浦和レッズのチームメートたちから「口癖だよね」と言われるフレーズがある。練習終わりの石原広教に水を向けると、照れくさそうに「言っていますね」と苦笑した。
特に試合中、体力的にきつくなり、足が止まりそうになれば、自らに言い聞かせるようにつぶやく。
「気持ちっしょ!」
プロ8年目を迎える25歳が、最も大事にする言葉である。気持ちが少しでも折れれば、ミスも増えてパフォーマンスが低下してしまうという。ある程度の痛みもそれで補える。
つい最近まで痛めていた箇所も気持ちで乗り切った。日常生活でも、ふとしたときに口をついて出る。
「朝起きたときに少し疲れていれば、『気持ちっしょ』と言っていますね」
キックボクシングからプロボクシングに転向した人気選手の那須川天心がよく使うフレーズとしても知られているが、石原本人は格闘技にはほとんど興味を持っていない。
「知り合いに『一緒だよね』と言われるのですが、そもそも那須川天心さんのことをよく知らなくて……。『気持ちっしょ』は、昔から口にしていたので」
原点は小学生時代。体操経験を持つ体育会系の母親は、サッカーに打ち込む息子が苦しんでいるとき、弱音を吐きそうなときにいつもゲキを飛ばしていたという。
「気合で乗り越えろ!」
石原少年は耳にタコができるほど『気合』という言葉を聞いて育ってきた。少々の怪我で痛い素振りを見せようものなら一喝された。
「サッカーのプレーについては何も口を出さないのですが、ピッチ上で気持ちが前面に出ていたかどうかは常に見ているんです。プロになったいまも『気持ちが足りていない』といまだに言われますから」
母の教えは、骨の髄まで染み込んでいる。気持ちで己に打ち勝つサッカー人生を過ごしてきたが、一度だけ自分に負けたことがある。ちょうど8年前の6月。湘南ユースに所属していた石原はトップチームに呼ばれ、ヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)の遠征メンバーに初めて名を連ねた。
覚悟を持ってヴィッセル神戸戦に臨み、後半から途中出場したが、ピッチに立ったのはわずか21分間のみ。試合途中に痛めていた足の甲が悲鳴を上げ、自ら交代を申し出たのだ。
「あのときは、この痛みのなかでプレーしても、プロの選手には勝てないと思ってしまって……。チームメートには、本当に申し訳ないことをしました。他のプロ選手の代わりにユースの僕が出ていたんですから。
痛みがあっても、試合に出ると決めたのは僕。自分で決めたからには、最後までやり切らないといけなかった。デビュー戦で気付かされたことは多かったです」
それ以来、ユース在籍時は一度もトップチームから声はかからなかった。若かりしころの苦い経験を経て、心身ともに強くなった石原がある。
いまは気持ちで乗り越えられない壁はないと信じている。今季途中に右サイドバックの定位置をつかみ、6月30日のジュビロ磐田戦ではJ1リーグ初ゴールをマーク。クロスに勢いよく飛び込んだジャンプヘッドは、「気持ち」のこもった石原らしい一発だった。
次節の対戦相手は、古巣の湘南。波に乗る男への期待は、高まるばかり。気合の2発目を楽しみにしたい。
(取材・文/杉園昌之)