演劇の聖地、新宿・花園神社。さまざまな劇団が境内にテントを設営し、野外劇を披露する。その一つ、「椿組(つばきぐみ)」は、神社のすぐ隣、新宿ゴールデン街で半世紀続くスナックの名物店主が座長を務める。まさに地元の劇団だが、10日から始まる公演を最後に、39年間続けてきた野外劇に幕を下ろすことにした。
◆唐十郎さんの野外劇に憧れ、神社に直談判
「新宿から文化を発信する、大切な舞台です。新宿に住んで50年ですからね」
椿組の座長、外波山(とばやま)文明(ぶんめい)さん(77)は、スナック「クラクラ」でこう話す。1979年のオープン以来、店のカウンターには映画、演劇など各界の著名人が訪れる。新宿ゴールデン街の振興組合理事長を最近まで務め、営業自粛が相次いだコロナ禍には、新宿区などとの交渉にあたった。
俳優として半世紀、ドラマや映画に数多く出演しているが、原点は野外劇だ。69年の吉祥寺・井の頭公園に始まり、トラックで東北、北海道を回って街頭劇を披露したり、登戸の多摩川河川敷を舞台にしたり。
その頃、花園神社では、今年5月に死去した唐十郎さん率いる紅テントこと「状況劇場」が野外劇を上演。67年の初演以来、若者たちに衝撃を与えた。外波山さんもその1人だ。
自分もここで演じたい。人気作家・立松和平さんに脚本を書いてもらい、神社に直談判。当時の宮司は「立松さんの本なら…」と許可。85年に実現した。
◆「新宿の土と街が舞台」こだわりの演出とは
状況劇場の後継劇団「唐組」、状況劇場出身の金守珍(キムスジン)さん主宰の「新宿梁山泊(りょうざんぱく)」、そして椿組。この3団体が毎年、花園神社で野外劇を続けてきた。
「新宿の土、新宿の街が舞台」が椿組のこだわり。役者は地面の上で、時に土まみれで演じる。ラストシーンでは、舞台後方の幕を落とす。ひっきりなしに車が行き交う明治通り、不夜城・新宿の街灯りが、舞台と一体になって大団円を迎える。
コロナ禍で中止した2020年を除き毎年、花園神社で演じ続けた椿組だが、仮設テントが劣化し、新調するには多額の費用が要る。外波山さん自身の年齢、劇団員の今後なども考え、野外劇の継続は難しいと判断。「39年目、サンキューありがとう、で区切りを付けることにしました」
◆最後の演目も「神社の土を肌で感じながら…」
演目は「かなかぬち ちちのみの父はいまさず」。芥川賞作家・中上健次さんが外波山さんのために書き下ろした、唯一の戯曲だ。主演の一人、松本紀保さんは「神社の土を肌で感じながら、神聖な場所に立たせていただく思いで演じます」と話す。外波山さんは「熊野の山奥に住む山賊の物語で、最後の野外劇にふさわしい」と感慨を語る。
「立派な引き際。ご自身の目が黒いうちにけりをつけて再出発しようという、前向きなご決断だと思います」と話すのは花園神社の片山裕司宮司(50)。「お店は続けるそうなので、ご縁は変わらないが、お疲れさまと申し上げたい」
他の2団体は来年も花園神社で公演を行う予定。椿組は、劇場での公演は続ける。
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椿組2024年夏・花園神社野外劇「かなかぬち ちちのみの父はいまさず」は7月10~23日(16日休演)19時開演。詳細やチケット購入は申し込みフォームから。
文・榎本哲也/写真・松崎浩一
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