「二刀流の扉が開かれたんだよ。未来への扉が開いたことは嬉しいし、毎日ショウヘイがもたらしている興奮を見てみろよ。これ以上、望むものはないよね」
今年のオールスターにて大谷翔平(ロサンゼルス・エンジェルス)の“活躍”について訊かれた2019年ナ・リーグMVPのフレディ・フリーマン(アトランタ・ブレーブス)は、興奮しながらこう答えた。
「扉が開かれた」――まさにこの言葉は、大谷が高校生の時から目指していた一つの目標だった。
今シーズン、大谷がメジャーで残してきたパフォーマンスについて事細かに言及する必要はあるまい。史上唯一無二の二刀流プレーヤーは、「投打それぞれ、別々の人がオールスターに出ている感じ」(2019年ナ・リーグ新人王のピート・アロンゾ/ニューヨーク・メッツ)との言葉通り、開幕から二刀流として圧巻・衝撃のプレーを見せ続けた。
開幕2戦目に「2番・投手」で先発して初回に特大ホームランを叩き込むと、4月26日のテキサス・レンジャーズ戦ではベーブ・ルース以来となるホームラントップの選手が先発登板する快挙を達成。以降もオールスターで史上初めて投打両部門で選出、史上初の100安打・100投球回・100奪三振、ア・リーグ史上初となる45本塁打・100得点・25盗塁など、挙げればきりがないほどの記録を打ち立てた。
本塁打王こそ逃したものの、アウォード投票で重視される勝利貢献度WARはメジャートップ。11月に発表される今季のMVPには、日本人ではイチロー以来2人目の栄誉を預かる可能性が高い。フィールドで残した数字、球史に刻まれた記録はもちろん今季の大谷を語る上で欠かせない要素だ。しかし同時に、彼は二刀流の「可能性」を周囲に知らしめたのだ。
その可能性に魅入られた一人が、ボストン・レッドソックスの強肩外野手アレックス・バーデューゴだ。現地時間10月8日、バーデューゴは「来年中に投げられるかは分からないが、2023年には間違いなく二刀流に挑む。オオタニのような先発ではなく、リリーフ投手として助けになりたい」として、二刀流への挑戦を表明したことが大きな話題を呼んだ。
さらに、日本でも10月11日のドラフト会議で阪神がドラフト1位で指名した森木大智も「野球を全力でやりたいので。ピッチャーだけじゃなくて、高校野球のようにというか。野球選手としてトップのレベルに行きたいです」と語り、こちらも二刀流を視野に入れながらのプロ挑戦を口にした。
バーデューゴは今季がレギュラー定着2年目の25歳、森木に至ってはプロ入り前の選手。数年前なら、「おいおい何を言ってるんだよ」と周囲の目は冷ややかなものだったかもしれない。だが今は違う。球界最高峰の舞台でシーズンを通して成功した男がいるからだ。
もちろん、「二刀流は球界最高のアスリート・大谷だからこそできた」という声に対して否定できる材料もない。何より、あの大谷ですら、日本ハム時代を含めても2016年と今シーズン以外は二刀流がフル稼働したと言えるシーズンはないのだから、それだけ難しいことは言うまでもないだろう(16年もマメの影響で投手としては2か月投げていない)。
しかし、「二刀流」という選択肢を持った選手が続いていく――「0」から「1」を作り出したという大きな一歩を示したことが、大谷が今季成し遂げた大きな“価値”だったのではないだろうか。「成功/失敗」という尺度はなく、「ある/ない」という可能性の提示――。
2012年11月2日、大谷翔平は日本ハムとの面談を行なっていた。花巻東高の大谷は、同年のドラフトで目玉とされた大物だったが、ドラフト会議前に高校卒業に渡米する意思を表明して大きな話題を呼んだ。それでも日本ハムは1位で指名。この日が2度目の指名挨拶となった。
その際、大谷は「高校生からは初めてなのでパイオニアとしてやっていきたい。メジャーで長くやりたい」と語り、入団への難色を示した。しかし、その後に日本ハムは二刀流としての育成や日本を経てメジャーに行くことが、最終的に大谷のキャリアにとってプラスになるという綿密なプレゼンを行ない、その気持ちを翻意させることに成功している。
結果として、大谷は「高卒即メジャー」という形でのパイオニアにはなれなかった。しかし今、「二刀流」というパイオニアとして、あり得ないとされてきた投打両方で活躍するという道を作っているのである。
「大谷君へ。夢は正夢。誰も歩いたことのない大谷の道を一緒につくろう」
栗山英樹監督は、先の2度目の面談の際、この言葉が書かれたボールを大谷へ送ったという。あれから9年、大谷は誰も歩いたことのない道をつくり、彼の後に続く選手を生み出すきっかけになった。
なぜ今シーズンの大谷が「史上最高のシーズン」とも称賛されるのか。単純に個々の成績だけを見れば、彼より優れた選手はいた。しかし、そうした数字を超えた部分。まさにフリーマンが言う、「扉」を開いた偉業が、唯一無二の価値だからに他ならない。
構成●THE DIGEST編集部
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