70代の女性は、息子をかたる男たちに現金100万円をだまし取られた後、「主人に申し訳ない。死んでお詫びします」との遺書を残し、軽自動車で山道から転げ落ち、亡くなりました。
別の女性も、自らの孫を装った男たちにだまされ、150万円を失いました。自責の念から、1週間後に自ら命を絶ちました。
特殊詐欺被害者の相談に乗っている千葉県の住職のもとには、今日も悲痛な声が寄せられています。
【千葉県にある長寿院・篠原鋭一住職】
「被害者が悪いわけないのに、なぜ自殺するの?というそこまで追い込んでいく事件なんだと」
長寿院・篠原住職
追いつめられる被害者たち
オレオレ詐欺を含む特殊詐欺の被害は後を絶ちません。
一方で、その陰には、深刻な“二次被害”に苦しむ被害者がいます。 気をつけていたにもかかわらずだまされた自分への失望感。
さらに、家族や周囲からの𠮟責がさらに被害者を追い詰めます。その果てに、自ら命を絶ったり、孤立したまま無縁仏になったりするケースがあります。
特殊詐欺は、お金の他にも、大切なものを奪っていくのです。
「息子の声とは違うな…」違和感のあった女性は
一人暮らしの80歳のヨシエさん(仮名)のもとに、一本の電話がかかってきたのは2022年10月のこと。それは、離れて暮らす息子を名乗る男からでした。
【ニセ息子】「母さん、オレ。今大変な失敗して、いろいろ入ったカバンを忘れて・・・」
仕事で必要な金が入ったカバンを駅のトイレに置き忘れてしまったという電話口の男。「(金を)用立ててほしい」と頼んできました。
ヨシエさんが事件後に記したメモには・・・。
(ヨシエさんのメモより)
「息子の声にしては、ちょっと違うなと思ったのですが、息子が大事なものをなくしているせいかなと思いました」
10分後には、東京駅の駅員を名乗る人物から、「落とし物があった」と連絡が入ったといいます。そして再び、息子を装う男からの電話。
【ニセ息子】
「カバンの中にあった通帳と携帯がない」
「携帯は犯人のところだから絶対にかけないように」
【ヨシエさん】
「『母さんの出せる範囲でいいよ』って言ったんですね。それで、私は70万円ばかり定期(預金)があるから、それを解約してやるわって言ったけど」息子が喜ぶと思い、年金20万円も上乗せし、近くの郵便局で現金90万円を下ろしたといいます。
現れたのは、息子から頼まれて来たという若い男でした。
一度は手渡したものの、ヨシエさんは、返事が曖昧な相手を不審に感じていました。
「返して」と言うと、男は素直に返してきました。するとその時、再び息子を名乗る男から、電話がきたのです。
【ニセ息子】
「母さん、その人はいい人なんだから渡して」
なぜこちらの様子がわかるのかなと思ったものの・・・。
【ヨシエさん】
「(誤解して)警察に突き出したら子どもの立場もなくなるだろうなって、人間関係がみんなだめになっちゃうんじゃないかって・・・。いくら年をとっても、子どもの喜ぶ顔を見たいのが母親の感情だろうと思うんです」
子どものことを思い、現金を渡してしまいました。
【ヨシエさん】
「嫁からは『人は引っかかっても、お母さんだけはかからないと思っていたのにお母さんかかったんですか』とあきれられました」
ヨシエさんは、詐欺にあう半年前に、がんが全身に広がっているという診断を受けていました。病と闘う中での詐欺被害だったのです。
【ヨシエさん】
「葬儀代のためにと思って貯めてたんですけども」
最期のときに備えて、少しずつ貯めた、なけなしのお金。しかし、その時は、ためらうことはなかったといいます。
【ヨシエさん】
「親にしたらほんとに子どもの悲しむ顔は見たくないから、このくらいで子どもがほっとしてくれるならいいかななんて思ってしたんだけど」
90万円の詐欺にあった2日後、ヨシエさんが現金を渡した受け子役の21歳の男と、その現場を見張っていた17歳の少年が逮捕されました。
さらに、同じ詐欺グループとみられるメンバー5人も次々に逮捕されました。その中には、15歳の高校生も含まれていたといいます。
2022年、オレオレ詐欺を含む全国の特殊詐欺被害総額は370億円に上ります。
特殊詐欺の被害者は、3分の2が65歳以上の高齢女性で、「オレオレ詐欺」については8割近くを高齢女性が占めています。
被害者を待ち受ける孤立の現実
2023年5月、千葉県成田市にある「長寿院」で、ある女性の葬儀が行われていました。
亡くなったのは、オレオレ詐欺の被害にあった84歳の女性です。
【長寿院・篠原鋭一住職】
「この方はおひとりで、ひっそりと亡くなったんですね。親族・縁者と断絶するような、つまり孤立状態になるようなある事件に巻き込まれておられたということで・・・。私に任されましたので、これからお葬式、そしてお納骨ということを私ひとりでして差し上げる」
女性は、息子と二人暮らしでしたが、だまされたことを周囲からとがめられ、息子とも絶縁状態に。その後、施設に身を寄せていましたが、家族が面会に来ることはなかったといいます。
そして2023年3月。女性は老衰のため、ひっそりとこの世を去りました。しかし、家族と同じ墓に入ることはできませんでした。
引き取り手のない特殊詐欺被害者の遺骨を、住職は度々供養してきました。
詐欺は、被害者の家族関係までも壊してしまうのです。
「バカねーの大コール」孤独感を募らせた女性
被害者を責めてしまった家族はいま、何を思うのでしょうか。
ある80代の女性は、篠原住職へ「近所から『バカねー』の大コール。息子、嫁、孫が口をきかなくなる。もう自分の生きていく場所はない」と相談しました。
女性のもとにかかってきた電話は、海外の高額宝くじに当選したという、うその内容でした。
当選金額の3億円を手に入れるためには、当選金の1割を送金手数料として前払いしないといけないと言われ、女性は3000万円を支払ってしまいました。
経営が傾いていた息子の会社の経営を助けようと、その話を信じたといいます。女性は、2023年4月、孤独感を抱えたまま病死したということです。
この女性の二男は、次のように語りました。
【病死した女性の二男は】
「怒ることは怒りましたね、そのときは僕も・・・。とにかく母親に対して兄が冷たくなったのは間違いないんで・・・。詐欺がなければ、もっと…僕たち兄弟もそうですし、母親もそうでしょうけど、家族がみんなもう少し仲良くなっていたんじゃないかなと思いますけど。だます人がいなければだまされないので」
詐欺被害をきっかけに、家族の間に生じた大きな亀裂。女性が亡くなったいまも家族には、しこりが残っているといいます。
無念を抱えたまま死んでいった被害者。自ら死を選んだ人たちの存在…篠原住職は、こうした事実を少年院や拘置所の加害者たちに伝えています。
【長寿院の篠原鋭一住職】
「少年院であるとか拘置所で、お話させていただくときに、本当これね、間接的な殺人と言ってもいいかもしれないよというちょっときついことを言って帰ってくるんですよ。そうするとやっぱりね、手紙が来て『そこまでいっているとは思いませんでした』って・・・自分の犯罪が」
また現在も、篠原住職のもとには特殊詐欺被害者からの相談が絶えず寄せられています。
住職によると、詐欺の手口はさらに巧妙化しているといいます。
「特に、電話口の犯人(いわゆる“かけ子”役)は、高齢者に判断する隙を与えないような語り口調で追い込んでくるため、金に関する話については一人で判断しないよう注意を」と呼びかけています。
追い詰められ、癒えない心の傷
がんの闘病中に、特殊詐欺事件の被害にあい、90万円を失ったヨシエさん。事件がおきる度に心を痛めているといいます。
【ヨシエさん】
「"ちょっと冷静に考えて私みたいにならないで″と叫んでやりたいような聞かせてやりたいような気がしますね。悔しいですね。やすやすと引っかかった自分が・・・」
取材に応じるヨシエさん
だまされ、追い詰められた心の傷は、癒えることはないといいます。
【ヨシエさん】
「私たち取られた者にしたら、もうほんとに一生、一生自分のこと責めながら生きますよね」
※この記事は、TeNYテレビ新潟による LINE NEWS向け特別企画です。
篠原住職が理事長を務めるNPO法人「自殺防止ネットワーク風」では、生きづらさを抱える当事者や自死遺族からの相談を受け付けています(電話番号:0476-96-3908)。
NPO法人自殺対策支援センターライフリンクが運営する「生きづらびっと」では、LINEでも相談を受け付けています。
「生きづらびっと」