抜け出したのに、せめて枠には飛ばさないといけませんよね。あれでは、ハイライトにもならないです」
昨季、鳥栖では主にサイドハーフで32試合に出場し、キャリアハイの10ゴールをマーク。クロスからのヘディングシュート、そしてペナルティエリア外からのミドルシュートを何本も沈めた。昔から人一倍、ゴールへの執着心は強い。
「僕は“今”も攻撃の選手だと思っています。“元”ではないですよ」
いたずらっぽく笑うが、目は本気だ。ゴールに向かうシュート練習は、一番好きだという。「だって、楽しいじゃないですか」と少年のようにはにかむ。鳥栖時代には毎日のように蹴り込んでいた。
「昨季、10点取れたのはたまたまですけど、練習の成果は出たと思います。チームメートに『練習の形だったね』と言われることもありましたので。サッカーは練習すれば、うまくなるものです」
浦和レッズでは居残りでサイドバックのプレーを確認することのほうが多くなっているが、ゴールへの欲を隠そうとはしない。プロ9年目の長沼は、はっきりという。
「やっぱり、数字は一番分かりやすい。得点、アシストという結果は残したいです。自分のゴールで勝つ喜びを知っているし、それでスタジアムが沸く感覚もそう。
サッカーって、点を取るスポーツなので。どのポジションであっても、ゴールにはこだわっていきたい」
ただ、DFの本分は守ること。ひとつのポジションを任された以上、本来の仕事を疎かにするつもりはない。広島戦でも1対1で粘り強く対応。再三クロスボールを上げられても、マークを見失うことはなかった。多くの守備を求められるサイドバックにも前向きに取り組んでいる。
「昔は違ったんですけどね。自分は前の選手なのに、なんで後ろをやんないといけないんだって思っていたタイプでしたから。でも、若いうちにその考え方を変えることができたので、今こうしてキャリアを築けているのだと思います」
20歳から期限付き移籍で複数のクラブを渡り歩いてきた。モンテディオ山形、FC岐阜、愛媛FCと計3シーズン半にわたり、J2リーグで武者修行。試合経験を積みながら技術を磨き、厳しい現実も目の当たりにしてきた。
「プロの世界は、すごくシビアです。高卒、大卒でJ2のクラブに入っても、わずか3年で契約満了になり、トライアウトに行く選手もいれば、引退を余儀なくされる選手もいます。J1のクラブにずっといれば、あまり見ないと思いますが、僕は目の前で見てきました。
だからこそ、プロで長く続けていくためには、どうすればいいのか真剣に考えるようになったんです。プレーの幅を広げる重要性に気づけたのも、そのおかげかなと」
長沼が選んだ道はスペシャリストではなく、ゼネラリスト。複数のポジションでプレーできる万能性は誇れる長所である。両足を使いこなせ、攻守両面ともにハイパフォーマンスでプレーできる。
一時期は器用貧乏と言われ、悩んでいたのも今は昔。時は流れ、現代サッカーではポリバレントな選手がより重用される時代になってきた。
「ただの穴埋め要員ではないです。確実にニーズは高まっていると思います」
ポジションには固執していない。重要なのは働く場所ではなく、与えられたポジションでいかに成果を上げるかどうか。今シーズンの残りは3試合。ここからゼネラリストの存在価値を高めていくつもりだ。
「まずスタートの11人に名前があり、(長沼)洋一をどこのポジションに入れようかと考えてもらえるようにならないと。90分の中で、たとえ持ち場を変えても、終了の笛が鳴るまで必ずピッチに立っている選手になりたいですね」
後ろから前へ。左から右へ。一人二役でも、一人三役でもこなす器用な働き者は、新しいレッズに欠かせない存在になるかもしれない。
(取材・文/杉園昌之)