イギリスの空を飛んだMRJ
2018年7月16日(月)、三菱航空機が開発を進めている旅客機「MRJ」(Mitsubishi Regional Jet)が、イギリスのファンボロー飛行場で開催された「ファンボロー国際航空ショー」でデモフライトを行ないました。MRJが国際的な航空ショーでデモフライトを行なったのは、今回が初となります。
2018年7月16日の初デモフライトを終えてファンボロー飛行場に着陸する「MRJ90」(JA23MJ)(竹内 修撮影)。
今回、同航空ショーでデモフライトを行なったのは、2017年6月にフランスで開催された「パリ航空ショー」でも地上展示された、ANA(全日本空輸)塗装の飛行試験5号機(JA23MJ)で、16日14時37分(現地時間)にファンボロー飛行場を離陸した飛行試験5号機は、急上昇したのちに会場上空を数回旋回して、15時過ぎにファンボロー飛行場に着陸。国際的な航空ショーのデビューを飾りました。
しかしこのデモフライトの終了後、滑走路から展示位置へ戻るためにMRJをけん引していたけん引車と飛行試験5号機が接触するという、思わぬアクシデントが発生してしまいました。この事故のため17日(火)に予定されていたデモフライトは中止を余儀なくされてしまいましたが、接触によって受けたダメージは大きなものではなかったことから、応急措置を行なった上で18日(水)と19日(木)にもデモフライトを行ないました。
今回の「ファンボロー国際航空ショー」では、MRJの最大のライバルと目されている、ブラジルのエンブラエルが開発を進めている旅客機「E-Jet2」シリーズの「ERJ190 E-2」もデモフライトを行なっており、世界各国から訪れたメディアのあいだからは両機を見比べる絶好の機会だという声も上がっていました。もしアクシデントによるものとはいえ、MRJがデモフライトを1日しか行なうことができなければ、開発の進展で一歩リードを許してしまっているE-Jet2との差がますます開いてしまう印象を与えかねなかったところでしたが、飛行試験5号機が3回デモフライトを行なったことで、三菱航空機は面目を保てたと言えるでしょう。
ショー期間中の受注ゼロ、ライバルと明暗分けるも…?
デモフライトでは「E-Jet2」シリーズと互角の戦いを見せた「MRJ」ですが、「ファンボロー国際航空ショー」の期間中に航空会社から、新規受注を獲得することはできませんでした。ショー期間中にエンブラエルは、アメリカのリパブリック航空から、「E-Jet2」シリーズの最小型でMRJと競合する「E175-E2」への変更が可能な「E175」100機の確定受注を獲得し、さらに同社との間で100機の「E175」を追加購入する権利の獲得についても覚書を交わしており、これに比べると、寂しい結果に終わった感があることは否めません。
MRJのライバルである「E-Jet2」の「ERJ190 E-2」(竹内 修撮影)。
ただ、三菱航空機は7月17日に行なわれた記者会見でも、「MRJ」がエンブラエルをはじめとするライバル会社の旅客機に対して十分な競争力を持っているとの見解を示しています。その根拠のひとつとして、同社は「スコープクローズ」の存在を上げています。
「スコープクローズ」は、アメリカの航空会社とパイロットの労働組合の協約のなかにある条項で、近距離を結ぶ「リージョナル航空路線」で使用する航空機の座席数と大きさ、重量の制限を定めたものです。
アメリカでは大都市間を結ぶ基幹路線はアメリカン航空、ユナイテッド航空、デルタ航空の三大大手航空会社が自社で運航し、大都市から中小都市を結ぶリージョナル路線は、リージョナル路線での運航を専門とする航空会社に運航を委託しています。リージョナル航空会社はエンブラエル「E-Jet」や、ボンバルディアの「CRJ」といった、座席数100席以下の小型旅客機、いわゆる「リージョナル旅客機」を運航していますが、もしリージョナル航空会社が「E-Jet」や「CRJ」よりもサイズの大きい、ボーイングの「737」や、エアバスの「320」といった座席数100席以上の旅客機を運航した場合、大手航空会社のパイロットの仕事が失われる可能性があることから、リージョナル旅客機の座席数と大きさ、重量に制限を設けて、自分たちの仕事を守っているというわけです。
大逆転の目は「スコープクローズ」にあり?
「スコープクローズ」は航空会社とパイロットの労働組合が直接結んでいる協約で、条項は会社ごとにばらつきがありますが、「スコープクローズ」でリージョナル旅客機に分類されるエンブラエルの「E175-E2」は、現在の条項では大幅に重量制限をオーバーしています。スコープクローズは3年に1度見直されており、次回の見直しは2019年12月(デルタ航空のみは2019年1月)に行なわれます。このためエンブラエルは次回の「スコープクローズ」の見直しで、重量制限が緩和されることを期待して「E175 E2」の開発ペースを落とし、就航時期を当初予定していた2020年から2021年に先送りしています。
アメリカで飛行試験を行なう「MRJ90」の飛行試験機(JA21MJ)(画像:三菱航空機)。
MRJ90とMRJ70のサイズ対比。90は全長35.8m、70は同33.4m(画像:三菱航空機)。
MRJの「PW1217G」ギヤード・ターボファン・エンジン。「E-Jet2」も同じ系列のエンジンを使用している(竹内 修撮影)。
実のところMRJも、今回「ファンボロー国際航空ショー」でデモフライトを行なった「MRJ90」は、若干制限重量をオーバーしているため、次回の見直しで重量制限が緩和されないと、少なくとも大手航空会社から委託を受けてリージョナル路線を運航している航空会社では運航できないことになります。
ただ、三菱航空機は「MRJ90」の胴体を短縮した「MRJ70」の開発を進めています。「MRJ70」は標準型と航続距離延長型、長距離型の3タイプが開発される予定となっていますが、「MRJ70」の標準型と航続距離延長型は、現在開発中のリージョナル旅客機のなかで唯一、現行の「スコープクローズ」の重量制限をクリアしています。
三菱航空機は2018年からの20年間で、全世界で5077機のリージョナル旅客機の需要があり、そのうちの40%を占める2009機は、アメリカの航空会社の需要であるとの見通しを示しています。もし次回の「スコープクローズ」の見直しで、重量制限が緩和されなかった場合、「MRJ70」を擁する三菱航空機は、アメリカのリージョナル旅客機市場の受注獲得で俄然有利になります。
「MRJ」は設計変更などで5回に渡って納期を延期しており、それが新規受注の獲得に不利な要素となっています。「スコープクローズ」の存在によって「ERJ175 E-2」の就航が延期されたことが、三菱航空機にとって有利な要素となっていることは確かですが、もしさらなる納期の延期が発生すれば、この有利な要素を生かすことができなくなります。そのためにも2020年半ばを予定している、「MRJ90」量産初号機のANAへの納入スケジュールを遵守する必要があると言えるでしょう。
【写真】MRJ成功のカギ? 小牧南工場で製造中の「MRJ70」
小牧南工場で製造中の「MRJ70」飛行試験初号機。苦境続くMRJがここから成功するカギを握っている、かもしれない(画像:三菱航空機)。