戦車業界では久しぶりの新車登場もいまひとつ盛り上がらず
北朝鮮は2020年10月10日と年明け1月14日という短い間隔で、相次いで軍事パレードを実施しました。1月14日に開催したのは第8回朝鮮労働党大会を記念して、ということになっています。
この労働党大会で党総書記に就いた金正恩氏は「過去5年間の経済計画はほぼ全ての部門で未達成だった」という異例の悲観的な報告を行ったのですが、一方で軍事パレードを行うというのも違和感があります。アメリカのバイデン新政権に対するアピールだというのが、大方の見方です。
パレードには新型戦車も登場しました。戦車業界では久しぶりの「新車情報」なのですが、怪しさ満載過ぎるのか、かえって注目されていないように見られます。
部隊旗を掲げた軽装甲機動車モドキを先頭に、金日成広場を行進する9両の「M-2020」梯隊(画像:朝鮮中央テレビ)。
新型戦車はアメリカCIA式に「M-2020」と呼称され、第一印象では外見上これまでの北朝鮮戦車から大きくモデルチェンジされています。仕様や名称など北朝鮮からの公式情報は何もありませんので、以下は北朝鮮国営メディア映像からの想像(妄想)であることをご了承ください。
サンドイエロー系の迷彩塗装は北朝鮮の兵器では珍しく、塗色からアメリカのM1「エイブラムス」戦車のような印象を与える(画像:朝鮮中央テレビ)。
まず注目なのが塗装です。イエロー系の三色迷彩は、これまで北朝鮮の車輌には見られませんでした。これがアメリカのM1「エイブラムス」戦車を彷彿とさせる要因のひとつです。砲塔の外郭形状もよく似ています。
砲塔はM1戦車、車体はロシアのT-14戦車のように見える(画像:朝鮮中央テレビ)。
車体はロシアのT-14「アルマータ」戦車に似ています。しかし、乗員配置は全く違います。T-14は無人砲塔であり3名の乗員は車体に配置されていますが、M-2020は車長、砲手、装填手が砲塔内、操縦手が車体というオーソドックスな配置です。
車体はロシア戦車 砲塔はアメリカ戦車? 結局中身は…
車体側面はサイドスカートですっぽり覆われていますが、映像では装甲のように見えずハリボテ感が否めません。転輪は7個あり、それまでの北朝鮮戦車より大型のようです。
カメラ上を通過する映像から注目したいのは履帯(いわゆるキャタピラ)で、結合がそれまでのシングルピン方式(長い1本のピンで繋ぎ合わせる)から走行性能に優れるダブルピン方式(短い2本のピンで両側から繋ぎ合わせる)に替わっていることです。
M-2020の底部。履帯はダブルピン結合、底面形状からトーションバーサスペンションではないかと推測される(画像:朝鮮中央テレビ)。
砲塔は先述のようにアメリカのM1に似ているようで、やはり違います。砲塔下部にはロシア製アクティブ防御システム「アフガニート」を模したと思われるグレネードランチャーを装備。砲塔右側にはロシアの9M133「コルネット」対戦車ミサイルと思しき2基のミサイルランチャーがありますが、アメリカもロシアも戦車に対戦車ミサイルは外付けしません。
ドローンや地上設置カメラなどの撮影方法が、中国の国慶節パレードの映像に似ており、中国中央電視台からの技術協力がうかがえる(画像:朝鮮中央テレビ)。
砲塔上面には車長用パノラマサイト、リモートウエポンシステム、レーザー警報器、暗視カメラ、アクティブ防御装置用レーダーアンテナ、横風センサーなど、最新アイテムを取りそろえているように見えますが、中身はよく分かりません。
主砲は従来の北朝鮮製戦車に見られた旧ソ連の2A20 115mm砲ではなく、ロシア製2A46 125mm戦車砲と見られます。車体を大型化し第3世代戦車をアピールしているのに、主砲も大口径化しなければ意味がないからでしょう。砲塔上のサイト配置から、砲塔内配置は右側前方に砲手、右側後方に車長、左側後方に装填手で、自動装填装置はないようです。決して体格が大きいとはいえない北朝鮮の戦車乗員にとって、120mm砲弾を手動で扱う苦労は想像するに余りあります。
主砲はロシア製2A46 125mm砲と推定される(画像:朝鮮中央テレビ)。
よく見ていくと車体下部や砲塔、車体に垣間見えるシルエットから、隠し切れない旧ソ連戦車の「風味」が漂ってきます。T-62をライセンス生産した「先軍号」の車体延長改修車ではないか、と推測します。
兵器の本質は「ハッタリ」
このM-2020については、そもそも全てパレード用フェイクではないか、という指摘もあります。しかし完全なフェイクといい切るのも危険です。北朝鮮が中国経由でロシアの技術を入手した可能性は否定できないからです。北朝鮮は自家用車も量産していませんが、一方で小火器から弾道ミサイルまで兵器はコピー品ながらも製造する能力があり、外貨を稼ぐ重要な輸出品になっています。
過去のパレードに登場したソ連製T-62をライセンス生産した「天馬号」戦車。対戦車ミサイルや対空ミサイル、対空機銃を付加している(画像:朝鮮中央テレビ)。
パレードにはM-2020以外にも、日本の軽装甲機動車モドキやアメリカのストライカー装甲車モドキも登場していますが、狙いはなんでしょう。
これはドローンなど無人偵察手段に対する欺瞞を狙ったという指摘があります。ドローンによる偵察は先のナゴルノ・カラバコフ紛争でも有効性が確認されていますが、モノクロの赤外線カメラ映像では、形が似ていると直ぐには識別できません。つまり実戦場での混乱を狙っているというのです。北朝鮮は、錯乱戦は得意分野です。ということは、日本やアメリカと「こと」を構えることまで準備しているのでしょうか。
M-2020の後部映像。砲塔や車体後部に成形炸薬弾対策のスラットアーマーが装着されている(画像:朝鮮中央テレビ)。
このパレードが北朝鮮の国力を示すとは、金 正恩氏自身、信じていないでしょう。どこまで本気なのでしょうか。
兵器は使われないことが目的の、珍しい工業製品です。相手がその威力を信じて攻撃を思い留まれば、立派に機能を果たしたことになります。いわゆる「抑止力」です。つまり兵器の本質は「ハッタリの掛け合い」ともいえます。
その意味でM-2020のデビューも、正しい使い方ではあります。もっとも肝心のバイデン新政権にどれほどアピールできたかは、推して知るべしです。