急増するスクランブル、2016年度は過去最多ペース
2016年11月25日(金)、防衛省は中国軍航空機が沖縄本島~宮古島間の上空を通過したことにともない、「対領空侵犯措置」として戦闘機にスクランブル発進させたことを明らかにしました。
同日午前中、太平洋上の台湾東側から南西諸島沿いに、中国軍のH-6K爆撃機2機、Tu-154M情報収集機、Y-8CB情報収集機が北上し、沖縄本島~宮古島間の公海上空を東シナ海へと通過。同時にSu-30MK2とみられる戦闘機2機が、東シナ海から沖縄本島~宮古島間を通過し、太平洋上へ出たのちにH-6Kなどと合流して、再び東シナ海へ戻ったものと防衛省は発表しています。このとき、日本の領空内への侵入、すなわち「領空侵犯」はなかったとのことです。
航空自衛隊は、日本の「防空識別圏」と呼ばれる空域に、事前の飛行計画なしで進入した航空機を発見し領空侵犯のおそれがあると判断した場合、戦闘機を緊急発進させ、自衛隊法84条により必要な措置を講じることができます。これがいわゆる「対領空侵犯措置」です。
そして近年、航空自衛隊では「領空侵犯措置」によるスクランブル発進が急増しており、2014年度には冷戦中の最多記録に匹敵する943回にも及びました。これらはほぼすべて、中国機ならびにロシア機を対象にしたものです。2004(平成16)年にはわずか141回だったスクランブル発進。なぜ近年になって急増しているのでしょうか。
中露機の、そもそもの目的は?
そもそも中国機やロシア機は、何を目的に日本の防空識別圏へ進入してくるのでしょうか。理由はいくつか考えられます。
まず政治的な目的です。2016年6月、東シナ海において中国軍戦闘機(恐らくSu-30MK2とみられる)が防空識別圏へ進入し、航空自衛隊のF-15Jと格闘戦へ入りかねない状態になったことが報道されました。また2012年には中国国家海洋局の小型機Y-12が、尖閣諸島付近で領空侵犯する事件も発生しています。これらは日本に対する圧力を狙ったものだといえます。
ただ戦闘機や小型機に対してスクランブルすることは、実はあまり多くなく、爆撃機か情報収集機がその大多数を占めます。
爆撃機は訓練目的の場合が多く、先の11月25日における太平洋上でのH-6Kの飛行も、射程2500kmのK/AKD-20らしき巡航ミサイルを搭載しており、グァムを標的にした訓練を実施したのではないかと筆者(関 賢太郎:航空軍事評論家)は推測します。またK/AKD-20を搭載している姿をあえて航空自衛隊に見せることで、対米圧力を狙った政治的理由も兼ねていることが考えられます。
情報収集機の目的は、有事のための備えです。現代戦は「電波の戦い」であり、レーダーや通信ネットワークなどを活用し、同時に相手の電波を妨害する必要があります。情報収集機は、あえて航空自衛隊機をスクランブルさせることで自衛隊側にレーダーや通信を使用させ、その電波を受信、解析する「信号諜報(シギント)」を行っているのです。Tu-154MやY-8CBは電波を逆探知するアンテナを多数搭載していることから、機体各部にアンテナをカバーする「こぶ」が多数あります。
中露機の接近、そのほとんどが合法行為?
こうした中国機やロシア機の飛行は、日本の主権が及ぶ領域である「領空」への侵入さえ行わなければすべて合法です。防空識別圏の境界とは、領空侵犯を未然に防ぐために独自に設定された、国際法上なんの法的根拠もない単なる「線」にすぎません。したがって、たとえ防空識別圏の内側といえど、公海上空はどの国の主権も及ばない領域ですから、他国機の飛行を妨げることはできません。
また逆に、自衛隊もYS-11EB、EP-3などの情報収集機を保有しており、他国へ接近する信号諜報を実施しているとみられます。実際、過去には北朝鮮によって「日本の情報収集機が領空を0.001mmでも侵犯した場合は撃墜する」という声明が出されたことがありました。
近年のスクランブル発進の急増は、中国の著しい軍拡や、かつて低迷していたロシア軍の復興によって、東アジア情勢が緊迫化しつつある証左といえるでしょう。今後もスクランブル発進の回数は高い水準を維持し続けると推測されます。
戦闘機の飛行時間は有限であり、無制限に飛ばすことはできません。その限られた中で訓練のための飛行時間も確保しなくてはならず、航空自衛隊、ひいては日本の防衛にとって、当分は厳しい状況が続くことになるでしょう。