ウズベキスタンのタシケントからトルコのイスタンブールを経由し、約24時間かけて羽田空港に着いたのは、6月21日の19時半のことだった。
2日間のオフを経て24日の金曜日、久しぶりに大原サッカー場に足を踏み入れた鈴木彩艶は、ジョアン ミレッGKコーチに声をかけられた。
「毎試合しっかり見てくれて、『成長をすごく感じたよ。去年の彩艶とは別人のようだった』と言ってもらいました。(ウズベキスタン戦での)失点の場面に関しては、『何を言われるか分かっているよな?』と。『はい』と頷きましたけど、考えていることは一緒だったので、自分の考えは間違っていなかったなって」
6月1日から19日にかけて、ウズベキスタンで開催されたAFC U23アジアカップ ウズベキスタン2022。大岩剛監督率いるU-21日本代表の一員として、彩艶はこの大会に出場した。
これまで17年U-17ワールドカップ、19年U-17ワールドカップ、19年U-20ワールドカップと世界大会に参戦してきたものの、アジア予選に出場していない彩艶にとって、アジアの国際大会は初めての経験だった。
近いようでいて未知なる世界。しかも相手の多くは2歳上のチームである。多少なりとも不安を抱いてもおかしくないが、彩艶が抱いていたのは真逆の感情だった。
「今年、ジョアンGKコーチのもとでやってきたことをいかに出せるか、楽しみでしょうがない気持ちでした。ジョアンコーチからも『いい練習ができているから、常に自信を持って冷静に』と言われていましたから。自分はチャレンジするだけだと思っていたし、たとえミスをしても、気にするつもりもなかったですね」
U-21日本代表は、U-23UAE代表に2-1、U-23サウジアラビア代表と0-0、U-23タジキスタン代表に3-0でグループステージを突破。準々決勝ではライバルのU-23韓国代表に3-0と勝利する。
準決勝でU-21ウズベキスタン代表に0-2と敗れたものの、3位決定戦でU-23オーストラリア代表を3-0で下し、銅メダルを獲得した。
そのうち、タジキスタン戦を除く5試合で、彩艶は先発出場を果たした。
日中は40度に迫る灼熱のウズベキスタンで掴んだのは、大きな手応えや自信、将来の糧となるいくつかの課題だった。
「去年はクロスやシュートが来る前、けっこうガチガチだったんですけど、今大会ではいつ来てもいいように冷静に、リラックスして構えることができました。こぼれ球に対しても、ボールだけに集中するのではなく、全体を見ながら冷静にプレーすることができた。自分のキックからチャンスを作るという部分でも、成功した場面が何回かありました。
一方で、サイドバックにつけるパスの質だったり、プレッシャーを受けてもトップの選手の足元に落とすようなボールを蹴ったり、長短だけではなく、中間のパスをもう少しうまく使えたら、もっとボールをつなげるのかなと思いました」
この大会の彩艶は伸びのある素晴らしいセーブでチームをピンチから何度も救った。もちろんミスがなかったわけではない。しかし、ミスをしたあとのプレーにこそ、ジョアンGKコーチからの指導の成果があらわれていた。
例えば、初戦のUAE戦では相手のロングボールに対してセンターバックのチェイス・アンリにコーチングしたものの齟齬が生まれ、同点ゴールを喫してしまった。しかし、動揺することなくプレーを続け、直後のPKをセーブして、ゲームの流れを呼び込んだ。
「仮に試合開始1分で失点したとしても冷静に。『0-0と変わらない気持ちを保て』ということはジョアンGKコーチからずっと言われています。あの場面でも失点する前と変わらない気持ちでPKに臨めました」
思い出すのは約1年前、YBCルヴァンカップの川崎フロンターレ戦である。
浦和駒場スタジアムで行われた第1戦でレッズは先制したものの、後半に味方のファウルでPKを与えてしまう。これをキッカーにど真ん中に決められ、1-1のドローに終わった。その苦い記憶が、彩艶の中にはある。
「あのときは『止めてやる』という気持ちがはやりすぎて、冷静さがなかった。UAE戦の場面では、自分のリズムで冷静に相手を見ながら、落ち着いて対応できた。気持ちを切らさなかったところも含めて、成長している部分。自信になりましたね」
ミスのリカバーという点では、韓国との準々決勝のワンシーンも、彩艶が手応えを掴んだプレーのひとつだ。
後半の終了間際、クロスに対してキャッチをするために飛び出したが、触れないと判断するとすぐに方向転換し、相手のシュートをセーブしたのだ。
「あそこもトライしようとしてミスになりましたけど、ミスをミスにしないでしっかり抑えられた。リカバーすること、ミスしたときの対処法はジョアンコーチとのトレーニングでやっているので、それが出せて良かったです」
一方、開催国のウズベキスタンとの一戦では2失点を喫した。
1失点目のドライブ回転のかかったミドルシュートは、打った相手を褒めるべきだが、2失点目、相手FWと1対1となった場面での対応に関しては、後悔と反省が残る。
「あのタイミングで飛び出してしまうと、ああなる。練習でやってきたことを振り返ると、タイミングを取ってもうワンテンポ遅らせてフロントダイブに行くとか、出るにしても手を前に出して型を作らないといけなかった。そこが練習通りにいかなかったなと」
なぜ、そのミスが起きてしまったのか。
原因をしっかり理解していて、言語化ができる――。
それこそが今季、ジョアンGKコーチのもとで学んだ大事なことだった。
「沖縄キャンプでジョアンコーチの指導を初めて受けたとき、ボールを使ったセーブの練習をしないから、大丈夫かな、と思ったんですけど、なぜ、そういうプレーをしたらダメなのかを論理的に説明してもらって、理解できるようになりました。
ジョアンコーチの指導を受けて一番変わったのは、立ち返る場所があるということ。それはすごく大きくて、プレーだけではなく、頭の中も成長していると感じます。去年までの自分では考えられなかった」
彩艶の話を聞くと、大会中はメンタル面でもいい状態が保たれていたことが伝わってくる。そのうえで大きかったのが、GKチームの雰囲気の良さだ。
ポジションを争ったのは、ポルトガルの名門・ベンフィカのBチームで試合経験を重ねる小久保玲央ブライアン、柏レイソルで定位置を掴んでいる佐々木雅士のふたり。誰が試合に出ても遜色ないレベル。ピリピリした雰囲気になってもおかしくないが、昨年までレッズで指導を受けた浜野征哉GKコーチのもとで、激しくも笑顔の溢れる充実したトレーニングが行われていた。
それはまさに、レッズのGKチームの雰囲気に通じるものだった。
「本当にレベルの高いポジション争いができました。自分が代表して試合に出ましたけど、ふたりがいつもサポートしてくれた。自分も数年前(17年U-17ワールドカップ、19年U-20ワールドカップ)は逆の立場でしたが、出られなくてもサポートをしっかりしてきたという自負があります。それが自分に返ってきたなと感じたし、今後も大事にしないといけない。ふたりにはあらためて感謝しています」
約3週間にわたるタフな戦いを終えて帰国した彩艶は、オフなしで翌日からの練習に合流するつもりだった。U23アジアカップで生まれた細かい課題に、早く取り組みたかったからだ。
「『休め』と言われて仕方なく休んだ感じです(笑)。もっとやりたい、もっとうまくなりたいと思っているので、練習は毎日でもやりたいんです」
束の間のオフを過ごして大原サッカー場に戻ってきた彩艶は、これまで以上に闘志を燃やしている。
「試合に出る楽しさを、今大会で改めて感じましたね。レッズで試合に出ないと次の招集はない。試合に出ないと評価されないので、レッズで試合に出るためにやり続けるしかないと思っています」
そのうえで大きな壁となるのが西川周作だ。EAFF E-1サッカー選手権2022で日本代表への復帰が期待される36歳のベテランもまた、ジョアンGKコーチの指導によって成長を遂げているのだ。
「すごいと思います。この人、まだまだうまくなるのか! っていう感じです」
しかし、だからこそ、燃えるものがある。
「簡単に試合に出られても成長にはつながらない。まだまだ進化している周作さんを追い越すことが大事だと思います」
リーグ戦は西川、カップ戦は彩艶という昨シーズンに確立された起用法は、今シーズンも継続されている。4月のAFCチャンピオンズリーグ2022では、6試合中4試合で彩艶がスタメン起用された。
8月にはルヴァンカップのプライムステージ、AFCチャンピオンズリーグ2022のノックアウトステージが行われる。
ここでのプレーが、彩艶にとって今後の分岐点になるかもしれない。
「試合に出たときはチャレンジを恐れない。アジアカップでのパフォーマンスを最低ラインとして考え、自分らしくプレーしたい」
鈴木彩艶は本気でレッズの正GKのポジションを狙っていく。
そして、ハイレベルなGKのポジション争いがレッズのゴールに鍵をかけ、チームをさらなる高みへと導いていく。
(取材・文/飯尾篤史)