2020年度前期の“朝ドラ”こと連続テレビ小説「エール」(毎週月~土曜朝8:00-8:15ほか、NHK総合ほか)。第20週「栄冠は君に輝く」は、文字通り全国高等学校野球大会の歌「栄冠は君に輝く」にまつわるエピソードが描かれた。今回は朝ドラと甲子園や野球の関係について、フリーライターでドラマ・映画などエンタメ作品に関する記事を多数執筆し「みんなの朝ドラ」(講談社)などの著作もある木俣冬が解説する。(以下、一部ネタバレが含まれます)
裕一のモデル・古関裕而は巨人・慶応の応援歌も作曲!
第20週「栄冠は君に輝く」は、裕一(窪田正孝)が甲子園の歌「栄冠は君に輝く」を作曲し、親友・久志(山崎育三郎)が歌い、戦時歌謡に関わった罪悪感から救われた。
この歌の作詞家・多田良介(モデルは加賀大介)役で、元巨人軍選手・寺内崇幸が出演し、注目された。
「エール」が通常のスケジュールで放送されていたら、このエピソードはちょうど高校野球大会の頃だったのかもしれないが、今夏は、甲子園の大会自体がコロナ禍によって休止となり、朝ドラも高校野球大会もない夏になった。
1915年からの長い歴史をもつ高校野球大会は、太平洋戦争中、1941年〜45年まで中止となって以来、79年ぶりの大会のない夏だったということで、戦後復興を歩む「エール」の主人公たちの、どん底から這い上がり、未来ある若者たちを応援しようという気持ちが、強い実感を伴って画面から伝わってくるようだった。
100回で、裕一の娘・華(古川琴音)が目下、気になっている野球少年・竹中渉(伊藤あさひ)への思いが募るあまり野球の勉強をしているという微笑ましい場面があった。そこで彼女は父・裕一が、早稲田大学の応援歌「紺碧の空」の作曲も手掛けていたと知る。
妻の音(二階堂ふみ)は、「ああ見えて野球に縁があるのよね。大阪タイガースの歌も、早稲田大学の歌(紺碧の歌)もお父さんが作ったし」と娘に教える。音の実家も馬具製品を軍に卸していたが戦後は、グローブ製作に職替えしているので、家族ぐるみで野球と縁が深い。
裕一のモデルで昭和を代表する作曲家・古関裕而は阪神、早稲田のみならず、巨人、慶応大学の応援歌も作るという幅広さ。ついでにいえば、中日ドラゴンズの応援歌も手掛けている。
ドラマのなかで大阪タイガースの応援歌「六甲おろし」ができたときは、元阪神タイガース選手の掛布雅之が、裕一に作曲を頼んだ関係者役でゲスト出演していた。掛布が朝ドラに出るのは、これで二度目。
最初は、将棋の世界を描いた「ふたりっ子」(1996年度後期)に掛布本人役で出て、視聴者を喜ばせた。阪神だけでなく巨人から原辰徳も出演、さらに将棋士の役でヤクルトの古田敦也も出演したが、ドラマの舞台は大阪で、ヒロインのお父さんは大の阪神ファンとして描かれていた。
「ごちそうさん」では菅田将暉が野球に打ち込む少年を熱演
国民的番組である朝ドラは、人気歌手やお笑い芸人をはじめとしてスポーツ選手など国民的人気者が出演することがよくあり、それによってたくさんの視聴者を楽しませる。「わろてんか」(2018年度後期)では、主人公てん(葵わかな)に届いた手紙の差し出し人の苗字が、鳥谷、絲井(糸井)等、阪神タイガースの選手の名前という小ネタが仕掛けられ、SNSを賑わした。
ときに野球選手の息子である若手俳優が出ることも。「なつぞら」(2019年前期)に出た山田裕貴は広島東洋カープで活躍した山田和利の息子で、工藤阿須加は元西武ライオンズ等の選手で現在福岡ソフトバンクホークスの監督を務める工藤公康の息子である。
朝ドラで野球を描いた作品といえば、大阪を舞台にした「ごちそうさん」(2013年度後期)。主人公・め以子(杏)の息子・泰介(菅田将暉)も中学で野球に励んでいる。ときに昭和15年(1940年)。甲子園での野球大会が中止になる前年のこと。め以子も父の悠太郎(東出昌大)も息子の野球活動を応援するが、戦争激化により今後5年間、甲子園での野球大会は中止と決まる。
「ごちそうさん」は“食”がテーマ。だが食に限らず、登場人物たちは各々、野球や文学、ラジオ放送などに携わり、彼らが戦争のとき、その大事なものをどう考えどう行動したかもドラマの魅力だった。とりわけ野球は「ごちそうさん」のクライマックスにもおおいにかかわってくる。
戦後、中等学校野球大会が甲子園で開催できると喜んだ矢先、突如としてGHQによって取り消しにされてしまう。め以子は、後輩のために甲子園での開催を望んでいた泰介のために立ち上がる。アメリカの野球担当とめ以子は“食”で駆け引きをするのだ。
ちょうど「エール」で高校野球大会の歌を裕一が依頼されていた1948年の1年前、大阪では、中学野球大会ができるかできないかの瀬戸際に登場人物たちが心揺らし、アメリカ人と向き合っていた。そう思ってドラマを見ると、朝ドラユニバース(別々のドラマがひとつの世界としてつながっている)が広がって楽しい。
「エール」で、音(二階堂ふみ)の義理の兄で軍人だった智彦(奥野瑛太)がラーメンづくりを教わった天野を演じる山中崇は、「ごちそうさん」では作家として、戦時中書くものの制限を受けていた。また、高等学校野球大会・ 公募歌詞最終選考会審査員の詩人・富田崇を演じた中村靖日は喫茶店・うま介の店主役で、野球大会のために尽力していたので、ドッペルゲンガー(分身みたいなもの)が存在しているの?という楽しみも別途ある。(文=木俣冬)