栃木県宇都宮市で生まれ育った明本考浩にとって、小学生時代からアカデミーに所属してきた栃木SCは特別なクラブである。
栃木ユースから進んだ国士舘大を卒業する際、J1クラブからも声が掛かったが、J2の地元クラブを選んだほどだ。
だから、40試合7得点の成績を残したルーキーイヤーの2020年シーズン終了後、J1を含むいくつかのクラブから話があっても、簡単には移籍する気になれなかった。
しかし、浦和レッズからのオファーが届いた時、気持ちが一気に傾いた。
「まさかこんな魅力的なクラブから声を掛けてもらえるなんて。素直に嬉しかったし、直感で『ここだ!』と思いましたね」
もっとも、愛着のあるクラブをたった1年で離れることにためらいもあり、即決はできなかった。
そんな明本の相談に乗ってくれたのが、栃木の先輩であり、レッズのOBであるエスクデロ競飛王だった。
「浦和からオファーが来たことを伝えたら、セルくんは驚いていましたね。『それはもう絶対に行くべきだ』って。あの頃はもう毎日、セルくんと話していました。そのなかでセルくんの浦和に対する熱い思いも聞かせてもらって」
レッズのアカデミー出身で、トップチームで8シーズンを過ごしたエスクデロである。レッズのすべてを知っていると言っていい。最高の練習環境が整っていて、所属選手のレベルも高い。そうしたレッズの魅力のなかでもエスクデロが最も熱っぽく語ったのが、ファン・サポーターの声援、スタジアムの雰囲気だった。
「『埼スタの雰囲気は最高だぞ。あの数万人の前で活躍したら、お前、もうヤバいぞ』って(笑)。『お前なら、走り回っただけで埼スタを沸かせられるんじゃないか』とも言ってくれました。そういう姿を自分でも思い浮かべて、浦和でプレーしたくなった。自分の力をJ1の舞台で試してみたいし、浦和でチャレンジできるなら、こんなに素晴らしいことはない。挑戦したいという気持ちがどんどん膨らんでいったんです」
明本とエスクデロの関係性を知ったレッズの強化部は、明本に15番を用意した。エスクデロがレッズ時代に背負っていた番号である。
「『15番でいいよね?』って提示されて。僕もセルくんの番号を引き継ぎたいと思っていたので、嬉しかったですね」
エスクデロが「走り回っただけで埼スタを沸かせられる」と語ったように、明本の魅力のひとつが「驚異的」と称されるほどの運動量だ。栃木時代にはプレッシングの急先鋒として、2度追いどころか、4度追い、5度追いも苦にせず走り回り、相手チームを混乱に陥れていた。
その走力のハードワークの原点となったのが、大学時代だ。栃木ユース時代は10番を背負う中心選手だったが、トップチーム昇格は叶わなかった。進学した国士舘大学でも1、2年生の頃は、トップチームの試合に絡めなかった。
「落ち込んだ時期もありましたけど、そこで腐らずやり続けたことで成長できました。もともと国士はフィジカルトレーニングが多くて、頑張って取り組んだことでスタミナが付いたし、メンタルも鍛えられて、守備能力も磨くことができたんです」
歯を食いしばって壁を乗り越え、ボランチとして頭角を表すと、4年時には大学選抜の一員としてユニバーシアード・ナポリ大会に出場するまでに成長を遂げた。
「無名だった僕が成り上がれたのは大学で鍛えられたおかげ。本当に感謝しています」
もうひとつの魅力が、ポリバレントな能力だ。
ユース時代は2列目、大学時代はボランチ、栃木時代にはFWも務めた。そのユーティリティ性は、高いサッカーIQを備えている証だろう。
「いや、得意なポジションがないだけです(苦笑)。与えられたポジションを全力でやるのが僕のスタイル。それは常に意識しています」
即時奪回を掲げるリカルド ロドリゲス監督のスタイルにおいて、明本のインテンシティ(プレー強度)やトランジション(攻守の切り替え)は大きな武器になるに違いない。
一方で、リカルド ロドリゲス監督はポジショニングによって相手とのズレを生み出し、論理的にボールを動かすスタイルにも取り組んでいる。
それはボールを手放すことも厭わなかった栃木時代のスタイルとは正反対と言えるものだが、だからこそ、レッズにやって来た意味がある。
「相手と駆け引きをして、相手を食いつかせてボールを動かすスタイルは、これまで取り組んだことがなかったので、すごく勉強になっています。自陣からビルドアップして、自分たちがボールを保持する時間が長いぶん、ポジショニングや動きの質が問われる。それを身に付けられれば、もうひと回り、ふた回り大きくなれるんじゃないか、と思っています」
始動から2週間が経ち、今ではすっかりチームに馴染み、グラウンドでは「アキ!」と呼ぶ声が飛び交っている。キャンプ中には宇賀神友弥のインスタライブにも参加した。
「ビッグクラブだし、最初はどんな雰囲気なのか、ちょっと怖かったんですけど、いざ入ってみたら、みんなすごく優しくてウェルカムな感じでした。(柏木)陽介くんや(汰木)康也くん、タクくん(岩波拓也)とかが話し掛けてくれて、やりにくさは全然ないですね」
1月18日に行われた新加入選手の記者会見では「ものすごく野心を持っています」ときっぱりと言い切った。果たして、その野心とは――。
「目標は、日本代表に入ること。浦和で活躍できれば、その目標に近づけるし、さらに上も狙えると思う。そうした気持ちは強く持っています。去年、栃木で7得点8アシストだったので、今年はそれを上回る成績を残したい」
そして最後に力強く、こう言った。
「犬のように走り回って、大暴れしたいですね」
かつて長髪を振り乱して犬のように駆け回り、駒場スタジアムを熱狂させたスピードスターがいた。同じように明本も、埼玉スタジアムにどよめきと喝采を起こすに違いない。
(取材/文・飯尾篤史)